あそこの穴に入ってみようか
「気持ち悪いモンスターだったねー!」
ヒナタが舌をだしながら嫌そうな顔をして言った。
昆虫が好きな女性は少ない。彼女も例に漏れず苦手で、蟻やトンボをベースにしたモンスターは嫌悪の対象でしかないのだ。残った魔石にすら触りたくないといった様子で、回収を冷夏に任せていた。
「でも、ヒナタちゃん。慣れないと先に進めないよ? 頑張ろうよ」
「そーなんだけどさー!」
励まそうとして里香が声をかけたが、ヒナタはわかっていても前向きな気持ちにはなれない。気持ち悪いというイメージが抜けないのだ。
「ヒナタ! ちょっとは――」
文句を言い続ける妹を見かねた冷夏が注意しようとしたが、正人の緊張した声で中断する。
「またモンスターがくる! 左側から!」
三人が一斉にモンスターがいる方に顔を見た。
砂埃のため姿は見えない。だが、高速で動く羽の音は聞こえた。
武器を構えて待っていると、モンスターの姿が見えてくる。
全身は鈍い光沢を放つ緑色の外殻を持ち、頭部にサイのような角がある。前胸にも前向きの低い角が4つ並んでいて、全長は二メートルほど。背中から透明な羽根が一つ対あって、高速で動いている。
地上から一メートルほど浮上した状態で角を前に出して突進していた。
その数は十匹を超えており、ヒナタは気持ち悪さに気を失いそうになる。
「ビッグコガネだ! 横に飛んで避けて!」
正人はパーティーメンバーに警告したのと同時に横に飛び、里香も続く。冷夏は怪力のスキルを使ってヒナタを抱きかかえてから、二人とは反対側に逃げた。
小回りの利かないビッグコガネは、正人たちを通り過ぎて十メートル進み、大きく旋回する。怯えているヒナタをターゲットにして突進を始めた。
――水弾。
ビッグコガネの群れに向けて水の固まりが次々と襲いかかる。衝撃に負けて地面に落ちる個体は、里香が止めを刺しに駆け寄っていく。
見事な連携によって数を減らしたまでは良いが、全滅はしていない。攻撃から逃れた数匹はヒナタに向けて進む。
「もう、手がかかるんだからッ!」
冷夏が前に立って薙刀を構える。
――怪力。
直線的な動きをするモンスターなど今の冷夏の敵にはならない。湧き上がる僅かな恐怖心をねじ伏せて、薙刀を高速に振るってビックコガネを刀身で外殻を斬り裂き、柄で叩き落とす。高速で動く薙刀は里香の目で追うのも難しい。
弾丸のように迫り来るビッグコガネは数秒で全滅してしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
顔から汗がしたたり落ち、息切れしている冷夏にヒナタが抱きついた。
「お姉ちゃんありがとうー!!」
「もう、調子がいいんだからッ!」
疲れているのにも関わらず冷夏は笑顔でこたえた。
姉として頑張れている。
そういった自信が湧くこともあって、ヒナタに甘えられるのは嫌ではないのだ。
足音が近づいてきた。冷夏はヒナタを体から離すと正人を見る。
「大丈夫だった?」
「はい。ケガ一つありません」
「それならよかった。この階層の初戦はなんとかクリアできたね」
今までのように正人のスキルで簡単に倒す、といった流れではなく、全員が己の能力を発揮して戦った。まともな戦闘であったので、正人は心配していたのだ。誰も負傷していないことを知って安堵する。
「この階層からモンスターの数は多くなる。一人一人の動きが大事だし、総力戦になる。勝ち続けて、探索者としてもっと上を目指そう」
足を引っ張ったのはヒナタだったが、あえて全員に向けて話しかけた。
皆で支え合いながら頑張っていこう。そういった正人の気づかいが含まれている。
「「「はい!」」」
三人は元気よく返事をした。昆虫が苦手なヒナタは、今度こそちゃんと戦うと気持ちを入れ替える。探索者としてのプライドが、何度も助けてもらうわけにはいかないと訴えかけているのだ。
昆虫が苦手なのは変わらないが、気合いの入ったヒナタであれば、先ほどのように硬直して動けないといった情けない姿は見せることはないだろう。
「よし出発!」
戦闘中も索敵や罠感知といったスキルは使い続けていた正人は、安全を確認すると補給地に向かって歩き出す。その後を里香が追って、冷夏はヒナタの隣に立って二人の後ろをついていくことにした。
砂埃はさらにひどくなり視界は悪くなる一方だ。周囲の景色は代り映えしないどころか、前に進んでいるのかすらわからない状態で、四人はバラバラにならないように近づいて歩くことにした。
「もう髪が砂まみれー! 最悪の階層だよー!!」
「ヒナタは髪が短いからいいけど、私なんて最悪だよ」
不満そうな声をだした冷夏は、腰まで届く長い髪を触る。ざらざらとしてて、ごわついていた。毎日丁寧に手入れをしているのに、今回の探索で台無しになってしまいショックを受けている。
言葉には出さないが里香も同じだ。正人がいるのに髪が乱れてしまい、気になってしまう。
そんな女性陣の悩みに気づいた正人は、砂埃を避けるために地面に空いた穴にはいると決める。
「あそこの穴に入ってみようか」
中は緩い坂になっていて、歩いて奥に進めるようになっている。
「見るからに怪しい場所なんですが、入っても大丈夫なんですか? また落ちたりしませんか?」
落とし穴で死にかけた経験ある冷夏は、怖がった声で疑問を口にした。
「アイアンアントの巣だから罠じゃない。浅い部分なら出現数は多くないみたいだし大丈夫だよ」
「なるほど……落ちないなら問題ないです。入るのは賛成です」
「ヒナタも―!」
「私も大丈夫です」
冷夏が同意するとヒナタ、里香も首を縦に振る。
砂埃から逃げられるという魅力には逆らえないのだ。
全員の同意が得られたので正人は周囲にファイヤーボールを三つ浮かべて明かりを確保すると、アイアンアントの巣に入っていくのだった。






