先輩方には感謝しないとね
草薙と別れた後、補給所で食料と飲み物を買い込んだ四人は、宿から借りた部屋でささやかな晩餐を開催していた。
小さいテーブルには、補給所で購入した焼き鳥と500mmlペットボトルに入った水が置かれている。沖縄の時と比べると貧素なメニューではあるが、ダンジョン内だと考えれば十分に豪華といえるだろう。
「今日はお疲れ様! カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
ペットボトルに口をつけて水を飲む。冷えてて美味しい。
生ぬるい水ばかり飲んでいた四人は、文明の有り難みを感じていた。
「冷たい水が飲めるだけで幸せを感じられますね」
微笑みながら里香は、先ほどの言葉を証明するかのようにもう一度水を飲んだ。ペットボトルから口を離した際に「ぷはぁ」と幸せそうに息を吐いている。
その隣でヒナタと冷夏は空腹を満たすべく、焼き鳥を手に取った。
全部で十本ほどしかないので、小さい肉を一つ一つ、大切に口に入れる。
焼きたてなので、もも肉はふっくらと柔らかくタレもしっかりと味がついててる。地上で生活しているときであれば気もしない、ごく普通の味付けではあるが、ダンジョン内という特殊な空間がよいスパイスとなって、最高級のフレンチよりも美味しいと感じていた。
「ここに補給所を作ってくれた先輩方には、感謝しないとね」
楽しそうに食事をしている三人を見て、正人がつぶやいた。
階層をワープできるような装置は発見されていないため、ダンジョンの奥に進むのであれば、どうしても補給の問題が出てくる。
だから飲食物が購入でき、ゆっくりと休める場所を作った。
言葉にすれば簡単だが、この補給所を作るまでに様々な困難があった。
場所の選定から補給ルートの確保、さらには万が一モンスターが襲撃してきても守れるような体制作りの他、いろんな人間の思惑や利権も絡み合って、完成するのに数年もかかる事業となったのだ。
初期の計画では各階層ごとに補給所を作る話もあったが、維持コストの問題で作られたのは九階層の補給所だけ。文明的な生活ができる場所は、ここしかないのだ。
階層を移動するワープ装置が発見されない限り、東京ダンジョン内の補給所がこれ以上増えることはないだろう。
「今日の反省会を開きたいんだけどいいかな?」
三人が焼き鳥を食べ終わりそうになった頃合いを見計らって、正人が言った。
今まで順調だった探索だが、今回は久々にミスをしてしまった。記憶が新鮮なうちに振り返ろうとしているのだ。
四人は食事の手を止めて正人を見ると、里香が返事をした。
「はい。お願いします」
他の二人もうなずいて同意している。
「反省しなければと思う点は二つある。一つはアイアンアントクイーンとの戦いだね」
「勝ったのに反省が必要なの!?」
危なげなくとまではいかなかったが、真っ正面から倒せたのだ。ヒナタとしては誇ることはあっても、反省するような点はないと思っていたので、驚いていた。
「十階層のアイアンアントクイーンを意識するならね。今日みたいな戦いをしたら負ける可能性はあると思う」
九階層の巣に出現するアイアンアントクイーンは、十階層のボス個体と比べて弱体化されている。さらに十階層では取り巻きのアイアンアントが出現するので、今回みたいに一対多という戦い方は望めない。数の面でも不利になるだろう。
本来の目的である十階層の突破。そこまで考えるのであれば、反省すべき点はあった。
「なるほど……。確かに九階層に出現するモンスターで手こずるようでは、十階層のアイアンアントクイーンに勝つのは難しいかもしれませんね……」
顎に手を当てた冷夏が、戦いを思い出しながら言った。
「アイアンアントクイーンの外殻は私が予想していた以上に固かった。エネルギーボルトを弾くほどとは思わなかったよ……」
今までであれば、エネルギーボルトを連発して先制攻撃して倒せたが、その戦法は通用しなかった。また関節部分以外は通常の攻撃も通用しない。外殻までも貫けるとしたら、短剣術や肉体強化を使った正人か怪力スキルを使った冷夏ぐらいだろう。
「十階層のアイアンアントクイーンだと、里香さんとヒナタさんの攻撃は一切通用しないと思った方がいい。関節を狙っても、ダメージは与えられないかもしれない」
戦力外だと言われたようで里香は落ち込むが、ギリギリのところで態度には出さなかった。
「私の攻撃は通じると思うけど、ナイフだから長さが足りない」
昆虫型は痛みに鈍いこともあり、ナイフが刺さった程度では動きは止まらない。沖縄ダンジョンで遭遇した大蜘蛛のように、瀕死の状態でも攻撃してくる場合があるのだ。
「だから主力は冷夏さんにして十階層のボスと戦おうと思っている」
「え?」
今まで、おまけ扱いされていると思っていた冷夏は、いきなりボス戦の主力だと言われて驚いて言葉を失っていた。目を見開いて正人を見ている。
「取り巻きは里香さんとヒナタさん、私は遊撃として皆を援護するから、アイアンアントクイーンと戦ってくれないかな? 」
「大丈夫でしょうか……」
自分が主力となっていいのかという気持ちが半分、里香を置き去りにしてしまった気持ち悪さが半分、冷夏の心を占めていた。
答えを求めるようにして冷夏が里香を見る。
「冷夏ちゃんなら大丈夫だよ」
そっと手を握って里香が励ました。
表だって批判されるようなことはなさそうで、冷夏は、ひとまず安堵する。
「お姉ちゃんすごいね!」
そんな二人の間にヒナタが入った。良くも悪くも裏表がない彼女は、正人に認められたことを純粋に褒めている。そんな姿を見て、冷夏の心は少し軽くなった。
「アイアンアントクイーンの足を叩き斬った力は、十階層でも必ず役に立つ。それに一人では戦わせない。私も武器を短槍に変えてサポートする予定だから、安心して欲しい」
事前にナイフが通用しないとわかっているのであれば、武器を変えて挑むこともできる。正人は短剣術や短槍術のスキルを覚えているので、戦力が落ちることはないだろう。むしろ、攻撃の手段が増えるので総合的には上がるはずだ。
「わかりました。私、頑張りますね」
逃げてばかりではいられない。攻撃力という一点だけでも正人に期待してもらえているのだから、結果を出そう。冷夏はそう心に誓ったのだった。






