綺麗……
不安を感じた正人は、谷口からもらった携帯電話を取り出す。
外に出されたと認識してディスプレイは光るはずだったのだが、電池切れの時のように動作はしない。電源ボタンを入れても同様だ。動作しない。充電したばかりだったのだが、念のためモバイルバッテリーにつないでみたが、充電ランプは点灯しなかった。
里香たちも携帯電話を取り出すが、画面は黒いまま。
全てが動作不良を起こしている。
「機械が壊れたんじゃない。動かなくなったんだ」
この状況に一つだけ、心当たりがある。
当たって欲しくないと願いながらも、正人は三人に伝えるしかない。
「ここは、ダンジョンだ……」
日本、そして世界に出現したダンジョンは、各国の探索協会が管理している。もちろん未発見のダンジョンは存在するが、人類がほとんど訪れない秘境にあるだけで、少なくとも人が多く訪れる場所は、全て管理しているはずだった……今までだったら。
「ここはアイアンアントの巣でダンジョンじゃないはずでは!?」
不測の事態が起こって、冷夏は動揺を隠せない。
無意識のうちに正人の袖を掴んでしまうほどである。
「でも機械が一斉に動かなくなる原因は他にないよ」
「里香ちゃん……」
落ち着いた声で指摘したのは里香だ。
初心者の頃にダンジョンの悪意とも呼べる落し穴にはまり巨大なスケルトンと対決したこともあって、このような状況になっても慌てることはない。怯えて、足がすくんでしまえば死んでしまうという当たり前の事実を、身を以て経験しているからこそできることである。
「大丈夫。ワタシたちなら絶対に生き残れるから」
安心させようとして里香は冷夏の手を握った。そこにヒナタが参加して二人を抱きしめる。
「スキルもいっぱい覚えたんだし、絶対に皆で生きて帰ろうね」
「うん。二人ともありがとう」
年下の仲間が頑張っているのだから、正人だって負けてはいられない。頼れるリーダーとして方針を決定するべく状況を整理していく。
地上に戻るためには穴を登っていかなければならないが、壁はツルツルとしていて指を引っかけるような場所がない。壁に打ち込むハーケンやハンマーは持っていないため、登るのは不可能だろう。
帰還できないかもという不安を抱きながら、別の道を探すしかない状況である。だが、正人には一つだけ解決方法があった。
思いだしたのは道明寺隼人と戦った時のことだ。
戦いを中断させるために慌てて駆けつけた宮沢愛が白い羽を生やしていた。
もしここがダンジョンであれば『スキル昇華』が使えるので、新しいスキルを覚えることも可能だろう。メイ宅配便の『転移』も使えるだろうが、仲間まで運べるとは限らないので、今回は宮沢愛のスキルを覚えると決めた。
目を閉じて魔力の動きを再現する。
背中に集めて魔力を放出しながらも羽の形を作っていく。こんなことをしても普通はスキルの取得は不可能なのだが、正人が覚えた『スキル昇華』のサポートがあって形になっていく。
「綺麗……」
正人の背中に白い翼が生えた。ほんのりと光を発していて、光の粒子がキラキラと待っている。腕や足のように、動かそうと思っただけで自由に操作できそうだ。
『天使の羽、空が飛べる。光の粒子は軽傷を癒やす』
簡素な説明が正人の脳内に流れた。
試しに羽を動かすと、ふわりと浮き上がって足が地面から離れる。魔力を注ぎ込むさらに上昇し、穴と抜けてアイアンアントと戦っていた場所にまで戻れた。ここからロープを垂らせば脱出は可能だろう。
「すごい! すごい!! 人って空を飛べるんだね!!」
子供のように元気にはしゃいでいるヒナタ。里香と冷夏の二人は安堵から笑みがこぼれる。
三人ともスキル『天使の羽』の効果で落下時に受けた傷は癒えていた。
ダンジョンの発生という事態が訪れても正人がいれば何とかなる。日本中が混乱しているからこそ頼れる存在というのは、より一層輝いて見えた。
正人は再び穴の中に戻ると、スキルを解除する。
「脱出経路は確保できた。未踏のダンジョン探索をしよう」
体力、魔力にも余裕があり、食料まであるのだ。誰も拒否はしなかった。
◇ ◇ ◇
アイアンアントの巣改め、ダンジョン探索を開始する。
ヘッドライトが使えないので、ファイヤーボールの明かりを頼りに進む。周囲の環境は変わらず、引き続き蟻の巣のように枝分かれした通路がいくつもある。地面や壁、天井も相変わらない。細かいおうとつがあり、薄暗いこともあわさって何度か躓きそうになった。
今の状態でモンスターと出会えば危ないと感じ、正人はスキルを使う。
――暗視。
真昼のように明るくなった。視界は確保されて通路の奥まで見通せる。使えないスキルの代表格ではあったが、ダンジョン探索用の道具不足している状況であれば心強い。
何度も行き止まりの通路に出会いながらも、一行は順調にダンジョンの奥に進んでいく。下に向かう階段は見つからないが、モンスターと出会うこともない。いつものダンジョンと雰囲気が異なるため、ヒナタがなんとなく思いついたことを口にする。
「ねーねー。このダンジョンって、赤ちゃんなのかな?」
わかりにくい言い方ではあったが、生まれたばかりのダンジョンだという指摘なのは、この場にいる全員が理解した。






