801 三十歳 婚約者探し中のひらめき
ヴィンセントが悩んでいるのと同じ頃、アイザックも悩んでいた。
「アルバイン、ずっと一緒にいたいなーって思う女の子とかいないのか?」
「婚約したい相手ですか? 遊んでいて楽しい子はいますけど、友達どまりですね。好きになるとか、結婚したいとまで思う事はありません」
「そうか、なら仕方ないな」
「仕方なくないよ! 好きな子がいるならその子と婚約させてあげたいっていう気持ちはわかるけど、いないから諦めるっていうのは違うんじゃない? 皇族なんだから政略結婚でもいいじゃない。ちゃんとふさわしい相手を探してあげてよ」
あっさり諦めようとしたアイザックに、ティファニーがツッコむ。
子供の婚約者を決めてくれないと困るからだ。
しかし、アイザックにも言い分はあった。
「家同士の婚約だと相手が裏切るかもしれない。チャールズの事を忘れたのかい?」
卑怯かもしれないが、アイザックはチャールズの事を持ちだした。
これでティファニーが諦めてくれるかもしれないからだ。
「あれは勉強ばっかりしていた私も悪かったから……。可愛い子に目移りされても仕方ないよ」
「仕方なくないさ! ティファニーは昔から可愛かった。君の魅力に気付けなかったチャールズが悪かったんだ」
「そんな事ないよ……」
「あるさ」
今度はアイザックが否定する番である。
昔から可愛かったと言われて、ティファニーもまんざらではなさそうにしている。
アルバインは「そういうのは二人の時にやってくれないかな」と居心地の悪さを覚えていた。
「ま、まぁその話は夜にする事にして、アルバインの話に戻そうよ。早く婚約者を決めてあげてほしいの。家同士で決めた事でも、婚約者となれば自然と仲良くなる事だってあるんだから。アビゲイルさんもそうだったよね?」
「そういう事も無きにしも非ずといったところかもしれないけど……。とりあえず探してみるよ」
「探して決めてくれるよね?」
「……探して決めるよ」
ティファニーもアイザックの事を理解している。
本当に「探す」だけで終わるかもしれないので、しっかりと「決める」という言質を取った。
この本人不在のやり取りに、アルバインは「もう遊びに行ってもいいのかな?」と黙って様子を窺っていた。
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(探せばいるんだよなぁ……)
アイザックは主だった王族や貴族の子供の一覧を眺めていた。
国が広いだけあって、さすがにアルバインに見合う同年代の娘は大勢いる。
これまでの戦争などで伯爵家も増えたので、リード王国時代とは比べものにならないほど選択肢は広い。
本気で決めようとすれば選り取り見取りという状況だった。
だがこれは東部侵攻で手柄を立てた貴族が多かったというだけではない。
――それはアイザックの子供が多いというのも大きな要因だった。
アイザックは妻が多い。
しかも、みんなあっさりと妊娠した。
それを聞いて「これからも王族が増えるぞ」と思った貴族達が子作りに励んだのだ。
第一や第二王子ならば高位貴族の娘が選ばれるだろうが、第五、第六王子にもなれば子爵家の娘も婚約対象になってくる。
側室というケースも狙えるため、アイザックの子供世代から十年以上続くベビーブームとなっていた。
これはジェイソン世代よりも長く続いており、それはそれで「家を継がせられない子供をどうしようか」という悩みにも発展していた。
レイモンドに指摘された「婚約の成約率が低い」というのも、子供の数が多いからというところからきていた。
もっとも、これは子供を作り続けているアイザックのせいではあるので、彼の批判は的外れというわけではなかった。
(次の皇帝の弟だから、どこでも大切にしてくれるだろう。でもどうせなら気の合う子と婚約させてあげたいなぁ。……他の子の婚約者も選ばないといけないから、年頃の子供を集めて婚活パーティーでも開いてみるか?)
自分で選んでソリが合わなければ、子供達にガッカリされるかもしれない。
そうなると婚約者に対しても厳しい態度を見せる可能性もあった。
婚約者を自分で選ばせる事で、相手に厳しい態度を取る確率を下げさせられるだろう。
アイザックなりの逃げでもあったが、子供の夫婦生活を考えての事でもある。
冷え切った夫婦生活など子供達に過ごさせたくなかったからだ。
それでも念のために候補者リストに目を通し続ける。
そこに見覚えのある名前を見つけた。
(オーランド伯爵家。元々はアルビオン帝国の属国だったオーランド王国の末裔だな。……ここの娘をアルバインと婚約させて、オーランド王国跡地にアルバイン王国を作ってやってもいいかもしれないな)
――オーランド伯爵家。
かつてジュードがアルビオン帝国の侵攻速度を鈍らせるため、手土産を持って訪れた国である。
密約もなにもなかったが、ジュードがオーランド王国を訪れて酒を飲んで帰っただけなので、時のアルビオン皇帝はオーランド王国が裏切ったと思いこみ攻め滅ぼした。
だが確固たる証拠が出てこなかったからか、族滅にしたりはせず一応地方貴族として残しておいてやったらしい。
これは利用できるかもしれない。
(……さすがに王国はやりすぎか。そんな事をすればウィンザー公爵家なんかも王にしてくれと言ってくるかもしれない。地方に飛ばされているから、オーランド王国自体の首都近辺に侯爵領として与えてやるくらいでも十分か。それにこれならアルビオン家に与える領地近辺を、アルビオン帝国に滅ぼされた家で固められるだろう。ヴィンセントが悪だくみしても乗ってくる家はなくなるはずだ)
考えれば考えるほど「滅ぼされた王家の再興を手伝う」というのは良い考えな気がしてくる。
これならエンフィールド帝国貴族を送り込むよりも、地元住民も受け入れやすいだろう。
それに子供達に高位貴族の地位を用意してやれる。
あちらも利用されている事に勘付くだろうが、皇子や皇女を送り込まれるのだから保障になると歓迎するだろう。
それに実質乗っ取りのようなものとはいえ、オーランド王家の血を断絶させるわけではない。
お互いに利益のあるwin-winの関係を築けるはずだ。
(問題は、元王族は地方に飛ばされている事だ。アルフレッドやブランドンの傘下に入っているかもしれない。そうなると戦死している可能性もあるな。生きている中から利用していくとするか。そうなると、他のプランも考えないといけなくなるな)
「ファーガス、このリストを作ったのは誰だ?」
「ロニーです」
ファーガスは即答した。
褒められるにしても、叱られるにしても、正直に言うのが一番だと知っていたからだ。
アイザックは部下の手柄を横取りするような者にいい顔はしない。
いずれにせよ、正直に言ったほうがいい。
アイザックの下で働くにあたり、その事を彼は学んでいた。
「ではロニーに金貨一袋を褒美に与えてやってくれ。それとマカリスター連合の王族の中で、婚約者のいない十歳以下の子供をリストアップしておいてほしい」
「かしこまりました。なにかいい考えが浮かんだのですか?」
「ああ、いい考えが浮かんだよ。これで様々な問題を解決できるかもしれない。こういうリストに目を通すだけでもいい刺激になるものだね」
「それはようございました。お役に立てたのでロニーも喜ぶ事でしょう」
ファーガスは自分の事のように喜ぶ。
いつもはあっさり考えが浮かぶアイザックが、子供関係ではずっと悩みっぱなしだったからだ。
その問題が解決したのならめでたい事である。
これで皇妃達から「あなたから説得できないの?」と言われる事もなくなるだろう。
彼女達のプレッシャーから解放されたので、彼にとってもめでたい事だった。







