ドアがある……
「生まれたてだから誰も知らない。言われてみれば納得できる部分もあるね」
突如発生したアイアンアントの巣の近くにダンジョンが発生していたら?
ヘッドライトが点滅していたのは、ダンジョンの影響を受け始めたからではないだろうか?
死体が消えたのもダンジョンに吸収された……と考えれば、ヒナタの言っていたことに一定の説得力はあると思い始めていた。
「生まれたてなら、ここのダンジョンって小さいのかな」
「もしかしたら踏破できちゃうかもしれない」
里香の疑問に返事しながらも、正人は自分の言葉が現実味を帯びていると感じていた。
ダンジョンの最下層に到達した探索者はおらず、全体の規模ですら不明だと言われている。人類の敵であり友人でもあるダンジョンの謎を解明するチャンスが来たんじゃないかといった高揚感が、全員を包む。
「世界で私たちが一番になるって、凄いことだよね!?」
「そうだね。だから絶対に生き残らないと」
目をキラキラとさせて興奮気味なヒナタに、里香が注意するように言った。
規模の大小にかかわらずダンジョンは危険だ。未踏であればなおさらで、油断すれば即死につながるのは間違いない。先ほどの高揚感を沈めると正人は脳内のマップを確認する。
地図に浮かぶのは味方を現す青いマーカーだけだ。
――罠感知。
目を開けて罠を調べてみるが周辺にはなさそうである。できたばかりのダンジョンであれば、罠を作る余裕なんてない……のかもしれないと考えながら、正人はゆっくりと歩き出す。
里香たちも後に続き曲がりくねった通路の奥へと進むが、モンスターは出てこない。罠すらなく一本道だけが続き、靴音だけが響く。静かな時間が過ぎていった。
ようやく変化が訪れたのは、数度の休憩を挟んで約半日ほど奥に入ったところだった。
「ドアがある……」
小さな穴がいくつも空いた木製のドアが目の前にある。高さは二メートルほどで、古ぼけている。ボス部屋であればもっと大きく両開きの扉であるため、この先には通常の部屋があるのだろう。正人の脳内には赤いマーカーが八つも浮かんでおり、モンスターが滞在していることはわかっていた。
「私が様子を見てくる。みんなは背後を警戒して」
宣言すると正人がスキルを使う。
――隠密。
存在感が急速に薄れていき、目の前に立っていても気を抜いたら見失いそうになってしまう。
誰にも気づかれず静かに移動すると、ドアの間に立ち穴から中を覗く。
「ッ!!!!」
二足歩行で歩くアイアンアントの姿を見て、思わず声を漏らしそうになってしまった。
体は全体的に細長くなっており、腹部から生えている足だけで歩いている。胸部に生えている足を腕代わりにして剣を四本も持ち、より攻撃的な姿に進化していしていた。
東京ダンジョンの九階層にでてくるアイアンアントの進化した姿だとすれば、ここは何階層に相当するのだろうか。
疑問に答えられる人間はこの場、いやこの世界に誰もいない。本当に最下層に近いのか確認したいのであれば、足を使って調べるしかないのだ。
ゆっくりと後ずさった正人は、残していた三人と合流。二足歩行するアイアンアントの姿を伝えた。
「未発見のモンスターですね」
断言したのは里香だ。探索協会が集めたモンスターの資料を隅々まで確認していた彼女が言うのであれば間違いないだろうと、三人は判断する。
「戦います?」
「もちろん。この先に何があるか知りたいからね」
誰も訪れたことのないダンジョンに未発見のモンスター。この状況で好奇心が湧かないようであれば探索者失格だろう。慢心ではなく事実として勝てる見込みもあるため、何もしないで帰るなんて選択はできない。
「名前がないと不便だから、仮でアイアンアントソルジャーって名付けるけど、戦うのに反対する人は?」
「いません」
里香が返事をし、冷夏とヒナタが力強くうなずいた。
仲間の賛同を得た正人は、三人を連れてドアの前に戻ると蹴ってぶち破る。
「ギギィ!?」
音がした方をアイアンアントソルジャーは見たが、正人の姿はなかった。『短距離瞬間移動』を使って背後に回り込んだのだ。
―短剣術。
―格闘術。
ナイフの刀身が薄らと光る。横に振るうとアイアンアントソルジャーの頭部が斬り落とされた。強度はアイアンアントと同等で攻撃が通りにくいという感触はない。特別な能力を持っていない限り、複数同時に襲われても勝てるだろう。
黒い霧に包まれて消えたアイアンアントソルジャーがいた場所には、魔石だけが残っている。
「ダンジョンが生み出したモンスターだったみたいだね」
つぶやきながら、正人は魔石を拾った。
「死体が残れば地上で繁殖したモンスター、消えればダンジョン産のモンスターと言うことですね」
部屋に入ってきた里香の発言は正しい。交配して繁殖したモンスターでなければ死体は残らず、アイアンアントとは別系統で出現したモンスターであるのは間違いないのだ。
アイアンアントの巣に未発見のダンジョン。世田谷区は探索協会が把握していた上に危険な状況に陥っていたのだった。






