ちゃーんす!!
動きが止まって無防備になった里香の頭上に、アイアンアントクイーンの腹部が近づいてくる。押しつぶすつもりだ。
「里香さんッ!!」
攻撃が当たる直前、正人がかばうように近づくと、スキルを使う。
――自動浮遊盾。
半透明の四枚の盾が攻撃を受け止めた。衝突とともにビリビリと空気が振動する。
守られている間に剣を拾おうとした里香だったが、少し腕を動かそうとしただけで激痛が走る。
「ッ!!」
脂汗が浮かび、痛みで顔がゆがむ。先ほどから自己回復スキルを使用しているが、右腕の痛みは一向に薄れない。傷は回復できても解毒できないのだ。
毒はじわじわと里香の体を侵食していく。
痛みが腕から胸へや首へと移動していくのがわかる。心臓か、脳に到達すれば意識を保つのは不可能だろう。そうなってしまえば、一分も持たずに命を落としてしまうはずだ。
「お姉ちゃん行くよ!」
「もちろんッ!」
一方的に攻撃され続けている正人を助けるべく、冷夏とヒナタが攻撃を再開した。
大顎を警戒して左右に分かれて前足を狙う。先ほど手痛い攻撃を受けたこともあり、アイアンアントクイーンは正人への攻撃を中断して、ターゲットを双子の二人に変えた。
その隙に、正人が里香の腕に触れるとスキルを使用する。
――復元。
毒に浸食された体が一瞬にして正常に戻る。時間を巻き戻したと表現してもおかしくはないほどだ。毒を受けた形跡は残っていない。痛みや倦怠感といったものもない。
「あ、ありがとうございます」
失敗をフォローしてもらい気まずそうにしている里香だったが、正人の険しい表情で意識が変わる。
「まだ戦える?」
今は戦う時だ。反省も後悔も終わった後にすればいい。
里香は落ちていた剣を拾い上げる。毒を受けて死にかけたが、戦意は衰えていない。仲間を前にして怖じ気づくなんて、あり得ないのだ。
「もちろんです!!」
主人に従う忠犬のように、正人の期待に応えるべく元気よく返事をした。
「それじゃ、止めを刺しに行こうか。外殻はスキルを使わないとダメージを与えられないけど、関節部分は柔らかい」
「そこを狙えばいいんですね?」
「うん。注意を引き付けるから隙を見て頭を斬り落として。いけるよね?」
正人に期待され、お願いされたのだ。答えは決まっている。
「任せてください!!」
予想通りの返事をした里香の声を聞くと、正人は走り出した。
――隠密。
気配を薄くして冷夏とヒナタを攻撃しているアイアンアントクイーンの腹部に近づく。下に入り込むとスキルを使う。
――短剣術。
――肉体強化。
金属よりも固い外殻を二本のナイフが切り裂く。緑色の液体が降り注ぐが無視をしてさらに攻撃を続ける。
――ファイヤーボール。
出現場所はナイフで傷をつけた場所だ。アイアンアントクイーンの腹部に当たると爆発。腹部が内部から吹き飛んだ。壁や天井、床に緑色の液体がべちゃりと付着する。
ファイヤーボールを放ってすぐに短距離瞬間移動で逃げていた正人は、離れたところで、思うように体が動かせずに悶えているアイアンアントクイーンを見ていた。スキルを連続で使用しすぎて、魔力量が増幅した正人でも魔力切れがおきかけているのだ。回復までしばらく時間が必要である。
「ちゃーんす!!」
ヒナタが前足の一本を斬り飛ばした。冷夏も続いて反対側の前足を同様に斬ると、アイアンアントクイーンは体を支えることができずに倒れてしまった。
残った二本の足を必死に動かしてもがいているが、巨体を支える力は残っていない。地面をむなしく削るだけである。
全力で飛び出した里香は、普段は片手で持っている柄を両手で強く握る。剣を背中に担ぐようにして構えながらアイアンアントクイーンの前に立ち、力任せに振り下ろした。
ぐしゃ、と液体が飛び散る音とともに、アイアンアントクイーンの頭部が胸部から切り離さる。通常のモンスターであれば、これで倒せたはずなのだが、相手は昆虫型。痛みに鈍く驚異の生命力を持つアイアンアントクイーンは、最後の攻撃を仕掛けてくる。
毒霧を噴射した腹部の穴に一本の長い針が出ていた。
半壊した腹部が伸縮している。まるで今から針を飛ばそうとしているようだ。
「里香さん! 危ない!!」
危険を察した正人が必死に叫んだ。里香は薄く笑って無言で返事をする。
里香は盾を持たずに剣一本で戦ってきた。
攻防一体となった技を実戦から学んで身に着けてきたのだ。
来るとわかっていれば、高速で飛ぶ針を弾き飛ばすことぐらい、造作もない。
「ふぅ……」
息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
腕だけを動かし、最速で剣を振るう。迫りくる針を鍔元近くの刃に当てて上に弾く。アダマンタイトで作られた刀身は傷つくことなく、針を天井にまで飛ばした。
探索者はスキルに頼ることが多いが、里香は純粋な技術で危機を乗り切ったのだった。
最後の力を振り絞ったアイアンアントクイーンは、黒い霧になって消えている。
「すごーーい!!」
ヒナタが里香に飛びついた。一瞬の攻防に魅了されて興奮が収まらない。抱き着いたまま何度も「すごい! すごい!」と繰り返している。
冷夏は一歩離れてその姿を見ているが、気持ちはヒナタと同じだ。スキルでごり押しする自分とは違って、技術だけでアイアンアントクイーンの頭部を斬り落とし、針を弾き飛ばした里香の技術に驚嘆していた。
そんな三人から離れて、正人はアイアンアントクイーンがいた場所に立っていた。床には魔石と小さい卵が三つ残っていた。
「アイアンアントの卵か。確か高く売れたという噂だったけど、他にも気を付けることがあったような……?」
疑問を口にしながらも正人はドロップ品を拾ってリュックにしまい、里香たちと合流するために歩き始める。






