815 三十一歳 束の間の安らぎ
アイザック一行に同行者が増えた。
アーク王国の治安は落ち着いたので、ノーマンも連れて行く事にした。
彼は次の職場がアルビオン帝国に移るという事を察した。
「ベイツ子爵、久しぶりだね」
「元気だった?」
アーク王国よりも大きく、今度は貴族の反発も強そうなアルビオン帝国への赴任は気が重かったが、久しぶりに会うザック達が自分の事を覚えてくれていたので幾分か楽になった。
そして我が子の事を思い出し、郷愁を感じた。
アイザックも交代用の兵を連れているが、アルビオン帝国の国境の街まで出迎えが来ていた。
しかも意外な人物が指揮官を務めていた。
「アルヴィス卿がお出迎えとは珍しいですね」
「アイザック陛下が足を運ばれると聞いて志願したのです。いずれ親族になる間柄なのですから」
アルヴィスは「それだけ関係を大事に思っている」と主張をしているだけだったが、アイザックはもう娘を取られたような気がしていい気分はしなかった。
「本当にそれだけですか?」
彼の言葉を認めたくないので、他の用件はないのかを尋ねる。
「……陛下には隠し事ができませんね。実は助けてやってほしい奴がいるんですよ」
アルヴィスが困った表情をしながら頬を掻く。
だが迷いながらも、しっかりと言うべき事を言ってくるのは彼らしいところだろう。
「誰ですか?」
「カレドン将軍です」
「カレドン将軍? ……誰?」
名前を言われても、アイザックにはさっぱりわからなかった。
聞きなれない名前なので、アルビオン帝国かアーク王国の将軍だという事がわかったくらいである。
「アルビオン帝国の将軍です。彼なりに良い働きをしていたのですが、それがヴィンセント陛下にとって許せない行為だったようでして――」
アルヴィスは、カレドン将軍の一件を説明し始める。
彼は圧倒的多勢の敵軍との決戦を避け、エンフィールド帝国側の支配地域を通ってブランドン派の背後を急襲。
敵の補給線に大打撃を与えた。
しかし敵軍を抑えなかったため、後方へ撤退したヴィンセントの近くまで敵軍が接近してきた。
その事を職務放棄とみなしたヴィンセントが、カレドン将軍を処刑しようとしたが、今はアルヴィスがストップをかけている。
「実に陛下好みの将軍でしょう?」
「確かに。アルビオン帝国の将軍といえば敵軍を打ち破るのが上手い者ばかりという印象でしたが、そのように敵軍の後方を荒らす戦い方もできる将軍がいたんですね。貴重な人材だと思います」
「そうですよね。様々なタイプの将軍を集めてこそ戦略に厚みが出るというもの。正攻法ではない戦い方をする将軍だったので、陛下がお越しになるまでは処刑を待ってほしいと頼んでおいたのです。助けてやってくれませんか?」
「よほど気に入ったようですね」
「貸した物を数倍にして返す男を嫌う理由はないでしょう」
アルヴィスがニヤリと笑う。
他の者であれば、ただの強欲な発言だとしか思わなかっただろう。
しかし、長年苦労してきたロックウェル公爵家の後継者の言葉であれば少し違う。
裏切らず、信頼に応えてくれた相手の事を気に入ったのだろう。
数少ない信頼のできる者を助けたいという思いが彼を動かしている。
アイザックは、そう読み取った。
「わかりました。エンフィールド帝国にとっても必要な人材になってくれそうですからね。助命するよう伝えるとしましょう」
「ありがとうございます。きっと役に立ちますよ」
二人の話が一段落したところで、ザックが動いた。
「敵の将軍だった者を助けてほしいと父上が頼まれるのですか?」
「敵は殺してしまえ」と言っているわけではない。
これは純粋な疑問である。
「そうだね。アルビオン帝国が降伏する事は決まっている。きっとカレドン将軍は、エンフィールド帝国に仕えてくれるだろう。それならば優秀な将軍は助けたい。さて、ここで問題だ。優秀であっても助けなくてもいい相手もいる。それはどんな人物だと思う?」
アイザックは疑問に答え、その上で子供達に問題を出した。
ザックは一度アルヴィスを見てから口を開く。
「信用ならない者です。信用できる者ならば、裏切らずにエンフィールド帝国のために働いてくれるからです」
「そうだ。アルヴィス卿の話をしっかり聞いていたのは良い事だ。では優秀で信用できる者を登用する時に気を付けるべき事はなにかわかるかな?」
先ほどの問題にはヒントがあったが、今度の問題にはない。
子供達は悩んだ。
「はい!」
元気よくマイクが手を上げる。
(お前に出した問題じゃねぇ! ……あっ、マイクも教育のために連れてきたんだったっけ)
アイザックは一瞬目的を忘れてしまったが、すぐにそれが間違いだったと気づく。
「なにかな?」
「優秀ではない者が不安を覚えないように気を付けてあげるべきです」
「その通りだ。よくわかったな」
意外にもマイクは答えを言い当てた。
だが彼は誇らしく胸を張る事はなかった。
「自分が優秀だと自信を持てる人間は、そういませんから。優秀な人材ばかり引き立てていたら、引き立てられない自分はいてもいいのか不安になります。その不安はやる気の欠如や腐敗に繋がっていきます。平凡な者にも機会を与えねばならない。そう考えました。というよりも、自分が感じている事でした。ロイとローランドは頭が良いし、話した感じだとクローカー伯も頭の回転が速い。みんなが役職を貰っているのに、俺だけ何もなしみたいな事になったらやだなぁって……」
優秀な者が周囲にいるからか、彼は自信がないようだ。
アイザックも自信がなかったので、彼の気持ちはわかった。
「最初から何でもできる人間なんていないよ。私も必要に迫られて必死になって頑張っただけだ。それに――」
アイザックはちょうど連れてきているノーマンに視線を向ける。
「ベイツ子爵もそうだ。実力に不安を覚えていたが、侯爵家の嫡男の秘書官に立候補していいのか迷いながらも志願してきた。最初は私の秘書官をするので精一杯だったが、今では一国の治安維持をそつなくこなせるようになった。これも問題に対して真剣に取り組んできたのと、数々の経験を積んできたからできた事だ。自他ともに認める優秀な人材だけが要職に就けるわけじゃない。戦場で手柄を立てるような派手な働きばかりじゃなく、地味な仕事も頑張ればいい。頑張っている姿を、見る人はちゃんと見ているからね」
ノーマンを教材に使い、自他ともに平凡だと思っていた人間でも頑張れば登り詰める事ができる事を教えた。
実際、学生時代のノーマンが皇帝の筆頭秘書官になるとは、本人だけではなく同級生や教師の誰も思っていなかった。
だがそれは彼の努力の賜物である。
アイザックが付き合いの長い彼を引き立てただけではない。
彼の努力を見て、引き立てたのだ。
過去のノーマンを知る者なら、凡人ながら努力で成り上がったと評するだろう。
凡人代表として語るには、彼が最適だった。
「そりゃあ、アイザック陛下に付いて行こうと思えば努力せざるを得ないでしょう。よそでは経験できない事もあるから、嫌でも自然に成長させられる。家臣を成長させるのも主君の器次第というわけですか」
アルヴィスが参考になったと何度もうなずく。
(お前の教育をしてるわけじゃないんだよ!)
子供や義弟達のための遠行だったが、目的ではない者までアイザックの言葉に耳を傾ける。
まるで子供達の教育の機会を奪われたようで、その事にアイザックは少し不満だった。
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帝都スタリオンに到着したのは七月に入った頃だった。
アイザック一行は迎賓館に案内され、ヴィンセントから挨拶を受ける。
だが挨拶は軽く終わる。
遠方から来たので疲れているだろうと、挨拶もそこそこに身内で休む時間を作ってくれた。
帝都にはバークレイ王国から帰還したモーガン達が待っていたからだ。
彼らは孫や曾孫の姿を見て喜ぶ。
特にウィンザー公爵の喜びようは一際大きなものだった。
「ああ、もう会えないと思っていた。船旅は最低だったよ」
彼はザックを抱き上げる。
モーガンはクリスを抱きしめた。
ウィンザー公爵はロイも抱きしめる。
「ウェルロッド公は残念だったな。さすがにもう孫を抱きしめる事はできんだろう」
ウィンザー公爵の言葉をモーガンは否定できなかった。
皇帝となったアイザックを人前で気安く抱きしめたりはできない。
最悪の船旅から生還し、孫や曾孫に会えたテンションで出た軽口だったが、その言葉がモーガンの対抗心に火を付けた。
「それはできんが曾孫を大勢抱きしめられるから問題ない」
ウィンザー公爵にとって曾孫はザックだけ。
だがモーガンにはザックを含めて五人もいる。
孫を抱きしめる事はできないが数では負けてはいない。
「せっかくなのでこちらにも譲ってもらいましょうか」
「そうですな」
ウォリック公爵がドウェインを、ウィルメンテ公爵がローランドとの再会を喜ぶ。
「マイクも大きくなったな。結婚式に出られなくてすまなかったな」
アンディも息子に会えて喜んでいた。
一人残ってしまったクローカー伯爵だったが、彼にも声をかけるものがいた。
「ウィリアム、オフィーリアとは仲良くやっているか?」
ファーティル公爵も、この集まりに顔を出していた。
そのためクローカー伯爵一人が寂しい思いをするという事はなかった。
久しぶりの家族との再会を誰もが喜ぶ。
アルビオン帝国貴族の前に顔を出す前に、束の間の安らぎの時間が訪れていた。
父の三回忌のため金曜日はお休みです。
マグコミなどでコミカライズを楽しんだり、コミックス1巻を読み返すなどで楽しんでいただけますと幸いです!
購入がまだの方は2巻と一緒に買っていただけますと嬉しいです!






