撤退だッ!!
「その可能性が高い。証拠を探そう」
今回は、探索者が行方不明になった原因の調査だ。遺品だけでは、アイアンアントの巣である証拠としては弱い。そう判断した正人は、せめてビデオカメラにアイアンアントの姿を収めてから撤退しようと考えていた。
「わかりました」
緊張した声で里香が返事すると、正人は奥へ進むことにした。
ずっと一本道だったが、すぐに分岐点に到達する。道は五つにも分かれていて、ライトを照らしても奥がどうなっているか分からず、アイアンアントの姿は見えなかった。
「どこを選ぶか」
蟻の巣は迷路のように複雑だ。地図スキルがあるので迷うことはないが、奥に行きすぎると集団で襲われたときに、逃げ切れないかもしれない。
慎重に調査したい正人は、しゃがんで地面を調べる。
アイアンアントの足跡が数え切れないほどあった。
「ヒナタさん、ここを撮って」
「はーい!」
ヒナタが正人が見ていた地面を撮り始めたので、地上で待機している職員が見ても分かるように解説を始める。
「九階層に出現するアイアンアントと同じ足跡です。先ほど発見した死体には噛みちぎられた痕跡も残っていたので、地下道はアイアンアントの巣である可能性が高いですね。ここに来るまで三十分以上はかかっているのに、アイアンアントの姿は見えない。ここは、まだ入り口付近だと考えると、巣の大きさはかなりのものになります。世田谷区全体に広がっているかもしれません」
いっきに話した正人は、立ち上がった。
「よし、一旦戻ろう」
アイアンアントの恐ろしさは身をもって体験している。レベル三に上がったとはいえ、集団で襲われたら逃げ切れない展開もありえるのだ。
決定的な証拠は手に入らなかったが、専門家が見れば十分な情報はある。仲間の命と情報を優先して、正人は撤退を決めたのだった。
「モンスターを撮ってないけど大丈夫ー?」
「これだけの痕跡が残っているんだ。協会も納得してくれると思う……」
ヒナタの疑問を解消するべく話していた正人だったが、途中で止まってしまった。
脳内のレーダーマップに、大量の赤いマーカーが浮かんだからだ。
数えられないほどの大軍が、五つの道からやってくる。
「アイアンアントがくるッ!! 撤退だッ!!」
正人が叫んだのと同時に、出口に向かって里香と冷夏は走り始めていた。
ビデオカメラを持つヒナタは、映像に残すべきではないかと数瞬悩んでしまう。その判断の遅れがミスにつながってしまう。
パラッ、と天井から土が落ちてきた。
ヒナタがビデオカメラと一緒に上を見ると、アイアンアントの頭がある。最初は一匹だったが、すぐに二匹目、三匹目の頭が出てきた。
「逃げるよ!!」
正人は動かないヒナタを肩に乗せると、走り出した。
後ろを見る形になったヒナタは、迫っているアイアンアントの集団をビデオカメラで記録していく。
通路を埋め尽くす数にまで膨れ上がったアイアンアントが走っており、映画よりも迫力のある映像が撮れていた。
「すごい! すごい!」
危険な状況だというのも忘れて、ヒナタが叫ぶ。正人は注意しようかと思って口を開きかけたが、やめた。この純真さが、ヒナタの良いところでもあるからだ。
「距離はどのぐらい離れている?」
「うーーん。二百メートルぐらいかな!」
近い。追いつかれないとは思うが、地上まで引き連れてしまうかもしれないと懸念した正人は、立ち止まると振り返る。
「ビデオカメラは止めてね!」
指示を出してから、迫り来るアイアンアントの集団にスキルを使う。
――ファイヤーボール。
正人の周囲にいくつもの火の玉が浮かぶと、先頭のアイアンアントに叩きつけた。周囲を巻き込んで爆発する。熱せられた風が正人の頬まで届いた。
燃えている仲間を乗り越えたアイアンアントが迫ってくる。ファイヤーボールだけでは止められなかったようだ。
――毒霧。
酸性の霧がアイアンアントを襲う。固い外殻は飴のように溶けて、原形をとどめることはできずに朽ちていく。多めに魔力を込めたことによって、霧はしばらく消えそうにない。
「逃げる!」
ヒナタを肩に担いだまま、正人は再び走り出した。
アイアンアントの足止めは成功していて、追跡はない。順調に進んで穴を出ると、里香、冷夏と合流した。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ヒナタを下ろすと、正人は汗を拭う。
全力疾走したので今すぐにでも横になりたいが、数秒後にアイアンアントが襲ってくるかもしれない恐怖がある。休む余裕なんて全くなかった。
「三人はここで穴を見張ってくれるかな。私は谷口さんに報告してくる」
「わかりました」
里香の言葉を聞いてから、正人は豪邸の中へと入っていった。
これで谷口と裏にいる探索協会に、ことの大きさが伝わるだろう。
都内にモンスターの氾濫する兆候があるのだ。すぐに手を打つはずだと、正人は考えていた。






