お前、名前は?
ダンジョンから外に持ち運ばれたアラクネは肉体を持っていない。
死体は黒い霧に包まれて消えて魔石だけを残した。
通常個体よりも強く、そして狡猾であったが、スキルカードや素材のドロップはない。強さとアイテムを残す確率は関係ないのだ。
「この魔石って誰のものになるのかな?」
宮沢愛の疑問に女性が答える。
「協会でしょー! 確か契約書に書いてあったよ」
「え、マジ!? ちゃんと読んでなかった……」
「もー、愛は抜けてるんだから!」
「いやー。しっかり者の羽月がいるおかげで助かりましたわー!」
アラクネが残した魔石を前にして二人の女性が楽しげに話している。作戦行動中に発生したドロップ品は、宮沢愛に抱きかかえられていた女性――羽月が指摘したとおり探索協会のものになるのである。
二人が楽しげに話している姿を見ていると、道明寺隼人が正人に近づいてきた。
「お前、名前は?」
睨みつけたまま質問をぶつけた。
普段は穏やかな性格をしている正人ではあるが、あまりにも不躾な態度に苛立ちを覚えて不快感をあらわにする。
「他人に名前を聞くときは、最初に名乗るべきでしょう」
日本最強と呼ばれるようになってから、周囲の人間は素直に従うようになり、探索協会の上層部ですら道明寺隼人の機嫌を伺うようになっている。
もう、何年もそのような環境で生きてきたので、苛立ちよりも前に驚きが勝っていた。
「なんだ、お前は俺のこと知らないのか?」
「知っているか、知っていないか、そんなこと関係ありません。マナーとして先に名乗るべきだと言っているんです」
ようやく、道明寺隼人は目の前にいる正人が自分のことを知っており、それでも名乗れと言っていることに気づく。
獲物を奪い取っただけでなく、日本最強と呼ばれている自分を舐めていると理解した瞬間、怒りが爆発した。
「いい度胸だな」
両腕につけた蒼いガントレットが光った。道明寺隼人がスキルを使ったのだ。強い冷気を発して正人の体温を下げてしまうほどで、当たっただけでも大蜘蛛のように凍り付いてしまうだろう。
スキルを使われて身の危険を感じても、正人は冷静だった。
近づいてきたら、自動浮遊盾によって身を守ればいい。日本最強の実力を知る機会なんてめったにこないのだから、魔力の動きを観察してスキルを覚えよう。そんなことを考えるほど余裕がある。
現に冷気を発するスキルについては魔力の動きは、ほとんど覚えていた。何度か練習すればスキルとして昇華されるだろう。
「隼人ッ!!」
焦っているのは周囲の方で、異変を感じた宮沢愛と羽月が慌てて駆け寄った。
二人はそれぞれ右と左の腕を掴む。このままだと凍り付いてしまうため、道明寺隼人はスキルを解除した。
「邪魔だ。どいてくれ」
「出来るわけないって! 暴れたら、また隼人の評判が落ちるだけだよ」
「チッ……」
パーティーメンバーである宮沢愛に指摘されて、道明寺隼人は舌打ちをした。
自分勝手な振る舞いが原因で、探索協会内で素行を問題視する声が出ているのだ。探索者免許を一時的に取り上げる案まで出たほどではあるが、現在の日本の状況を考えると実行に移すのは難しいだろう。
「雑魚に構ってても時間の無駄だ。魔石を持って帰るぞ」
「はーい! 素直で良い子ですねー!」
「うっさい。黙れ」
道明寺隼人を子供扱いしたのは羽月だ。彼女は小さい頃から付き合いがあるので、気安い言葉をかけられる関係なのだ。
一般常識によって隼人を注意する宮沢愛と違い、羽月は幼なじみという関係を利用してなだめていた。
「ちょっと待ってください」
そんな二人の努力を無に帰す発言を正人がした。
立ち去ろうとして背中を見せていた道明寺隼人の足が止まる。
「勝手に話を進めないでもらえますか? アラクネは私が発見して止めを刺しました。これはかなりの成果だと思っているんですが、まさか手柄を独り占めする気じゃないですよね?」
「なんだと……?」
道明寺隼人は再び正人を睨みつけた。
「この俺が、他人の手柄を横取りするだと? 舐めたこと言うじゃねぇか」
プライドを大きく傷つけられたと感じたこともあって、先ほどよりも怒りの度合いは高い。正人に詰め寄るとしたため、再び宮沢愛と羽月が両腕を引いて止めていた。
「隼人、よくないから!」
「き、君、今なら謝れば許すように私が説得するから!」
道明寺隼人だけでない。宮沢愛や羽月ですら、自分たちが上位で正人は下の人間と思って発言している。
本人は意識していないだろうが、だからこそ質が悪い。
同じ探索者であるはずなのに、どうしてそこまで傲慢な態度が取れるんだ。
憧れであった宮沢愛に対する興味が急速に失われていくのと同時に、正人は対抗心が強まる。
「事実を指摘しただけです。私を無視して魔石を持って立ち去ろうとした相手に謝るつもりはありません。むしろ謝るのであれば、そちらの方では?」
名前すら呼ばないケンカを売る態度に、道明寺隼人はキレた。
「上等だッ!! その自信を粉々に砕いてやる!」
「それは、こちらのセリフですね」






