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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二十章 大陸統一編 二十三歳~

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822/824

802 三十歳 マカリスター連合への一手

 ウィンザー公爵はベッドに横たわっていた。

 今の彼は息も絶え絶えである。


「ウェルロッド公、私はもうだめだ……」

「なにを大袈裟な」

「本当に、もう無理なのだ……。おい、書くものをよこせ」


 ウィンザー公爵は秘書官に命じて紙と鉛筆を受け取る。


「遺言を書くには早いのではないか?」

「これだけは、これだけは書いておかねばならんのだ」


 ウィンザー公爵は震える手で紙に文字を書き記す。

 そこにはこう書かれていた。


 ――犯人はアイザック。


「さすがにこれは洒落にならん」

「あっ、なにをする!」


 モーガンは紙を奪い取って破り捨てる。

 ウィンザー公爵は抗議するが、その声は弱々しい。

 彼はベッドの横に置かれたバケツに胃の中身を吐き出そうとする。

 何度も嘔吐しているため、口から出るのは嗚咽だけである。

 それでも体の中にある悪いものをすべて吐き出そうと何度も吐き出そうとしていた。


「こうなったのは誰の責任か……。お主もよくわかっているだろう……」

「まぁ、アイザック陛下のせいですな」


 このような状況に陥ったのはアイザックのせいだという事は、モーガンもよくわかっていた。

 だから素直にアイザックのせいだと認める。


「だが文書に残すのは認められない。後日、事情を知らぬ誰かに見られたらどうする」

「それでもかまわん。今はただ恨めしい……。陸地はまだか」


 ウィンザー公爵が苦しんでいる理由。

 それは船旅にあった。

 とある事情で彼らはマカリスター連合をまとめるバークレイ王国へと送り込まれる事になった。

 だが陸路はアルフレッドの支配地域を通らねばならないため危険。

 そのためフィッシュバーン侯爵領の港を使ってバークレイ王国へ向かう事になる。


 しかし、これがよくなかった。

 エンフィールド帝国の人間、特に旧リード王国の人間は内陸出身。

 穏やかな湖で舟遊びをするくらいしか船に乗った経験がない。

 ウィンザー公爵は外洋の波に揺られる事で激しい船酔いとなっていたのだ。

 モーガンも船酔いで気分は悪かったが、ウィンザー公爵ほどではないため余裕があった。


「隠居同然でゆっくり暮らしていたのにどうしてこんな目に……」

「それはアイザック陛下のせいですな。私ももう隠居生活を楽しんでいいと言われたのに約束を反故にされた」


 今度はモーガンも否定しなかった。

 彼も曾孫に囲まれた悠々自適の生活を乱されたからだ。

 その事を少し根に持っていた。


「ですが孫や曾孫のために頑張るとしましょう」

「生きていればな……」


 モーガンはまだやる気を保てていたが、酷い船酔いで苦しんでいるウィンザー公爵はそんな気分になれなかった。

 この地獄も二日で終わる。

 バークレイ王国には先触れを送っている。

 それでもアルビオン帝国海軍の軍艦五隻が入港するとなると、厳しい警戒を受けた。

 戦争中なので追い返したいところだが、重要な外交官が座乗しているためそういうわけにもいかない。

 険悪な雰囲気の中、バークレイ王国軍が入港を見守る。

 桟橋に接舷した船から数人の男が降りてくる。


「エンフィールド帝国外務大臣のカニンガム伯爵だ。まずは上陸を認めてくれた事に感謝する」


 代表者は顔色が悪かった。

 バークレイ側の代表者は「船酔いだろうな」と思ったので、顔色に関しては特に触れなかった。


「伺っております。我々が皆様を王都までご案内させていただきます」

「ああ、それなのだが……」


 カニンガム伯爵は船のほうを見る。

 おぼつかない足取りの老人が二人、支えながら降りていた。


「一日、二日休んでから出発したい。船に慣れていない者ばかりでな。私もこんな状態ではギリアム陛下にお会いする事はできない」

「かしこまりました。こんな事もあろうかと貴人向けのホテルを押さえています」

「それは助かる。本当にな。それとバークレイ王国の者にとっては複雑だろうが、護衛に付いたアルビオン帝国海軍の兵士も交代で休ませてやってほしい。金はちゃんと支払うから」

「彼らに関しては即答できませんので、街の代官と話してから返答させていただきます」

「ああ、そうしてくれ」

「船酔いには生姜が効くので、ジンジャーティーをご用意いたします」

「君は本当に気が利くな。助かるよ。船酔いにはエルフの魔法も効かなくて困っていたんだ」


 カニンガム伯爵は、彼の細やかな気遣いにこれまでの人生の中で最も深く感謝した。



 ----------



 一日休んだ事で、最も苦しんでいたウィンザー公爵が回復した。

 バークレイ王国の王都は港町から一日の距離にある。

 王都に着くと一晩休みを取り、翌日に面会する事となった。


 当然、バークレイ王国側はエンフィールド帝国の重鎮が揃って来訪した事を警戒していた。

 無理難題を吹っ掛けてくる事がわかっていたからだ。

 バークレイ王国はウィンザー公爵領とランカスター侯爵領を合わせた領土よりも小さな国である。

 モーガンかウィンザー公爵のどちらかが足を運ぶだけでも圧力としては十分だ。

 それが二人も来た。

 それだけで十分な圧力となっていた。


 しかしバークレイ王国側も負けてはいられない。

 国王のギリアムは会議室などではなく、謁見の間で会う事にした。

 これは国王という肩書きがある以上、他国の公爵に屈したりはしないという彼なりの意思表示である。


「遠方からよくお越しくださった。旅の疲れは取れましたかな?」


 だが悲しいかな、言葉ではあまり強気に出る事ができなかった。


「ギリアム陛下のご配慮により、船旅の疲れを取る事ができました。エンフィールド帝国使節団を代表して感謝を申し上げます」


 カニンガム伯爵は片膝を突き、頭を下げながら礼を述べる。

 モーガンとウィンザー公爵は、彼の背後に控えて同じようにしていた。


「この度は極めて重大な用件で面会を申し入れる事となりました。まずはアイザック陛下からの詰問書をお読みいただきたい」

「詰問書だと?」


 普通は親書と言うところである。

 それを詰問書と言った時点で只事ではない。

 ギリアムは嫌な予感しかしなかった。

 彼は詰問書を受け取り、その内容に目を通すと、その予感は正しかったと知る。


「すでにアルビオン帝国は降伏しているだと!」


 ――アルビオン帝国はエンフィールド帝国の傘下に入っていた。


 しかも日付は内戦前(・・・)のものである。

 そのため「アルフレッドやブランドンはエンフィールド帝国の領地で反乱を起こした。マカリスター連合は我が国の領土を侵している。これはどういう事だ?」という詰問をアイザックからされる事となったのだ。


「その調印書は写しですが、本物はすでにヴィンセント陛下のサイン済みでございます。でなければ我が国がヴィンセント陛下に援軍を送る理由がないという事は自明の理。我が国に攻め込んでいる理由を、マカリスター連合筆頭としてご説明いただきたい」

「まさか、あのアルビオン帝国が降伏していたとは知らず……。知っていれば攻め込みはしなかったでしょう。我々はアルビオン帝国に奪われた旧領を取り戻したかっただけなのですから」


 ギリアムの返事が徐々にトーンダウンしていく。


(しまったーーー! 謁見という形を取るべきではなかったか!)


 こうなるとわかっていれば、もっと下手に出ていただろう。

 だが、もうあとの祭りである。

 この場にいるバークレイ王国の大臣達の顔も青ざめていく。


「それはアイザック陛下に直接弁明されるべきでしょう。帝都グレーターウィルにお越しください」


 カニンガム伯爵の要求は事実上の処刑宣告である。

 大国に歯向かった小国の王が単身出向いて無事に帰って来れるだろうか?

 答えは否。

 平身低頭謝り続けても、見せしめにされる事がわかっている。

 こんな状況で行くはずがない。


 そして、それはアイザックもわかっていた。

 だからモーガン達を同行させていたのだった。

 カニンガム伯爵は一度咳払いをする。


「ところで話は変わりますが、アイザック陛下は今年で四歳になるエリザベス殿下の婚約者を探しておられます」

「婚約者?」


 あまりにも話が変わり過ぎて、エンフィールド帝国側の人間以外は頭の切り替えが間に合わなかった。

 しかし、ギリアムはとある言葉のおかげで、その理由を理解する事ができた。


四歳(・・)か?」

「ええ、その通りです。確かエリオット殿下の長子オルデン殿下はちょうど四歳だとか」

「オルデンも今年で四歳になる」


(政略結婚で娘を送り込んでくるつもりか。実質的に属国のような扱いを受けるかもしれんが、滅ぼされるよりはマシか)


 少しだけ光明が見えてきた事でギリアムに余裕が生まれる。


「アイザック陛下は、アルビオン帝国の内戦が終結したあとの事もお考えです。マカリスター連合と戦端を開く事になるかは、ギリアム陛下との会談次第となるでしょう。そこで問題になるのが、オルデン殿下のお人柄です。アイザック陛下は皇女殿下をとても可愛がっておられます。ろくでもない男に嫁がせるなどもってのほか。そのためにウェルロッド公とウィンザー公のお二人もが派遣されたのです」


 カニンガム伯爵は、二人を順番に紹介した。

 これまで距離があったのでリード王国などとは親交がなかったが、それでも二人の名前は聞いた事があった。


「オルデン殿下のみならず、王太子夫妻の親族や友人と、この両名を面会させていただきたいのです。なにしろエリザベス殿下は、皇太子であるザック殿下と母を同じとする妹君。つまらぬ外戚がいるのであれば、この話はなかった事になるでしょう。オルデン殿下のお人柄を知るために、ギリアム陛下が帰国するまで滞在する予定です」

「なにっ!?」


 またしてもギリアムは驚かされる。

 モーガンとウィンザー公爵は、皇帝と皇后の祖父である。

 アイザックに会いに行ったギリアムが戻るまで彼らが残るという事は、実質的にギリアムが帰国するまでの間、人質になるという事だ。

 国の規模を考えれば、どちらか一人でも十分だったはず。

 それなのに二人も送り込んできたのだ。

 かなり配慮されていると言える。


「……オルデンが婿にふさわしいのか調べるためか」


 そうは言っても、こちらは口実だろう。

「人質として差し出すから来てほしい」というのは詰問する相手に対する態度ではない。

 本題は「アルビオン帝国の内戦が終わったあとどうするか」という話し合いに違いない。

 だから娘の婚約者にふさわしいか見定めるという口実で二人を送り込み「人質ではない」という建前にしているのだろう。


(国を亡ぼされると思ったが、まだ生き残るチャンスが残っているというわけか。そうでなければここまでの厚遇はしてこないだろう。それにオルデンが気に入られれば、次期皇帝の妹を娶る事もできる。会いに行くのは悪くない話だ)


 ギリアムは死刑宣告から一転、無罪判決を下された気分になった。

 小躍りしたい気分ではあったが、あえて渋るような表情を見せる。


「私も暇ではない。やらねばならない公務も残っているし、アイザック陛下と会いに行くにしても日程の調整が必要だ。一週間ほど時間をもらえるか?」


 飛びついてしまっては国王としての権威が失われる。

 だから一度考える時間が欲しいと答えた。

 大臣の中には「そんな事を言って、やっぱやーめたとか言われたらどうする!」とハラハラしながら事態を見守っている者もいたが、カニンガム伯爵は突き放したりはしなかった。


「もちろんでございます。一国の王ともなれば外遊するにも時間の調整が必要なもの。それに我が国に攻め込んできた理由を、どのようにアイザック陛下に説明するか考える時間も必要でしょう。陛下のご決断をお待ちいたします」


(この様子なら答えを出すまでに三日かな)

(一週間と言ったから見栄のためにも五日後くらいに返答をしてくるか)


 カニンガム伯爵とモーガンは、それぞれギリアムが返答してくるまでの期間を考えていた。

 ウィンザー公爵だけは「さっさと帰れと言われずに済んだ」と、間を置かない船旅をせずに済んだ事を安心していた。

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― 新着の感想 ―
元気だった人でも一気に逝ってしまうの冒頭はドキッとしましたね、昔の人の寿命が短いのは栄養と医療なので大病しなければかなり長寿な人もいると思いますが、この二人の場合激務とストレスで削られてる感じはします…
年齢的にも描写的にも主要人物で一番高齢そうなのウィンザー公がとうとう…と思ったらまさかの船酔いでやられました。 王子を見定めるというのも本当でしょうね じゃなきゃ隠居の約束を反故にしてまで二人も送り込…
もっとお爺ちゃんを労わってあげて…… 子供に向ける愛情のほんの一欠けらでも良いから……
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