ビデオを回してくれるかな?
探索協会との話し合いが終わってから数日後。正人たちは、世田谷区の豪邸にできた大穴の前に立っていた。
家の主は、探索協会に土地と建物を売却済みであり、豪邸には探索に必要な道具を揃え、各部屋は調査員が寝泊まりできるように改築されていた。
「私は家で待機しております。地上に戻ったら声をかけて下さい」
今回、担当職員として谷口も同行していた。
彼はレベルを持たない一般人であるため、豪邸で正人たちの帰りを待つことになっている。
「わかりました」
返事をした正人はパーティーメンバーを見た。
全員、ダンジョン探索をするのと同じように、完全装備をしている。
衝撃、斬撃に耐性のあるアラクネの糸で作られた服を着ており、防具も一新されている。正人はアイアンアントで作られた防具、七瀬姉妹と里香は新しく発見された鉱石――ミスリル銀の防具一式を身につけている。頑丈なだけでなく、スキルに対しての耐性もあって、発見されてから上位の探索者に人気の素材である。
武器は変わっていないが、防御力は大きく向上していると言えるだろう。
「行こう」
正人を先頭に里香、冷夏、ヒナタの順で穴に入った。
中は真っ暗で、腰に付けたランタンの明かりによって周囲の光源を確保する。また正人は、頭に付けたヘッドライトを点灯させると、奥まで見渡せるようになった。
「これは、洞窟なのか……?」
天井や床、壁はおうとつがあって、人の手が入った形跡は見当たらない。雰囲気は、沖縄で体験した鍾乳洞ダンジョンにいているが、持ち込んだスマホや耳に付けたイヤホンマイクが正常に動作しているので、ここがダンジョンということはあり得ない。
『しばらくは一本道です。奥に進むと電波が届かなくなるので、すぐに会話は出来なくなると思います』
四人の耳に付けたイヤホンマイクから、谷口の声がした。
過去、派遣された調査員も同じようにイヤホンマイクをつけていたが、すぐに電波が届かなくなって地上では状況がわからなくなった。無駄になるとは分かってはいるが、どこかで電波が拾えるかもしれないといった希望も残っているので、正人たちにも渡していたのだ。
『了解です。何もないので先に進みます』
返事をすると正人はヒナタを見る。
「ビデオを回してくれるかな?」
「わかった!」
元気よく返事をすると、ヒナタは右手にハンディカメラを構えて電源を入れる。
液晶画面が光って、洞窟内の映像が表示された。
調査の記録を残す準備も終わったので、正人はスキルを使う。
――探索。
――罠感知。
――地図。
脳内にレーダーマップが表示された。青いマーカーは四つ。味方のみだ。
周囲の安全を確認した正人は歩き出すと、里香たちも続く。
歩いて一分ほどで電波は届かなくなった。イヤホンマイクからの音はなくなり、急に静かになったと感じる。土を踏む音と、四人の呼吸音、あとは金属や布がこすれる音だけが聞こえる。
レーダーマップに赤いマーカーは表示されず、モンスターの姿は確認できない。脳内の地図は順調に埋められていき、調査隊が全滅した事実とは反対に、平和な時間が続く。
正人は腕につけた時計を見る。
出発してから三十分も経過していた。
「思っていた以上に大きいね」
すぐに奥まで到達すると思っていた四人は、終わりの見えない通路に驚いていた。もしモンスターが都心の地下に広大な通路が作ったのであれば、問題になる。
「迷子になって、帰れなくなったのかな?」
最後尾にいるヒナタが、半分ふざけながら言った。
複雑なダンジョンを攻略する探索者は、地図の作成能力は備えている。目印をつけるなどすれば、迷子になって未帰還になるなんてことはあり得ないだろう。
ずっと一本道が続いているだけなので、迷子になりたくても不可能なのだ。
「それか、ケガをして動けなくなったとか?」
姉の冷夏がヒナタの会話に乗った。
普段なら里香がさらに会話に加わって騒がしくなるのだが、今回は正人の緊張した声で止めた。
「冷夏さんの考えは、間違えではなさそうだね」
先頭を歩いている正人の前には白骨化した死体があった。いくつもの骨が混ざり合っていて、この場で死亡した人数は不明だ。だが、一つだけわかることがある。ここで、人が死ぬほどの激しい戦闘があったということだ。
地面には武器や鎧などの残骸が転がっている。正人がしゃがんで詳しく調べると、ハサミのようなもので斬られたか、突かれたような跡が残っているとわかった。
「見覚えがある。アイアンアントだね」
つい最近まで戦っていたモンスターだ。見間違えるはずがない。正人の後ろから様子を見ていた里香も、防具の傷跡を見て同じ結論を出していた。
「ということは、世田谷区のど真ん中にアイアンアントの巣ができた、ということですか?」
時間をかけて作られたアイアンアントの巣は、非常に大きくなることがわかっている。
放置すれば世田谷区の地下はアイアンアントに占拠されてしまうだろう。しかも穴を掘り進めた先に地下鉄の線路があれば、事故が起こることも考えられる。
早めに手を打たなければいけない。
この場にいる全員が、同じ考えをしていた。






