816 三十一歳 ゲイン・ロス効果
書けたので投稿です。
いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~ 2
2026年2月14日発売!
ご予約よろしくお願いいたします!
家族との再会を喜んだ翌日、アイザックはヴィンセントと軽い打ち合わせをした。
さらにその翌日、帝都に残っている貴族を集めて、彼らとの顔合わせを行う事にした。
アイザックにとって、アルビオン帝国地域の支配を確固たるものにするための大事な行事である。
気合を入れて臨む事にした。
式典というほど仰々しいものではない。
謁見の間に人を集めるだけだ。
シンプルだからこそ、インパクトが求められる重要な場面だった。
アイザックは謁見の間に貴族を集めさせた。
今は多くの貴族が出陣しているので数が少なく余裕があるため、エンフィールド帝国の貴族も参列させる。
子供達はモーガンに任せ、エンフィールド帝国側の最前列に並ばせて待たせる。
「アイザック陛下の御入来ー」
宮廷官の知らせから少しして謁見の間の扉が開かれる。
そう、今回アイザックは玉座側の扉から入るのではなく、正面扉から入る事にしたのだ。
左右に分かれて並ぶ両国の貴族が、アイザックが通る玉座への道に向かって頭を垂れる。
それはアルビオン帝国側の最前列に並ぶヴィンセントも同じだった。
(ここでコケたら一生笑われそうだな)
アイザックは努めて平静を装い、ゆっくりとした足取りで玉座へ向かった。
幸いなことにアクシデントもなく、玉座の前へと到着する。
そこで彼は振り返り、こう言った。
「今、帝都スタリオンにはエンフィールド帝国軍が駐留している。アルビオン帝国の衛兵よりも多く、他国の兵が我が物顔で街中を歩いているという状況に屈辱を覚えているだろう。これはアルビオン帝国が他国に味わわせてきたものである。諸君は敗北というものを理解しただろうか?」
アイザックの言葉に、頭を下げたまま体を震わせる者が多くいた。
これまで圧倒的強者だったので、言われ慣れていないのだろう。
エンフィールド帝国側の貴族は「そんな事を言って強く反発されたらどうするんだろうか?」と心配する。
「今日、これより玉座に座るのはヴィンセント・アルビオンではない。ただ一人、この私だけだ。おそらく他国の皇帝を主君と仰がなくてはならないという、この状況に絶望している事だろう」
さすがにザック達やマイク達も「これ、大丈夫なのかな?」と不安になっていく。
「その屈辱や絶望を深く心に刻み込め。エンフィールドに逆らおうなどと考えもするな。さすれば、これまで見る事のできなかった未来と希望を私が見せてやろう」
高圧的に感じられた言葉は、自信に満ちた言葉へと変わる。
同時にアルビオン帝国貴族達のアイザックへの印象も変わった。
落として上げるほうが効果があるというゲイン・ロス効果を利用したものだ。
「面を上げよ」
全員が顔を上げ、玉座のほうへと向き直す。
「私がエンフィールド帝国皇帝アイザックだ。コンゴトモヨロシク」
緊張で声が裏返りそうだったものの、なんとか我慢した。
少し言葉がおかしくなってしまったが問題はないはずだ。
(やってしまった……。笑われたりしないかな?)
アイザックは自嘲の笑みを浮かべながら、優雅な仕草で玉座に座る。
しかし、その姿を笑う者などはいない。
(あれがエンフィールド皇帝アイザックか)
(強者には見えないが……。そうやって油断を誘っているのかもしれないな)
――第一印象は覇気の欠ける優男というものだった。
だが、その優男がヴィンセントを下し、ウォリック公爵を始めとするエンフィールド帝国の武官を心酔させているのだ。
先ほどの言葉を合わせて、見た目通りの人間ではないという事が窺えた。
降伏したとはいえ、まだまだ敵地といえるこの場所で、あのような笑みを浮かべる余裕まで持っている。
見た目とは違い、只者ではない事は確かだった。
アイザックが入室する前とは場の雰囲気が一変した。
当初は誰もが渋々従うという態度を見せていたが、アイザックを値踏みするような態度へと変わる。
これは「いつか見ていろ」という負の感情から「主君として仕える価値があるのか?」という前向きな正の感情へと変わった。
不安を覚えている彼らの心を揺さぶる事で、自分が望む方向へと思考を誘導する。
この反応を引き出すために、初っ端から絶望のどん底へ突き落としたのだった。
「さて、多くを語る事もできる。だが今は万の言葉よりも一つの行動を見せたほうがわかりやすいだろう。諸君も知っているであろうカレドン将軍の件だ」
声こそ出していないが、アルビオン帝国側でざわめきが起こる。
ここに列席もしている彼らのよく知る人物に触れたからだ。
「ヴィンセント卿は彼の処刑を望んでいる。だが彼は四千に満たぬ軍で数万の軍を相手にできないと考え、補給物資を狙う戦術を選んだ。敵軍を足止めしなかったため、東部を南下していたブランドン派はヴィンセント卿の近くへと迫る事になった。しかし、カレドン将軍の行動は本当に足止めにならなかったのか? 私は違うと考えている」
陛下ではなく、卿と呼ぶ事はヴィンセントへ事前に伝えておいた。
アルビオン帝室がまだ王家として残るか、貴族になるかわからない。
それでも今後の事を考えて、アイザックと並び立つ立場ではないと公式に表明するためであった。
「東部のブランドン派は食料を失ったため行軍速度が鈍ったと考えられる。四千の兵が籠城したとしても、数万の兵をどれだけ足止めできただろうか。見張りを置いて、残りが潤沢な物資を持って素早く南下していた事も考えられる。カレドン将軍は数少ない兵を用いて最大限の足止めをした。戦場で敵を打ち破る事だけが功績ではない」
まずアイザックは自分の考えを伝えた。
だがこれだけではヴィンセントの立場がない。
彼へのフォローも必要だった。
「これは国による考え方の違いだろう。アルビオン帝国は周辺国を打ち破って領土を拡張してきた。一方、エンフィールド帝国の前身であるリード王国は周辺国を助けるために兵站を重視してきた。敵との戦闘を重視するか、物資を重視するかの違いがある。その点、カレドン将軍はエンフィールド帝国の戦いに合致した効率の良い戦術行動を取れる指揮官である。アルビオン帝国の気風では評価されにくいのかもしれない。しかし、そのような国で将軍にまで登り詰めた彼を失うのは惜しい。そう考えて彼を助命する事にした」
――国による気風の違い。
「アルビオン帝国では強い人が評価されるのかもしれないけど、エンフィールド帝国では他の要素も考慮するよ」と伝える事で、評価ポイントの違いを教えた。
こうする事でヴィンセントが感情的な判断をしたのではなく、長年積み重ねた評価の仕方の違いによるものとフォローをする。
だが、それは無駄な行為だった。
カレドン将軍の処刑は「ヴィンセント陛下を怒らせてしまったんだな」と誰もがわかっていたからだ。
しかし、アイザックにとっては無駄ではない。
話には、まだ続きがあったからである。
「歴戦の勇士をエンフィールド帝国に迎え入れられる事は嬉しい。だが諸君らが安心して戦場で戦えるように後方支援を行ってきた者を迎え入れられる事も嬉しい。そしてアルビオン帝国の強大な軍、広大な国土を維持してきた文官達も歓迎する。今後はエンフィールド帝国の一員として活躍してくれる事を切に願っている」
カレドン将軍のような補給の重要性を知る者だけではなく、他の武官も歓迎すると伝えておく。
一部の者だけ評価されれば不満が残るからだ。
アイザックは、まず希望を与える事で不満の芽を摘もうとしていた。






