なあ正人の兄貴――
「そういうことだから。二人とも死なない程度に頑張るのよ」
最後まで身勝手なことを言い放った英子は、正人たちを置いて電気屋から去ってしまった。残された冷夏とヒナタはお互いの顔を見てから、正人に頭を下げる。
「身内が不快なことを言ってしまいました。申し訳ございません」
「ごめんなさい!」
英子が行った数々の非礼を双子が代わりに謝罪した。その姿を見て、正人は強い怒りを感じる。
悪いのは英子なのに何故、二人が謝らなければならないのか。いや、そもそも、保護者としての責務を放棄して危険な仕事をさせているだけで問題だ。さらに探索の売上を搾り取るなど言語道断。そんな強欲な相手を庇う必要はない。
「私は気にしてないから」
怒りを押し込めて、いつも通りに振る舞えるよう意識しながら声を出すと、手を冷夏とヒナタの肩に置く。
「頭を上げてくれないかな?」
双子は素直に従うが、親戚が悪態をついた気まずさは残っていて、正人の目が見られない。視線を正面から外して、店内に置かれたテレビを見ていた。
そんな様子を確認した正人は、これ以上自分がいても迷惑をかけると察する。身内の恥を隠したい気持ちは、強く共感できるので不快感はない。
先ほどの出来事は後で考えるとして、今日は引くと決めた。
「それじゃ、私たちは買い物に戻るね」
「あ、はい」
「またねー!」
正人は双子の返事を聞きながら軽く手を振って別れを告げると、店員を探すために歩き出す。
「なあ正人の兄貴――」
「烈火。それは今、言うべきことではない」
厳しい表情をしたまま、正人が烈火の言葉を止めた。
家庭環境のトラブルは軽々しく話してよい話題ではない。
「他人に言いふらすなよ」
「わ、わかってるって」
直情的で問題を起こしやすい烈火に釘を刺した正人は、春を見る。
「店員に欲しいパソコンのことを伝えてくれ」
「わかった。烈火、行くよ」
空気を読んだ春が烈火の背中を押しながら正人から離れていく。正人を見た烈火だったが、伝えたいことは言葉にならなかった。モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、店員を探しにフロアの奥を進む。
「さてと。二人が戻ってくるまで待つか」
近くにある展示中のマッサージチェアに座ると、正人はお任せコースを選んでからスタートボタンを押す。
ウイーンといった機械の駆動音と、これから行うマッサージの内容を淡々と説明する機械の声が聞こえる。背もたれが倒れるのと同時に目を閉じた。
(冷夏さんとヒナタさんが、あんな環境で生活しているとは思わなかった)
格差が広がって貧しい人たちが増えた日本において、子供の稼ぎに頼る大人は珍しくない。
子供はタダで使える労働力として期待されていた時代があるのだ。それが現代に蘇っただけ。そう思うことも出来る。義務教育も終わっているので、後は本人の自由にさせればいい、そういった極端な考えもありだ。
しかし、本人が嫌がっているのであれば別だ。
英子が金の話をし出した途端、冷夏は何かに耐えるようにして抗議した。その行動を見て何も感じない正人ではない。
(お節介だと思われるかもしれないけど、二人を搾取されている環境から抜け出せる手伝いをしたい)
お金がなくなっていく空しさ、焦り、無力感は正人もよく知っている。それが命をチップにして稼いだものであれば、なおさらだ。
ダンジョン探索で手に入れた収入は平等に分配しているので、冷夏やヒナタが稼いだ金額は正人も把握している。生活費として渡すには大きすぎる。肩代わりしてくれた借金の支払いも上乗せしたと考えても、余裕で超える金額になるだろう。
二人が必死に貯めたお金は、英子が贅沢をするために使われている。
その事実が、正人の胸を締め付けた。
(とはいえ、あんな性格でも二人の保護者には変わらない。里香さんにも相談して、両親がどうなっているか、保護者がどこまで強い立場にいるのか、そういったことを聞いてみるか)
お泊まり会までする仲だ。自分より知っていることは多いだろうと判断すると、巻き込むことに決めた。
今後も安定したパーティーを続けるのであれば、二人の問題は見過ごせない。何より里香は、親しい友達が困っているのに見捨てるような性格はしていないので、協力してくれるだろうという確信が正人にはあった。
次の予定が決まると、少し心が落ちつく。マッサージ機が体をほぐして全身の力が抜けていき、意識が薄れていく。もう少ししたら眠りに落ちそうだ。
「お、そんなところにいたのかよ」
「兄さん、パソコン持ってきたよ」
聞き慣れた声で襲いかかってきた眠気が、ゆっくりと去って行く。重たくなった瞼を上げると、春と烈火が呆れた顔をして立っていた。手にはパソコンと一緒に買う予定のマウスやウェブカメラなどがある。
「ちょっと待ってて」
マッサージチェアについてる緊急停止ボタンを押して、背もたれが元に戻るの待つ。しばらくして、完全停止すると立ち上がった。
「お待たせ。行こうか」
弟の二人を連れてレジに向かう。合計の金額は、久々に大きな買い物をしたなと思うものだった。
クレジットカードで精算を済ませると、店を出て車に乗る。その時、フロントガラスから英子の後ろを歩く冷夏とヒナタが見えた。
二人は手をつなぎながら、うつむいている。一方の英子はハイブランドで有名なロゴのついたショッパーを手に持ち、笑顔を浮かべて楽しそうだ。
対照的な姿を見て正人は、再び守りたいといった気持ちが自然と湧いた。
後ろの席で買ったばかりのパソコンを嬉しそうに抱えている弟と同じように、冷夏とヒナタも喜ぶ顔が見たい。正人はそんなことを考えながら、車のエンジンをかけたのだった。






