ヒナタもそう思うなー
「なるほどね。里香さんは不測の事態が起こったときに、どう対応するか先に決めておきたいということか」
もちろん、正人たちは不測の事態について入念に対応方針をすりあわせてきた。例えば正人が行動不能までの傷を負ったら、三人は復元スキルを使うまでの時間を稼ぐ囮役に徹する、武器が壊れたら全員ボス部屋から離脱するなどだ。
だが、そういった不測の事態は、アイアンアントクイーンが常識の範囲内で行動してきたという場合に限っている。里香の言っていたダンジョンの意思、それが絡んだトラブルについては一切考慮していない。
「はい。ワタシたちの思考は浅く、実際はもっと恐ろしい事態が起こるかもしれない。そう思えてしまったんです」
里香の気持ちは分かる。最悪というのは、いくら想定しても足りないぐらいだ。極端な話、ボス戦の最中にダンジョンが崩壊する可能性すらゼロではないのだ。しかし、発生率が低いと思われる事態ばかりを心配していたら、外にすら出られない。
どこかで割り切るしかなく、その線引きが里香と正人たちでは違った。
「気にしすぎなんじゃないかな……冷夏さんとヒナタさんはどう思う?」
「私は気にしなくて良いかと」
「ヒナタもそう思うなー」
真っ正面から否定されて里香は少し落ち込んでしまった。正人はフォローするために妥協案を提示する。
「ダンジョンの意思については疑いの余地はある。けど、アイアンアントが大量に召喚されたイレギュラーな事例は報告されているんだから、召喚数については改めて話し合ってもいいかもね」
「そうですね……」
納得しきれない里香は渋々といった感じで返事をすると、アイアンアントクイーンが大量のアイアンアントを召喚した際の対応について検討が始まった。
とはいえ、対策はいたってシンプルだ。五匹までは戦闘継続。正人がアイアンアントクイーンを引きつけている間に三人が処理するという内容で決まる。六匹以上になれば手に負えないと判断して即時撤退すればいい。
重要なのは六匹などギリギリ対応できそうに思える数が召喚されても、悩まず即時撤退を選ぶことだ。もしかしたら勝てるかもしれないと、一瞬でも迷ってしまうことがパーティーの全滅につながることもある。
事前に決めたルールについて、感情は挟まず機械的に判断して行動すべきだと、正人は三人に考え方を伝えていた。
「休憩は終わり。そろそろ出発しようか」
話し合いが終わったタイミングで正人が言うと、三人はうなずく。
立ち上がって組み立て椅子をリュックに入れると、いつも通り正人を先頭に四人は再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
休憩をしていた行き止まりから三つ叉の分岐まで戻ると、正人たちは左の道を選んだ。コツコツと靴音が反響する洞窟内を進んでいく。
青いマーカーは積極的にモンスターと戦っており順調に周囲の敵を減らしているが、それでも全てを排除するとまではいかない。正人たちはアイアンアントと出会ってしまう。距離は十メートルほどあり、数は三。多くはない。通路は細く、並んで戦うことも可能ではあるが、少し窮屈そうだ。
「ボス戦前まで余計な体力は消費したくない。私が全部処理したい。いいかな?」
正人の問いに里香が答える。
「分かりました。ワタシたちは後ろを警戒しておきますね」
小さくうなずくと正人はスキルを使う。
――肉体強化。
――短槍術。
大量の魔力を消費するのと引き換えに穂先が光り、身体能力が跳ね上がる。短槍を前に突き出して構えると、アイアンアントが近づくのを待つ。目測で残り八メートル、七、六とカウントし、三になると飛び出した。
アイアンアントは正人をかみ殺そうとして、大顎を開いて待ち構えている。
――短距離瞬間移動。
衝突する直前で正人はアイアンアントの真横に移動すると、頭部を突き刺す。引き抜くことはせずに、横に振って後続のアイアンアントに当てる。三匹とも足が止まって体勢を崩した。
――短距離瞬間移動。
離れた距離に立つとまた別のスキルを使う。
――ファイヤーボール。
正人の前に火の玉が浮かんだ。アイアンアントが体勢を整えるギリギリのタイミングまで、魔力を込めて火力を高めていく。
スキルを使っている正人の顔からは大量の汗が出ており、周囲の気温も上昇していた。
温度を限界まで高めたファイヤーボールを放つ。先頭を走っていたアイアンアントの体を貫通して、後ろにいるアイアンアントにも衝突して体を溶かしていく。
戦闘不能になった二匹を気にすることなく、残ったアイアンアントが走ってくる。正人はギリギリまで引きつけると跳躍し、背中に飛び乗ると、頭部と体のつなぎ目に短槍を突き刺した。スキルで強化された穂先は鉄と似たような強度を誇るアイアンアントの殻を容易に貫通する。
「ギィィィイイイ」
アイアンアントは不快な音を立て、頭部にある二本の触覚を動かしてから絶命した。
「増援が来るッ!」
緊迫した正人の声で里香たちも異変に気づく。
脳内に描かれたレーダーマップには、赤いマーカーが集まっていた。アイアンアントは、最後の力を振り絞って仲間に危険を伝えたのだ。
地図スキルによって道に迷う心配のない正人は瞬時に行動方針を決めると、赤いマーカーが存在しない通路を選んで走りだす。
「逃げるから付いてきて!」
迷う素振りは見せずに里香たちは正人の背中を追っていく。分岐の多い通路を走り続けること十分。ようやく、赤いマーカーの集団から逃れることが出来た。
「ハァハァ……まさか仲間を呼ぶ能力が……あるなんて……」
報告書に記載されていなかった動き。それを見せたアイアンアントに遭遇したことで、里香の不安は膨れ上がっていた。なんで自分たちだけイレギュラーに遭遇するのか。運が悪いだけでは済まないような、そんな感覚がある。
「ボス部屋みーっけ!」
そのことを正人たちに伝えようとしたが、ヒナタの声にかき消されてしまった。
目の前には人の背丈を優に超えるほどの両開きの扉があり、蟻の模様がびっしりと描かれていて、頂点には王冠をつけた二匹の蟻がある。
部屋の奥からただならぬ雰囲気を感じ取った四人は、無意識のうちにゴクリと唾を飲み込み警戒心を高めていった。






