信じてもらえましたか?
里香たちを穴の前に残して、正人は豪邸に入る。
廊下を歩いてリビングに着くと、スマホで電話をしている谷口の姿が見えた。探索協会に定期報告をしているのだ。
「あ、戻ってきました。後でかけ直します」
スマホをしまった谷口が、険しい表情をしたままの正人に話しかける。
「何がありました?」
「アイアンアントの巣です。推測になりますが、規模は世田谷区ぐらいの広さはあるかもしれません」
「な…………ッ」
驚きの報告をされて、谷口は言葉が出なかった。
モンスターはいるだろうと予想していたが、規模が違いすぎる。しかも人が多く住んでいる都心のど真ん中に、巣が出来てしまったのだ。避難させようとしても時間がかかる上に、経済的なダメージも大きい。
すでに経済がガタガタになっている日本において、追い打ちをかけるような判断は誰もできない。とはいえ放置も不可能である。
やれるとしたら、極秘裏にアイアンアントをすべて処分することだろう。
「その話は本当なのですか?」
信じたくない谷口は、見間違えという希望にすがっていた。
探索協会の職員が現実逃避とはなさけない。そんな感情をもった正人は、止めを刺すべくテーブルにビデオカメラを置いた。
無言でテレビに繋げて映像を流す。
「これを見て下さい」
ヒナタの陽気な声が聞こえ、正人や里香、冷夏の姿が映し出される。B級映画のような雰囲気があるなか、通路を進んでいき死体が映し出された。
「全滅した調査員の遺骨だと思われます」
「…………」
谷口は返事をすることなく、映像を食い入るように見ている。
しばらくするとアイアンアントの足跡がテレビに映り、正人の緊迫した声が大音量で流れた。
『アイアンアントがくるッ!! 撤退だッ!!』
カメラは前後左右に動いて安定していない。撮影者が慌てていることは容易に伝わる。通路には埋め尽くすほどのアイアンアントの軍勢があり、ビデオカメラが天井を映すと、アイアンアントの頭があった。ボコッと音がなって、二匹、三匹と出てくる。
正人達が走り出し、ヒナタも続こうとしたところでカメラの電源は切れた。
「信じてもらえましたか?」
テレビの画面は真っ暗だ。つい先ほどまでの緊迫した映像はない。
「え、えぇ。どうやら正人さんの報告は真実のようですね」
ようやく現実を直視した谷口は、スマホを取り出すと番号を入力しながら話かける。
「私は探索協会に報告して、早期解決に動いてもらうよう働きかけます。正人さんは、これからどうされるので?」
「アイアンアントが穴から出てこないか、監視しています。方針が決まったら教えてください」
「わかりました。約束しましょう」
報告を終えた正人はリビングを出ると、里香たちがいる穴の前に戻った。
懸念していたアイアンアントの出現はなく、平和そのものだ。監視していた三人の緊張感は抜けていて、警戒はしているものの、どこか楽しそうにおしゃべりをしている。
「ただいま。異変はないようだね」
「暇なぐらい平和だよーー! もしかしたら、アイアンアントはいなかったんじゃないかな?」
のんきなことを言ったのは、ヒナタだ。連日のように報道されるモンスターの襲撃ニュースに疲れていたこともあって、地下には何もいなかったことにしたいらしい。
「私もそう思いたいけど、ビデオカメラにばっちり映ってたからねぇ……」
先ほど谷口と一緒に見た映像にはアイアンアントの姿があったので、正人はヒナタの気持ちはわかりつつも否定した。
「ヒナタのカメラワーク、バッチリだった?」
「うん。谷口さんが慌てるほどにね。今頃、探索協会と今後について話していると思うよ」
言い終わると、正人は穴の中を覗き込んだ。暗くて何も見えない。試しに小石を落としてみたが、しばらくしてコンと地面に衝突した音だけが聞こえた。
アイアンアントが集まっている気配はない。それが不気味だ。
「ワタシたちの依頼は、もう終わったんですよね?」
「一旦はね。今は探索協会の判断待ちの状態」
引き受けた依頼内容は、探索者が行方不明になった原因の特定だ。アイアンアントが映ったビデオカメラを提出したことで、達成したと言えるだろう。
続いて原因の排除についても依頼が来ると予想できるが、一応、拒否権ぐらいは残っている。まぁ、探索者生命を終わらすぐらいの覚悟がないと使えない選択なので、よほど無茶なことを言われない限り、正人たちは引き受けるだろうが。
「えーーー! もう終わりにしてお家に帰りたいーー!」
「私もヒナタに同意かな。もうアイアンアントはお腹いっぱいですね」
いつもは軽口を注意する冷夏だったが、この時だけは同意していた。
アイアンアントに囲まれて死にかけた記憶は新しく、またもう一度、同じ目に合うかもと思うだけで気持ちが萎えてしまうのだ。正人だって似たような想いを抱えているので、愚痴について注意はしない。
むしろ正人も参加して四人で、アイアンアントや探索協会の依頼について愚痴を言い合い、楽しんでいた。
だがそんな時間も長くは続かない。
スマホを片手に持った谷口が、正人たちの方に向かって歩いていたからである。
全体から発する雰囲気からして、これから良くない話をされるであろうことは、誰が見ても明らかだった。






