795 三十歳 それぞれの意見
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宿題を与えて会合は解散となりそうなところで意外な人物が口を開いた。
「陛下、少しよろしいでしょうか?」
――キンブル侯爵である。
これまで悩み続ける姿を見せていたが、どこか吹っ切れた顔をしていた。
(自分の領地にしたいところが決まったのか?)
アイザックだけではなく、他の者達も同じ事を考えた。
「領地を決めず、今の管区制を続けるというのも一つの手ではないでしょうか?」
だが彼の答えは予想とは違った。
しかも、その答えは誰もが考えもしなかったものである。
――自分の領地を持ちたい。
それは貴族であれば誰もが望む願いだ。
しかし、キンブル侯爵は違う答えにたどり着いたらしい。
「なぜそう思ったのですか?」
「統治の参考にしようとロックウェル地方を見学した時に思ったのです。統治という点では管区制のほうが優れているのではないかと」
自分の領地を参考にして「統治面で劣っている」と言われたロックウェル公爵がしかめっ面をする。
だが文句を言うにも言い分を聞いてからにしようと抗議するのを我慢した。
「ロックウェル王国では、リード王国と違って男爵や子爵も小規模な領地を与えられていました。ですが今となってはそれが邪魔になっています。グリッドレイ管区では道を作る時に最短距離で作れますが、ロックウェル地方ではそうはいきません。小さな畑を潰して道を作るにしても『今後税収が減る補償はどうする!』と言われれば交渉するか、諦めないといけません」
「小さな領地とはいえ、領主の持ち物である以上はそうなるでしょうね」
ロックウェル王国時代であれば、ギャレットの命令一つでどうにでもできただろう。
しかし今は違う。
ギャレットも下級貴族相手といえども無視して工事を進めるわけにはいかない。
なぜならアイザックが「そこの領地はあなたのものです」と認めているからだ。
今は国王ではなく、その地方を監督する立場に過ぎないため、そこまでの強権を振るうことができない。
キンブル侯爵は、そのことに触れていた。
「ですがグリッドレイ管区は違います。畑を潰す事になったとしても、新しい道を作った時の交易で得られる利益などを考えて協力できるのです。なぜならまだ正式に自分の領地になったわけではなく、今は管区で得られた利益を分配するという方法を取っているからです。自分の領地を先に工事して欲しいという要望もなく、管区全体の利益を考えて必要なところに資金を集中させるという事もできているのです。これはこれで優れた統治形態なのではありませんか?」
キンブル侯爵は、今の行政制度に不満がないらしい。
むしろ優れていると感じているようだ。
アイザックはこの世界の文化レベルに合わせて、住民に権利のない地方自治体のイメージで作りあげたものだったが、それが上手くハマったらしい。
領主の思惑が絡まず、行政の思うがままに開発が行えるため開発速度が早いのは大きな利点だった。
「……自分の領地を持ちたいという者もいるのでは?」
「確かにいます。しかしながら今の利益配分でもよしとする者も多いのです。賜る事になった領地が収入の少ない地域だったら? もし干ばつに見舞われたら? その時は周囲に助けを求めねばなりません。そしてそれは借りとして残るのです。ですが今の形態ならば助けを求めても借りにはなりません。皆の土地、皆の民なのですから」
「ああ、なるほど。そういう事ならば理解できます。戦後すぐに領地を与えなかったのは、みんなで一丸となって経験のない占領地の管理をしてほしいというものでしたから」
アイザックは彼の意見に理解を示す。
しかし、モーガン達のように生まれつきの大領主にはイマイチ理解できなかった様子だった。
そこでアイザックは補足をする事にした。
「男爵や子爵でも領地を任されていたファーティル王国やロックウェル王国とは違い、リード王国で領主を任されていたのは一部の貴族だけでした。キンブル侯爵家もエリアス陛下の治世では領地を持たぬ宮廷貴族。そして今は皆さんから行政経験者を派遣されていますが、統治に携わっている者も多くは領地を持たなかった者達。自分の領地は一人で責任を取れと言われるよりは、慣れるまで共同で統治するほうが気が楽なのでしょう」
「ふむ……、そういうもの……、なのですかな?」
ウィンザー公爵が首をひねりながら答える。
元々、大領主の息子として生まれてきた彼には理解できないのだろう。
しかし、同じく大領主の跡継ぎとして生まれてきたウリッジ侯爵は違った反応を見せる。
「キンブル侯の気持ちはわかります。安定した地方で領地を賜ったのならともかく、任されたのはいつ反乱が起きるのかわからない占領地。私は自領から家臣を大勢連れていけましたが、他の者達は親族のみならず家宰の一族などにも頼らねばならなかった者が多かったはず。領主や領地という垣根を取り払って協力し合える体制が心強かったはず。私もファラガット地方だけではなく、ロックウェル地方やグリッドレイ地方と協力し合える事を頼もしく思っていました」
彼はファラガット地方を任された経験から、キンブル侯爵の意見に理解を示した。
「領地を与えれば、問題が生じた際に自分の領地だけを心配して他領を放置する。貴族が助け合えるようにアイザック陛下が考えた統治形態は成功を収めています。まずはこの辺りの領地を与えると決めておいて、自力でどこまでできるのか様子を見てから正式に与えるというのでもよろしいのではないでしょうか?」
そして彼は仮の領地を決めて、領主の練習をさせてみてはどうかと提案する。
この提案は、アイザックも納得できるものだった。
なぜなら「経験のない事を縦割り行政ではやりにくいだろう」と、協力できる統治形態を考えたのはアイザックだったからだ。
利益や損失をみんなで負担する事でリスクを減らすという方法は受け入れられたようだ。
「フランドル侯爵領では、同じ方法で問題は出ていませんよ」
話を聞いていたフランドル侯爵エドモンドが口を挟んでくる。
「村長達――代官の男爵や子爵達もみんなのためにと働いていますのでね。権力者が村を自分の所有物にしたいなどの独占欲を出さなければいいだけです。それだけで上手くいっています」
――欲を出すな。
人間にとって、それが一番難しい。
彼の意見は表面上受け入れられながらも、心の中では「それは無理だろうな」と周囲に思われていた。
「中には、今すぐ自分の領地が欲しいと思う者もいるかもしれません。ですが今すぐに決断せず、さらに数年をかけて納得できる形を探していきましょう」
今は良くても、いつかは破綻を迎えるかもしれない。
だからアイザックは、時間をかけて解決する事にする。
(こうした問題はアルビオン帝国の人間が一番詳しいだろう。ヴィンセントに聞いてみるのも良さそうだな)
なぜなら老練な経験者に助言を求められるかもしれなかったからだ。
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アイザックが助言を求めたいケースは他にもあった。
――マルスとディアドラの婚約である。
だが、このケースでは誰も助けてはくれない。
みんながアイザックの敵に回るので、自分でなんとかするしかなかった。
今回はアイザックとジュディス、レイモンドとアビゲイルの四人で話をする事にした。
「帝国のために、このお話謹んでお受けします」
「帝国のため? 二人が婚約するのは嫌だけど、仕方なく受け入れるという事かな?」
開口一番、レイモンドの言葉に引っかかりを覚えたアイザックは、その言葉をオウム返しする。
レイモンドは溜息を吐く。
「陛下――いや、今は友人としてアイザックと呼ぼう。僕達の年代の卒業時の婚約成立率を覚えているかい?」
「婚約成立率? ……ニコルのせいで婚約解消は何件かあったが、全体の人数を考えればそこまで酷いものではなかったのでは?」
「確かに彼女の影響は無視できない。けどアイザックのせいで、過去最悪の婚約成立率だと言われているのを知らなかったのか?」
「私のせいで……? そういえば、ポールがそんな事を言っていたような……」
レイモンドに言われて、アイザックは思い出す。
――アイザックが婚約者を決めないせいで自分達の相手も決まらないと。
アイザックは「侯爵家で婚約者のいない後継者はアマンダやフレッドもいるじゃないか」とエリアスに反論した事もある。
しかし、若くして公爵になったアイザックの存在は大きい。
誰もが隙あらば娘を側室にさせたいと思い、なかなか身分相応の婚約が決まらなかった。
「アイザックの婚約者として有力視されていたアマンダさんとロレッタさん。途中からは聖女と呼ばれるようになったジュディスさんもいた。けど、いつまでも婚約が決まらなかったから、親達がアイザックに選ばれるチャンスを狙って婚約者を決めなかった。そのせいで卒業後、みんな婚約者を決めるのに苦労したそうだよ」
その事をレイモンドは触れてきた。
アイザックは嫌な予感を覚えたが、ここから逃げられそうな様子ではなかった。
「アイザックには子供が多い。アルバイン殿下だって十歳式を迎えたのに、まだ婚約者が決まってないそうじゃないか。こんな状態で婚約を断れると思うのかな? 子供同士の仲がいいとか、良い条件の相手だとかでもいいから早く決めないと、貴族みんなが困る事になるんだよ。それも皇子や皇女の数が多いから、僕達の世代どころじゃない広い世代で混乱が起きるだろう。その事を考えた事はあったかい?」
レイモンドは正論でアイザックを問い詰める。
彼も皇帝となったアイザックに口答えするのは怖い。
しかし、正しい事であれば「やかましい!」と逆ギレして処刑してくるような相手ではないと長年の付き合いで知っている。
だから彼も真っ向から意見を言えたのだ。
でなければ、ひれ伏して感謝の言葉を伝える事で精一杯だったろう。
嫌な予感が的中したアイザックは言葉に詰まっていた。
助けを求めてジュディスを見る。
「私は……、子供達にも……、幸せになってほしい……」
だが彼女はアイザックの望む助け船を出してはくれなかった。
彼女も「早く子供の婚約者を決めろ」と言わんばかりにアイザックを突き放す。
子供の数が一番多い彼女にとっては死活問題であるからだ。
「……咎めるような言葉を言ってすまなかった」
――周囲に味方はなく、彼らの言い分も正しい。
仕方なくアイザックが折れる事になった。
「わかってくれて嬉しいよ」
レイモンドは胸を撫でおろす。
いくらアイザックが子供を可愛がっているとはいえ、国を乱すほどではない。
彼の意見は比較的素直に受け入れられた。
(子供の数だけ、こんなやり取りをするつもりなんだろうか? 奥さんはみんな大変だろうな)
ふと、そんな事を考える。
(まぁ、それまでに割り切れるように成長しているだろう)
レイモンドは、そんな楽観的な事を考えていた。
しかし、それは後日間違いだったと気づかされる事になる。






