813 三十一歳 NO.1争奪戦
今回の遠征に同行させる子供は五人。
ザックとクリスは経験を積ませるために、アルバイン、バリー、ドウェインの三人は婚約者候補探しのために連れて行く。
レオンやマルスは今回はお留守番となる。
万が一があった時のため、年長の子供全員を連れていくわけにはいかないからだ。
彼らはまだ子供だというのに、聞き分けよく留守番を受け入れてくれた。
おかげでアイザックも安心して出発できた。
帝都近郊から遠く離れた事のない子供達は、珍しそうに景色を眺めていた。
すると息子達がこう呟いた。
「クレア達にも見せてやりたかったなぁ」
ただ喜ぶだけではなく、妹達の事を思いやれる子に育った。
(このまま大きくなれば、クレア達の結婚に反対する頼もしい味方になってくれるかもしれないな)
アイザックは我が子の成長を喜んだ。
そして、自分の子育てが正しいものだったと自信を持った。
子供達は想定していたほどの問題すら起こさなかった。
問題があったのは義弟達である。
それはホテルで休んでいる時の事。
「みんなが遊んでいるゼンマイで動くおもちゃ。あれって最初に作られたものを俺が貰ったんだよ。従兄弟だったっていうのもあるけれど、本当の弟のように可愛がってくれていたんだ」
マイクがザック達に昔話を聞かせる。
だが本当にその話を聞かせたいのは他の義弟達である。
ぽっと出のクローカー伯爵に、あとから参加してきたローランドに対する牽制である。
――自分こそが義弟の中で一番仲が良いと。
アイザックを取られるような気がして、二人の仲をアピールしているのだ。
関係の長さと深さは、他の三人に負ける事のない要素だったからだ。
マイクの話を興味深く聞いていた三人だったが、まずロイが口を開く。
「従兄弟というのはいいよね。僕も従兄弟とは子供の頃からよく付き合っていて仲がいいよ。血の繋がりがあるから仲良くなりやすいんだよね。僕が兄上と仲良くなったのは、家同士の付き合いによるものだからマイクほど長くはない。でも兄上と親しくなるきっかけは思い入れの深いものだったよ」
ロイはパメラの卒業式の事を語る。
子供達もよく知っている事だったが、ロイ目線での話は珍しいものだったので新鮮味にあふれていた。
「辛い事があって、それを一緒に乗り越えてきたという絆は時間にも負けないものだと思うよ」
マイクの牽制がロイにも火を付けてしまったようだ。
彼も甥っ子達に聞かせるようにして、マイクにも話を聞かせていた。
こうなっては他の者達も止められない。
「辛い出来事を乗り越えて作られた絆は特別なもの。それもわかる気がするなぁ」
今度はクローカー伯爵が動いた。
おそらく彼ほど誰よりも一番アイザックに認められたい、絆を深めたいと思っている者はいないだろう。
この流れで黙ってはいられなかった。
「実はあまり表沙汰にはなっていないけど、陛下との出会いは私が陛下を殺そうとしたのが始まりだったんだ」
「えっ!?」
衝撃の内容に、ザック達は本当の事なのかアイザックを見る。
「確かに、そういう事もあったね。だけどあまりその話はしないほうがいいんじゃないか?」
アイザックは認めながらも、その話はやめようと言う。
実際にやるつもりはなかったとしても、そのような事を実行したという事実はクローカー伯爵の出世に響くかもしれないからだ。
だが彼は首を振る。
「ここまで打ち明けたのです。最後まで話すほうがよろしいかと。それに兄上の素晴らしさを殿下達にも知っておいて貰いたいのです。お許しいただけますか?」
「まぁいいけど……。あんまり人前でその話はしないようにね」
「かしこまりました」
そういって、クローカー伯爵はアイザックとの出会いを話し始める。
母親に疎まれて辛い状況にあった彼は、助けを求めにアイザックに会いに行った。
だが普通に面会を申し込んでもみすぼらしい子供の言葉など誰も聞いてはくれない。
そこで面会か家の断絶か。
どちらに転んでもいいように「陛下を殺しにきた」と言って、門番からアイザックの耳に入るように仕向けた。
アイザックはすべてを聞くまでもなく、クローカー伯爵の企みを見破った。
処罰するのではなく「辛かったね」と気遣ってくれた。
話を聞いていたアイザックが赤面するほど、彼はアイザックの素晴らしさを熱弁する。
「だから陛下に恩返ししようと武芸も勉強も頑張った。するとファーティル大公の目に留まってオフィーリアと婚約しないかと言われたんだ。明日をも知れぬ身から、今ではアイザック陛下を兄上と呼べるようになった。兄上は命だけではなく、私の運命を変えてくれた。その事に本当に感謝している」
ロイに負けず劣らずの内容である。
だがジェイソンとパメラの件は以前から聞いていたため、子供達から注目されていたのはクローカー伯爵だった。
「そんな事があったなんて凄いなぁ。さすがは兄上といったところですね」
ローランドも参加してきた。
「私には兄がいたものの、あまり一緒に遊ぶなと遠ざけられていました。それに叔母と従兄弟の事もあって、兄上から警戒されているような感じで肩身の狭い思いをしていました」
フレッドにメリンダ、ネイサン。
この三人の事は今更語るまでもない。
この場にいる者ならば、みんな知っている事だったからだ。
「でもそれは勘違いだったと知ったのは入学前。ケンドラを泣かせてしまった事で兄上に殴られたものの『お前も家族だ』と言ってくれた。赤の他人であればそこまで怒りはしないけど、家族と思ってくれているから殴ってくれたんだと思うと嬉しかった」
彼はしみじみと語る。
思い出深いもののように話してはいるが、アイザックにはそんな感情がなかったので彼に気まずい思いをさせる。
「今回、同行させてほしいと頼んだ時も『公爵家の後継者なのだから経験を積ませてほしいなどと回りくどい事は言わず、時には兄に甘えて頼めばいい』と言われたのも嬉しかった。兄というものは甘える存在ではないと思っていたから、兄上に甘えてもいいというのは衝撃的だった。だから初めて兄にお願いするという貴重な体験をする事ができました」
(そんな事言ったっけ?)
アイザックは、ローランドの中で美化されている事に気づいた。
しかし「気まずさや勢いで言っただけ」と否定すると、これからの旅路が気まずいので訂正しにくかった。
こうなると困るのはアイザックだけではない。
――マイクも困っていた。
(みんな……、みんなエピソードが濃い!)
マイクはアイザックとの付き合いの長さが最大の武器だった。
だが他の三人には濃密なエピソードが詰め込まれている。
本人のエピソードではないロイには対抗できそうだが、クローカー伯爵とローランドはかなり深い絆が刻まれている。
関係の深さをアピールしたのが逆効果になってしまっていた。
(こうなったら仕方ない!)
マイクはアイザックに近寄り、自分の頬を指差す。
「さぁ、どうぞ!」
「……理由もなく人を殴らないよ」
あまりにも単純な行動に、アイザックは呆れる。
子供達も呆気にとられてから笑った。
「私の人生で大きな波乱もなく付き合いが長く続いている貴重な男なんだから、子供達の興味を引く話を作ろうとしなくていい。お前はそのままでいてくれ」
マイクの頬を叩くのではなく、アイザックは彼の肩を叩く。
(そうだ、兄上の周りでは事件ばかり起きていた。子供の頃から仲がよかったというのは大きな武器となる!)
今の言葉に満足したのか、マイクは満面の笑みを浮かべた。
それは他の三人に対する勝利の笑みでもあった。
他の三人のエピソードは強い。
しかし「事件など関係なしで、最初から仲がよかった」というのも大きな強みである。
その事に気づいたのはマイクだけではない。
他の三人も「特に語る事もない事が逆に貴重だったのか!」と、アイザックの波乱万丈な人生に驚かされる。
そしてアイザックもある事に気づいた。
(こいつら、義弟NO1決定戦でも始めそうな雰囲気だな。嫌われるよりはいいけど、そういうのはもういらないんだ……。連れてきたのは失敗だったかな……)
最愛の座の争奪戦だけでもうんざりしているのに、義弟NO1争いまで勃発するのは困る。
――人気があって困る。
前世の自分が聞けば「贅沢な奴だ」と罵倒していただろう。
いざその立場になると厄介な事極まりない。
敵意ならば対処できるが、好意を向けられるのを無下にはできないからだ。
アイザックは「子供達が参考にする親戚のおじさんとしての姿を見せてほしい」と思っていたのに、変なところで意地を張る大人の姿を見せる事になるかもしれない。
人選ミスだったかもしれないと、アイザックは悔やみ始めていた。






