疲れているところ悪いが、案内は頼めるか?
アラクネの魔石を持って山を下りた正人は、ベースキャンプに到着した。
襲いかかっていた大蜘蛛は、すべて討伐済みである。ダンジョンで生まれたモンスターとは違って死がいが残っているため、現在は処理専門の人間が対処している。
戦っていた探索者は、手伝わずに眺めているだけだ。
戦い疲れているといった理由の他に、蜘蛛の糸など素材に使えそうな部位を傷つけずに解体する技術がないからである。
「こんなに素材が取れるんですね」
「しばらくは値崩れが続くぞ」
正人が解体人の近くを通ったときに聞こえた声だ。
モンスターを倒した時に残すドロップ品に頼っていたので、モンスターの素材は非常に貴重で高価であったが、死体から剥ぎ取れるようになったので状況は大きく変わる。
ドロップ率百%になるのだ。さらに一回で獲得できる量もドロップ品より多いため、今まで高値で売買されていた素材の価格が暴落する。そんな未来が間違いなく来るのだ。
金の匂いがした。
すでにモンスターの素材市場が大きく変化すると気づいている探索協会や役員は、資産として保有していたモンスターの素材を一部、高値で販売している。
購入者が暴落に気づくのは数か月後だろう。
いつも得をするのは権力者であり、弱者に回ってくるわかりやすいチャンスは幻でしかない。本当に逆転のチャンスを掴みたいのであれば、正人のようにリスクを背負って挑戦を続ける必要があるのだ。
「いてぇ、早く治してくれよ!」
治療用テントでは、ケガをした探索者たちであふれていた。
この場にはいないが大蜘蛛の襲撃によって死亡した探索者もおり、すでに別の場所へ搬送されている。
簡単な検死が行われた後、遺族に渡されて埋葬される予定だ。
ベースキャンプを横断するように歩いた正人は、ようやく蓮を見つける。
「戻りました」
「おう、話は愛から聞いているぞ。無茶したみたいだな」
先にベースキャンプに戻った宮沢愛は、アラクネの討伐完了と同時に正人と争ったことも伝えていた。
周囲を見下すことが多かった道明寺隼人にケンカを売って、痛み分けになった話を聞いた蓮の機嫌はよい。
ざまあみろ。
そんなことを感じていた。
今までは圧倒的な戦闘能力を持っていたからこそ横暴な態度を黙認されていたが、対抗できる存在がでてきたことによって変わっていく。
ことあるごとに比較されるだろうし、道明寺隼人は対抗するために断っていた依頼も受けることになるだろう。
多摩地区で発生した神宮正人と道明寺隼人の因縁は、これから周囲を巻き込みながら長く続いていくことになる。
「獲物を横取りするような探索者を注意しただけなんですけどね」
「あの隼人を注意か! 見た目と違って豪胆なヤツだ。探索協会が目をかけるだけはあるッ!」
腹を抱えながら蓮は笑っていた。
今回の作戦においても道明寺隼人はワガママを言って周囲を困らせていたので、よくやったと爽快な気分になっている。
こいつのためなら多少の無茶はしてやってもいいと思えるほど、蓮は気にいっていた。
「それでアラクネの魔石は持ってきたか?」
「はい。こちらです」
道明寺隼人と所有権を争った魔石を蓮に手渡した。
色、形、大きさ。そこら辺に歩いているモンスターより質がいい。
「ちょっと大きくないか? 色も濃いし……」
「戦っている最中に気づいたんですが、アラクネは言葉のような声を発していました。地上で経験を積んでレベルアップしたのかもしれません」
「その話はマジか? アイツら何も言ってなかったぞ」
重要なことすら報告しない道明寺隼人のパーティーに対して不信感が募るのと同時に、蓮は正人への評価をさらに高めた。
それだけ真面目な高レベル探索者が珍しいのだ。
里香や冷夏、ヒナタといった若い女性と一緒にパーティーを組んで、長く続いている事実からも、奥手……ではなく、誠実な人柄だというのがわかる。
「私が報告すると思ったのでしょう」
「ちッ」
舌打ちをしてから蓮は近くにいる人間に声をかける。
「山中にアラクネの死体がある。調べたいから人を集めろ!」
研究所から逃げ出したアラクネの情報は、探索協会に残っている。正人が倒したアラクネとの違いを調べれば、本当にレベルアップしたのかわかるだろう。
正人が脳を破壊したのではっきりとした結論は出ないだろうが、知能の発達具合も推定は可能である。
たった数か月でどこまで進化したのか。
この情報は今後の日本を予想するうえで重要な情報となるだろう。短期間で高度な知能を手に入れたとなれば、モンスターたちは原始的な独自文明をもつことだってあり得る。
今はまだモンスターとして処理できているが、高度な知能をもってしまえば動物愛護の観点から文句を言ってくる人間も出てくるだろう。
殺すのは可哀想だ。住み分けをすればいい。モンスターにも生きる権利を!
そんな言葉をインターネット上で叫び、味方を増やしていく未来が蓮には見えた。
「疲れているところ悪いが、案内は頼めるか?」
「もちろんです。ここで休んでいるので、人が集まったら教えてください」
近くにある木箱に座ると、正人は蓮が集める人たちを眺めることにした。
正人はモンスターが文明を持つかもと予想までは出来ても、人類の敵であるモンスターに味方する人間が出てくることまでは気づいていない。
ダンジョンが出現して二十五年が経過した今、日本だけでなく世界が大きく変わろうとしていた。






