817 三十一歳 オーランド伯爵
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「さて、まだやらねばならない事が残っている。それを処理するとしよう。オーランド伯をここへ」
アイザックは挨拶だけで終わらなかった。
続けて、オーランド伯爵の処遇に触れようとする。
場はざわついた。
オーランド伯爵は、ブランドンが蜂起した時に付き従っていた。
だから反逆者として罰するのはわかる。
だが、オーランド伯爵なのかという事がわからなかった。
ブランドンとモズリー侯爵は、クリフォードのいる北西へと逃れた。
それでもブランドン派の重鎮は他にもいる。
オーランド伯爵は田舎に小さな領地を持っているだけの、血筋以外は小物と言っても過言ではない存在である。
そんな彼をなぜ最初に呼び出すのか?
血筋が理由なのだろうというところまでは見当がつくが、ここで呼び出す理由がさっぱりだった。
ヴィンセントと事前に打ち合わせしていたという事もあり、オーランド伯爵はすぐに連れてこられた。
彼は後ろ手に縛られており、罪人といった様相を呈していた。
だが彼は処刑を言い渡されると思って、うなだれたりはしていない。
その目には、まだ力が宿っている。
彼はその玉座の前にひざまずかされる。
しかし、彼はアイザックではなく、周囲に視線を動かす。
そしてヴィンセントを見つけて、彼に向けて笑みを見せた。
「これはこれはヴィンセント陛下。そのようなところでどうされたのですか? あぁ、そうか。もう陛下ではなくなったというわけですか。残念でしたな」
オーランド伯爵は、ヴィンセントを煽った。
そうするだけの理由があったからだ。
「ほう、よくわかっているではないか。だが状況はわかっていないようだな。私がここにいるという事は、玉座を奪い取った者がいるという事だ。アイザック陛下の御前で私に構っている余裕を見せてよいのか?」
「アルビオン帝国の凋落を目の当たりにする事ができたのだ。処刑が拷問に変わろうがどうという事はない」
オーランド伯爵は、アイザックを無視して話しているのを咎められる事になっても気にしないようだ。
すでに覚悟は決まっているらしい。
しかし、アイザックとしては無視されたら困る。
今は行動に移すしかなかった。
「アルバイン、切れ。カービー子爵はナイフを貸してやれ」
アイザックは息子に非情な命令を下した。
この命令には、自暴自棄になっていたオーランド伯爵も驚く。
「……お前達、残念だったな! ヴィンセントの次は年端も行かぬ子供に処刑をさせる皇帝陛下だ! またしても冷酷な皇帝を戴く事になったようだぞ!」
彼は驚きながらも、アルビオン帝国側の貴族達を煽る。
周囲の視線にオドオドとしたアルバインがマットと共に彼の背後に回る。
「どうした? 顔を見る勇気もないか? それでは人殺しの練習にならんぞ」
「動かないでください」
アルバインはそう言いながら、マットから受け取ったナイフを使って、オーランド伯爵を縛っていたロープを切る。
「えっ?」
思っていた事と違ったので、彼はアルバインを見てからアイザックを見る。
「私はエンフィールド帝国皇帝アイザックである!」
オーランド伯爵と目が合ったので、アイザックは名乗った。
「だがそれよりも、ジュード・ウェルロッドの曾孫と名乗ったほうが伝わりやすいかもしれないな」
「無論、陛下がウェルロッド侯爵家の血筋だという事は存じていますが……」
オーランド伯爵は困惑して、言葉もトーンダウンする。
アイザックが何を考えているのか、さっぱりわからなかったからだ。
処刑するでもなく、ただ縄を切っただけ。
しかも子供にやらせたので、余計に意味が理解できなかった。
「かつてオーランド王国はアルビオン帝国に滅ぼされた。それは先代ウェルロッド公が訪れたあとの事だった。なんでも『ウェルロッド公が訪れておきながら何もせずに帰るはずがない。オーランド王国はアルビオン帝国を裏切った』と思われて攻め滅ぼされたと聞いている。その事に相違ないか?」
「……その通りだ。先代ウェルロッド公は酒盛りだけして帰ったというのに、アルビオン帝国は一方的に攻め込んできた。子供ながらにあの日の事はよく覚えている。だが確たる証拠も出なかったので、罪悪感を覚えたのだろう。族滅にはせず、子供は殺さずに残していた。それがどうした?」
「私は曽祖父の日記を読んだ。業務日誌のような事務的な内容ではあったが、オーランド王国に関しては『ただ申し訳ない』と悔恨の感情を残していた。オーランド王国へは赴いたものの、本当に何もするつもりはなかったからだ」
アイザックの発言に、ヴィンセント達アルビオン帝国側の人間が動揺する。
オーランド王国に裏切るつもりはなく、アルビオン帝国の誤解だと公言されてしまったからだ。
「当時、アルビオン帝国はアーク王国へ攻め込んでいた。リード王国は援軍を送ったものの、戦況は押される一方。だからオーランド王国を寝返らせる事でアルビオン帝国の兵を前線から減らせ。当時のリード国王ショーン陛下に、先代ウェルロッド公は命じられた。当然ながら、アルビオン帝国軍をおびき寄せるための囮だとわかってオーランド王国が寝返るはずがない。いくら王命とはいえ、先代ウェルロッド公はあまりにも無謀な命令に怒りを覚えた」
アイザックは肩を落とす。
「そこで先代ウェルロッド公は、外交に必要だからとショーン陛下秘蔵の酒を持ちだす事にした。酒好きの王から銘酒を奪う。長年忠臣として仕えてきた者がささやかな復讐をしたのだ。だからオーランド王国では酒盛りをするだけで帰国した。だが復讐の口実でしかなかったのに、オーランド王国はアルビオン帝国に滅ぼされた。結果的には王命を実行した形となったが、そのようなつもりはなかった先代ウェルロッド公は生涯悔やみ続けていたそうだ」
「それが私に何の関係が?」
オーランド伯爵は吐き捨てるように言った。
「その気はなかった。誤解で攻め滅ぼされて残念だったね」などと言われても意味はない。
何の慰めにもならなかった。
「大いにあるとも。今は亡き曾祖父の後悔を晴らしたい。オーランド王家の復興までは無理だが、かつての王都を中心とした領地を与えるので、オーランド侯爵家としてエンフィールド帝国に仕えてほしい。悪くはない話だと思うがどうだ?」
――悪くないどころか素晴らしい話である。
王国の復興はできないものの、かつての王都を領都として返してくれるのだ。
普通なら飛びつきたい提案ではあったが、オーランド伯爵にはできない理由があった。
(死ぬ覚悟をしてきたのに、今更助けてほしいなどと、みっともない事は言い出せないぞ)
彼にも元王族としての誇りがある。
処刑されるのではなく、家の再興を手助けしてくれると聞いたからといって、あっさり膝を屈するような真似はできなかった。
先ほどヴィンセントを煽っていたのも、処刑前の虚勢である。
惨めに命乞いをするような最期ではなく、堂々とした姿を残すためだ。
そこに一筋の光明が見えたからといって、簡単に態度を変えるような無様な姿は見せられなかった。
「お断りします。私は王家の復興ではなく、アルビオン帝国への復讐のために生きてきました。ブランドンに従ったのも、そうすればアルビオン帝国に混乱をもたらす事ができるからです。もしオーランド王家に対する慚愧の念をお持ちならば、馬と路銀をいただきたい。私はもう一度ブランドンかアルフレッドの下へ赴き、最後までアルビオン帝国に混乱と損害をもたらすために戦い続ける道を選びます」
彼は堂々たる姿で、復讐に生きると言い放った。
これは早々に降伏という道を選んだヴィンセントとは違うという、彼なりの意思表明でもあった。
「なるほど、見事な男だと認めよう」
命乞いしない彼の姿を、アイザックも素直に褒める。
「ところで、オーランド伯には年頃の孫娘が二人いたな」
孫娘の事を持ち出された事で、オーランド伯爵の心臓が鼓動を早めた。
さすがに人質として利用されれば少しは動揺する。
「今回、私は婚約者の決まっていない息子を同行させている。先ほど縄を切らせたアルバインもその一人だ」
オーランド伯爵は、背後を振り返る。
ようやくこの時になって、十歳くらいの男の子の存在を意識する。
アルビオンの皇族と違って、大人しそうな男の子だった。
「オーランド伯は、すぐそばにいる私の息子を人質に取るような事もしなかった。その点も高く評価している。だから貴公の孫娘と気が合うようならば息子と婚約させてもいいと考えている。例え婚約が成立せずとも、オーランド侯爵領については安心してほしい。オーランド伯爵家の縁者の中からふさわしい者に継承させる。エンフィールド帝室が乗っ取るような真似はしないと約束しよう」
(孫娘の婚約者に皇子を出すだと!? そこまで配慮してくれるのか!)
オーランド伯爵の心が大きく揺れる。
しかし格好をつけてしまった以上、前言撤回は容易ではなかった。
「では馬と路銀の他、名誉を保つために最低限の武装と従者も認めよう。罪人ではなく、客人として丁重に扱うように」
アイザックはオーランド伯爵を連れてきた騎士達に命じる。
内心、もったいない事をしたかなぁと後悔するオーランド伯爵だったが、そこに救いの手が差し伸べられた。
「お待ちください」
黙って事態の推移を見守っていたアルバインが、ここにきて口を開いた。
「陛下、もし僕がオーランド伯爵家の令嬢と婚約すれば、オーランド伯は義理の祖父になられるのですよね?」
「そうなるな」
「僕も陛下のように義理の祖父母と仲良くしたいです。それに婚約者も身内を亡くしたら悲しむと思います。行かせないでほしいです」
「ふむ……」
(あぁ、あんなに小さかった子が、見知らぬオッサンを助けてほしいと頼むようになるなんて。大きくなったなぁ……)
しかし、息子に「助けてほしい」と言われれば、アイザックも真剣に助けてやってもいいと考え始める。
「オーランド伯は復讐のためとはいえ、ブランドンのために最後まで勇敢に戦って捕虜となった。不利になれば降伏する者も多いというのにだ。そこまで勇猛果敢な武人に矛を収めよと無理強いするのは無礼な行為だぞ」
「それでもです。僕は……、生きていてほしいです」
「よかろう。オーランド伯、戦場に戻るのはいつでもできる。一度家族と会って、これからの事を話し合ってからでもよいのではないか? 貴公のような武人にこのような頼みをするのは非礼かもしれないが、我が子のために頼む」
アイザックが頼んだ事で、オーランド伯爵もすぐ戦場へ戻らずとも面子が傷つかずに済んだ。
「……アイザック陛下に恨みはございません。そこまで言われるのであれば、一度家族と話し合ってみましょう」
(うおぉぉぉ、この子はとっても良い子だぁぁぁ!)
オーランド伯爵は、アルバインに深く感謝した。
人目がなければ絶叫していただろう。
だが表情には出さない。
あくまでもアイザックに頼まれたので渋々といった様子を見せていた。
だが、これまでのやり取りは、事前に打ち合わせておいた内容だ。
とはいえ打ち合わせと違う事もある。
――アイザックとしては「オーランド伯爵家を救おうとした」という事実と「元オーランド王家の血を手に入れられればいい」という事だった。
オーランド伯爵自体は、どうしても手に入れたいというわけではない。
家臣になってくれればラッキー程度の存在である。
無理に頼み込むほどの相手ではなかった。
ただ途中でアルバインが彼に同情し「行かせないでほしい」と言ったところからはアドリブである。
彼の未来の義祖父を助けてほしいという思いは、アイザック達が思っている以上に強くオーランド伯爵のもとへ届いていた。






