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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第四章 継承権争い -後始末編- 九歳~十歳

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087 九歳 経済的な問題

 三月も終わりに近づいた頃、アイザックにグレイ商会の商会長であるラルフが面会に訪れた。

 ネイサンを殺してから、手紙を送った事のある外国大使などからアイザックを心配する手紙などはあった。

 だが、ネイサンを殺してから、ウェルロッドの商人と会うのは初めてだ。

 アイザックはノーマンを連れて、ラルフと会う事にした。


 ドアをノックした時点で立ち上がっていたのだろう。

 アイザックが部屋に入ると、ラルフは立ち上がって待っていた。


「久し振りだね」

「お久しぶりです、アイザック様」


 軽い挨拶を交わしたあとアイザックがソファーに座り、ラルフに座らせる。

 ノーマンはアイザックの斜め後ろで立っていた。


「お元気そうで何よりです。お祝いを申し上げた方がいいのか、それともお悔やみを言うべきか迷ったのですが……。領主代理就任おめでとうございます」


 ラルフは祝いの言葉を言うにはふさわしくない、困ったような表情をしていた。

 それをアイザックは咎めなかった。


 メリンダとネイサンの事件も「家庭内で大変な事があった」と心配するか「無事で良かった」と祝うか迷うところだ。

 さらにランドルフが病に倒れて、アイザックが領主代理となった。

 領主代理になっただけならば、迷うことなく祝いの言葉を言うだけだ。

 しかし、その領主代理になった経緯が経緯だけに、素直に祝いの言葉を言えない状況だった。

 ラルフが困るのも当然の流れである。

 これにはアイザックも苦笑いを浮かべた。


「ありがとう……、と素直に言えるほどおめでたい状況ではないね。困るのもわかるよ」


 他の者達も病床に伏せるランドルフの心配の手紙や見舞の品は送ってきたが、アイザックの領主代理就任を祝うような手紙などは送ってこなかった。

 外から見ればランドルフが病に倒れた事が重要な出来事であって、まだ幼くお飾りにしか見えないアイザックの領主代理就任は祝うような事ではないのだろう。

 その事はアイザックもわかっていた。

 いくらなんでも政治に関わるのは、まだまだ早いと思っている。

 自分自身、嬉しい事だとは思っていないからだ。


「他の者達もどのような挨拶をすればいいのか迷っておりました」

「うん。新年の挨拶以降は特に連絡が無かったから、大体察してるよ。今日はどうしたんですか?」

「ええ、実は借金の事でお話が」

「借金? ……あっ、そうか!」


 アイザックはグレイ商会に金を貸していた。

 その事自体は忘れていない。

 だが、返済の条件(・・・・・)を忘れていた。


「僕が領主代理になってから十年後……、だったね」

「はい。もちろん、十年後にはお支払いしようと思えばできます。ただ少々お待ちいただきたい事情がありまして……」


 ラルフは浮かび上がる汗を拭きながら言った。

 その汗が緊張しての物なのか、アイザックの不興を買う事を恐れての物なのかまではわからなかった。


「あの……、話の腰を折って申し訳ないのですが、借金とは何の事でしょうか?」


 アイザックの秘書官を目指す者としては、金の動きは知っておかねばならない事だ。

 ノーマンが話の途中で割ってはいった。


「あぁ、そういえばノーマンは知らなかったね。あの時はエルフの出稼ぎ組に同行してたっけ」


 アイザックは当時の事を思いだし、ノーマンが事情を知らない事を思い出した。


「あの時の事はね――」


 当時の事をかいつまんで教える事にする。


 アイザックはランドルフを騙したブラーク商会のデニスに仕返しをするため、ティリーヒルの鉄鉱石を使って入札を行っていた。

 その時に、デニスの計算を狂わせるためにアイザックが今までの落札金額をラルフに貸してやった。

 そして最後の落札では、商会の運営もあるので落札した金額を受け取らず、借金という形で金の受け渡しを猶予していたという事を説明する。


「……250億の貸し付け。しかも、七歳の時に……。すみません、ちょっとスケールの違いに驚いていました。失礼しました。お話を続けてください」


 そう言いながら、ノーマンは手元の紙に書き留め始めた。

 アイザックが忘れてしまわないように、時が来たら教えるためだ。


「えっと、事情だっけ? どんな事情があるの?」

「はい。年明けの事件の影響でブラーク商会はお抱え商人から外されました。それに伴い、今後しばらくは特定の商人をお抱え商人にしたりしないとウェルロッド侯が発表されました」

「うん、そうだね」


 これはモーガンが「ブラーク商会が大きくなり過ぎたから、商人として以外の事に関心を持ち始めた」という判断をしたからだ――という事に表向きにはなっている。

 アイザックはブラーク商会にまで責任を問うつもりはなかったが、世間体のためにブラーク商会まで処罰する形となった。

 そして、同じ轍を踏まないために「ウェルロッド侯爵家は、当面の間は特定の商人ばかり優遇しないようにする」という方針が発表されていた。


「その影響は非常に大きく、今までブラーク商会が独占していた仕事も、他の商会に割り振られるようになりました。当然、我がグレイ商会にもです。ただ、時期が早すぎるという事が問題となりました」


 ラルフはアイザックを見つめる。

 その視線には「誰が原因かまでは言う必要はないだろう」というものが含まれていた。

 アイザックもそういう視線にはもう慣れた。

 特に何かを思う事なく、普通に受け止める。


「これから十年、二十年かけてお抱え商人になるための用意をするつもりでした。ですが、突然ブラーク商会がやっていた仕事を割り振られるようになったのです。設備への投資や新人の育成など、想定していたペースよりも早くやらねばならなくなりました」

「そうか、お金を貯める余裕が無くなるんだね」

「恥ずかしながらその通りです」


 まだグレイ商会をお抱え商人に指名したりはしていないが、ブラーク商会の指名が外された事によって仕事量が増えた。

 その仕事をこなすために設備投資や人員を増やす必要性は、アイザックにもわかる事だ。


 元々アイザックが領主代理になるのは、どんなに早くても十年くらい先だろうと考えていた。

 そして、ブラーク商会がお抱え商人である期間も同じくらい続くと思われていた。

 だが、ラルフの考えもしなかった事態が続いてしまう。

 そのおかげで出費が必要なのにもかかわらず、十年後に250億リードを返さないといけなくなってしまった。

 借金の返済を待ってほしいと言いたくなったのも理解できる事だった。


「まぁ、いいよ。僕自身、どんなに早くても二十歳を過ぎてから領主代理になると思ってたからね。領主代理になって十年後とかいう曖昧な期限を定めていたのが間違いだった。僕の三十歳の誕生日に払うってのはどう? その頃になれば、僕がグレイ商会をお抱え商人にするって決めても文句は言われなくなってるだろうし」

「ありがとうございます」


 ラルフは安堵の表情を浮かべる。

 問答無用で「十年後に金を払え」と言われたら、事業拡大を諦めねばならなかった。

 それに、他にも金が必要な事情がある。


「最近はウォリック産の鉄などが値上がりしているので、待っていただけて助かります」

「値上がりしてるの?」

「ええ、そうなんです」


 ラルフがアイザックに説明を始める。


 今のウォリック侯爵領は、減税して以来食料問題で混乱している。

 真面目に働いている者もいるが、食料の手に入る量が減ったせいでやる気を無くした者もかなりの数がいた。

 大きな鉱脈の見つかったブランダー伯爵領に夜逃げする者もいる。

 そのせいで、鉄などの地下資源の採掘量が全盛期の七割ほどにまで落ち込んでいた。

 供給量は減るが、需要は変わらず。

 自然と鉄や銅といった物の相場は値上がりする一方だった。


「最近ではエルフ向けの商品を運ぶ馬車の目的に、ティリーヒルから精錬された鉄を持ち帰るという事が加わったくらいです」

「そうか、大変なんだね……」


(でも、ティリーヒルは本来の目的を果たせたって事か)


 非常時に備えて細々と鉱山を維持していたが、それが役に立った。

 ご先祖様の誰がやったのかわからないが、先見の明があったのだろう。

 ここでアイザックは一つの事に気付いた。


「素材が値上がりしてるって事は、商品も値上がりするんだよね?」

「はい、ある程度は抑えるようにしていますが……。少しずつ値上げしております」

「……それじゃあ、他の商会の事はわかる? できれば、鉄製品を扱う商会以外の事が知りたいんだ。ウェルロッド侯爵領も領主代理が交代するからどうなるのかなって」

「それは、その……」


 収まりかけていたラルフの汗が噴きだした。

 緊張しているのがありありと感じ取れる。


「何か知っているなら教えてほしいかな」


 アイザックに話をするように促されて、恐る恐るといった感じでラルフが話し出す。


「領主様が代わる時は、言わばご祝儀価格といった感じで少しばかり商品の値上がりが起きます」

「うん。でも、それだけじゃないよね?」


 ご祝儀価格だけならば、汗をかく必要がない。

 それ以外に何かあるはずだとアイザックは見抜いていた。


「……代わり方にもよります。例えばウォリック侯爵家のような代替わりをしますと、統制が緩むと見て商人達は足元を見るようになります。良い商機だと見て荒稼ぎしようとするのです」


 そこでラルフはアイザックを見る。

 彼の視線が意味するところは馬鹿でもわかる。


「つまり、次はウェルロッド侯爵領で物価の上昇が起こると?」

「はい。一部の商会が結託して同時に値上げに踏み切る動きがあるようです。あっ、もちろん私は参加していません。値上げするのは仕入れ価格が上がった分だけです」


 自分も参加していると思われるのが嫌だったラルフが必死に否定する。

 アイザックが何をするのかわからないというよりも、グレイ商会は将来のお抱え商人として立場が保証されているからだ。

 ここで不興を買って、お抱え商人になる約束が反故にされる事の方を恐れていた。


(カルテルを組まれるか……。この国の法律では談合を禁止してないから、商人はやりたい放題だな)


 アイザックはリード王国の法に穴がある事を恨んだ。

 ウェルロッド侯爵領でだけ談合を禁止すれば、商人達は他の領地に拠点を移すだけだ。

 そうなれば、商人が出ていった領地は寂れてしまう。

 こういう事は、逃げ場がないように国ぐるみで一斉に取り締まらなければ効果がない。


(俺が領主代理になったから領内の経済が混乱したと言われるのは嫌だ。爺ちゃんが仕事から帰ってきたら相談しないとな)


 さすがにウォリック侯爵家のように酷い事にはならないとわかっている。

 だが、これは気持ちの問題だ。

「アイザックが領主代理の間はやりたい放題だ」と舐められるのが気に食わない。

 何か対応策を考える必要があった。


 しかし、暴力的な解決方法はできない。

 そんな事をすれば、商人達がウェルロッド侯爵領から逃げてしまうだけだ。

 商人に逃げられてしまえば、物資の流通が止まって第二のウォリック侯爵領になる可能性だってある。


 ――穏便な手段を使って商人が領地から出ていかないように気を使いつつ、アイザックを舐めさせないようにする方法。


(何だよ、この無理ゲー……。最悪の場合は多少の混乱を許容するしかないか)


 あと二週間もすれば、アイザックは領地に帰る。

 いくらなんでも、商人達を説得するには準備期間が足りない。

 力技が使えない以上、アイザックには良い考えが浮かばない。

 なので、大人しく諦める事も選択肢に入れた。


「ありがとう、教えてくれて。どう対応するかはお爺様と相談して考えるよ。良い話が聞けてよかった。今回の事はよく覚えておくよ。もしかすると、商人の考えを知る参考に意見を聞いたりするかもしれないけど、その時はよろしくね」

「はい、喜んで協力させていただきます」


 ラルフからすれば断る理由などない。

 アイザックだけではなく、モーガンにも恩を売る機会だ。

 もしかすると、早い段階でグレイ商会をお抱え商人にすると決まるかもしれない。

 媚びを売っておいて困る事などない以上は、協力を申し出ておいた方が得になると考えていた。


(まったく、親父がしっかりしてくれてりゃあなぁ……。っていうか、表向きは元気なフリをさせておいて、実際は俺が働くって方法で良かったんじゃないのか?)


 実際には様々な事情でそんな事はできないのだろうとはわかっている。

 しかし、厄介事が次々に出てくるので、アイザックはどうしてもそんな事を考えてしまっていた。

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― 新着の感想 ―
こっちは混乱あっちも混乱、何処も彼処も混乱中。 まあ、基本アイザックのせいだから仕方ないっちゃ仕方ない。
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