784 二十九歳 帰国の準備
「久しぶりに出番がきたか」
アイザックが立ち上がろうとする。
「いえ、陛下は帰国してくださって結構です」
それをウォリック公爵が止めた。
今はヴィンセントからの援軍要請が届き、その会議中である。
「戦争は私にお任せいただく事になっていたはずです」
「ですがメアリーの十歳式に出席したいと言っていたではありませんか」
「なにをおっしゃるのです。大規模な戦闘が始まった今、元帥が孫の十歳式の出るために戦場を離れられるはずがありません。それに皇女殿下も祖父よりも父親に晴れ姿を見て欲しいはず。戦場は我らに任せて陛下がお戻りください」
必死にアマンダと結婚させようとしていた頃のかつてのウォリック公爵とは違い、今の彼は落ち着きのある大人になっていた。
彼の成長に驚きながらも、今は義父の配慮に感謝する。
子供の十歳式に出席したいという気持ちは、アイザックは誰にも負けていないからだ。
それでもその機会を譲ろうとしたのは、今は戦時中であり、自分だけが人生を謳歌するのは少し気が引けたからだった。
「……わかりました。では今回はお言葉に甘えるとしましょう」
アイザックは周囲に渋々といった表情を見せる。
(一見無神経に見えて結構気遣いのできる人のようだ。こう言ってくれると帰りやすい)
だが内心では喜んでいた。
(もう少し強く「今回は私が指揮を執るから帰れ」と言ってくだされば帰りやすいのに。陛下の事だから、そんな甘えた考えを見透かして……。いや、信頼してくれているのだと考えよう)
ウォリック公爵のほうは悔しがっていた。
本当は「孫の十歳式に出たい」という強い気持ちを持っていたが、彼は元帥という立場からくる責任感で我慢する。
二人の想いはすれ違いながらも、お互いに理解しあったかのように笑みを見せあう。
「まずはウィルメンテ公が先発しているでしょうが、彼に任せた新兵器部隊はまだまだ不安定です。大戦果を挙げるか、無様に惨敗するかという極端な結果になるかもしれません。元帥は軍を率いて援軍へ向かってください。大きな動きがあるまでは私はここに残っていますので、ヴィンセント陛下が何かしでかしたりするなど、判断に迷う場合は遠慮なく連絡をしてください」
「今はまだ他国の皇族なので配慮が必要になるので厄介ですな。今の様子だと王として傘下に加わる事がなさそうなので、その時は新参者として可愛がってやれそうです」
「お手柔らかにしてあげてください」
アイザックはクスッと小さく笑う。
一応は希望を持たせているが、もうアイザックにはヴィンセントを国王として迎え入れる気はない。
ギリギリ大公ならあるかなというくらいだ。
今の調子なら公爵にまで落ちるだろう。
アルビオン帝国の分裂工作は、今のところ予想以上に上手くいっていた。
この様子なら内戦で兵も減るので、ウォリック公爵に任せても大丈夫だろう。
アイザックもこれ以上しゃしゃり出るような事はせず、彼に任せる事にした。
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ヴィンセントからの援軍要請から一カ月ほどして、ウィルメンテ公爵からの報告が到着した。
「そうか、大勝したか」
周囲は喜んでいるが、アイザックは喜ぶよりも安堵が先に来た。
正直なところ、実験兵器ばかり集めた部隊に期待をしていなかったからだ。
砲弾の誘爆事故くらいは起こるかもしれないと思っていたので、そういった事故もなく普通に活躍したのは予想外だった。
(兵士達が取り扱いマニュアルをしっかり守ってくれていたのかな? それでもヒューマンエラーは起きる時には起きるだろうし、運がよかったんだろう。けどこれだけの戦果を挙げたんだ。ボーナスは弾んでやらないとな)
兵士達が注意事項を守っていたのは事実である。
それは威力を知っているので「自分達が吹っ飛ぶかもしれない」という恐怖と「戦場以外で新兵器を壊したらアイザック陛下に処罰される」という恐怖によって守られていたのだった。
もっとも「これが戦場における俺達の命綱だ」という思いもあったので、慎重に取り扱っていたというのも影響している。
そのおかげで火薬を積んだ馬車の爆発事故などが起きなかったのだ。
(勝利したウィルメンテ公には褒美を弾んでやらないとな。あそこの後継者はローランド一人。ケンドラの子供が領地や財産を相続する事になるから、奮発してやっても悪くないだろう)
ウィルメンテ公爵家に褒美を渡すのではなく、遠回りではあるがケンドラに渡ると思えば嫌な気分にはならない。
もっとも、ケンドラが結婚するという事を考えるだけで嫌な気分にはなるが。
「ウィルメンテ公に称賛の言葉を贈るとしよう。本当によくやってくれた」
とりあえず、新兵器がコケ脅しに終わらずに済んだのだ。
アイザックも無事に終わった事を喜ぶ事にした。
シーン男爵からの装甲車がほぼ使えなくなったという報告書もあったが、そちらは予想通りなので落胆はしなかった。
(やっぱり車重を考えれば足回りが弱点になるよな。これは鋼材の強度不足が主な原因だから冶金学への投資を増やさないといけないな。鋼鉄といっても、その鋼鉄の中で様々な硬さがある。最適なものを探させないと。……あっ、そうだ)
「ファーガス、アーク王国内にあるオリハルコンがどこに保管されているか調べておいてくれ」
「何か使い道を思い浮かばれたのですか?」
興味本位でファーガスは聞き返した。
「ああ、装甲車の車軸などに使えたらいいなと思ってね。どうせアーク国内の精錬所では融かせないんだ。有効利用できるか持ち帰って試してみよう」
「かしこまりました。すぐに手配しておきます」
「頼むよ」
(貯め込まれているか、捨てられているかはわからないが、使えないものを持ち帰って文句を言う者はいないだろう)
戦費がかかっているので、貴族がアーク王国内で接収した美術品などを本国に送っているのには目を瞑っている。
だが、アイザックは国家ぐるみで積極的な略奪行為はしたくはなかった。
アーク王国内にある財産は、いずれ統治する際に必要になるので残しておきたいと思っていたからだ。
その点、死蔵されている鉱物なら遠慮なく持ち帰る事ができる。
(量次第ではあるけど、オリハルコンでリベットを作れば破損しにくいものができるだろうか? 何事も実験だな)
シーン男爵からの報告書には忌憚ない意見が書かれていた。
「動く棺桶」という扱いも、アイザックが想定していたものだった。
リベット工法で作られた戦車は、被弾時に惨状を生み出すという事を知っていたからだ。
それでもリベット工法を取るしかなかったのは、まだ溶接技術がないため仕方なくである。
だから一度だけでも戦場に投入する事ができればよしと考えていた。
しかし、その一度が大きな戦果を挙げた。
装甲騎兵が挙げた戦果自体はそこまで大きくない。
――馬に曳かれずに動く装甲馬車が戦場に投入された。
この事実が与える影響は極めて大きい。
新しく投入する事はできなくなっても、エンフィールド帝国と戦う相手は装甲車の事が脳裏をチラつく事になる。
あの手強いヴィンセントですら、たった一機の飛行機と少量の毒ガスで降伏を決めたのだ。
未知の技術には想像を膨らませるもの。
弓矢や魔法をものともせず接近してくるという装甲車の虚像に怯える事になるはずだ。
そう考えれば使い切りであっても、さっさと切り札を切ってしまってよかった。
あとはこの肥大化した虚像を利用して、カニンガム伯爵に他国へ圧力をかけるのを頑張ってもらうだけである。
「ああ、そうだ。ついでに帰国の準備も始めよう。ウィルメンテ公が歴史的な大勝利を収めた事で、ブランドン派は瓦解するだろう。残るアルフレッド派はヴィンセント陛下とウォリック元帥がどうにかしてくれる。私がここに残る理由はなくなった」
「では、そちらの手筈も進めておきます」
「任せたよ」
アイザックは秘書官にあとを任せると、子供達へのお土産の確認へと向かう。
そこにはオスとメス二匹ずつのウサギがいた。
これは暇潰しに狩りへと出かけた時、アイザックが捕らえたものだ。
まずはノミなどの害虫や病気がないかのチェックを行い、その中で人に慣れてくれた四匹を厳選していた。
アイザックはウサギを驚かせないようゆっくり近づき、そっと撫でる。
「やっぱり子供には可愛い動物だよな」
シルバニアのファミリーのように、ウサギが子供に受けるのはわかっている。
あとは犬や猫に襲われないかが心配だが、そこは隔離しつつ、ペットの調教師を使って徐々に慣れてもらう事になるだろう。
宮廷料理人にレシピを教えるため、菓子職人は先に送っているが、アイザックも手ぶらで帰るわけにはいかない。
略奪品を持ち帰らないので、ウサギのように自らの手で捕まえたものでも持ち帰えらないとお土産がない。
だから狩りに出かけた時、アイザックは「これしかない」と文字通りウサギに飛びついたのだった。
「みんなに気に入ってもらえるように頑張ってくれ。頼むぞー」
彼自身、ウサギがご飯を食べているところを見て癒される事もあった。
きっと子供達も喜んでくれるだろう。
今から子供達の顔を見るのが楽しみである。
久々に家族の顔を見れそうなので、アイザックも帰国の日を楽しみにしていた。
帰国を決定してから一週間後。
ウォリック公爵の出陣を見送り、アイザックもそろそろ帰国しようかという時に新たな報告が入った。
「アルフレッドがまたしても反逆?」
(……あー、時期的にウィルメンテ公が勝ったのを知る前に行動に出ちゃったかー。膠着状態になっている隙に勝利をかすめ取ろうとしたんだろうな。ブランドン派の惨状を知ったら頭を抱える奴が続出してるだろうな)
関ケ原の戦いのように、天下分け目の戦いがあっさり終わって計算が狂うケースは歴史上でも時々見られる。
それがアルフレッド派に起きてしまったのだろう。
彼らの混乱が目に浮かぶようだった。
「陛下、いかがなさいますか? ウォリック元帥に新たな指令を出しますか?」
だが周囲は違う。
ブランドン派は大打撃を受けたとはいえ、ブランドン自身は健在。
そこにアルフレッドまで敵に回ってしまっては、ウォリック公爵やウィルメンテ公爵も苦戦するだろう。
今後の戦略を大きく変更しなければならない状況になってしまった。
そう思うのが自然だろう。
しかし、アイザックは落ち着いていた。
「基本的にはヴィンセント陛下の支援のままで変わらず。この状況で動かないといけないのは、ヴィンセント陛下かな。ヴィンセント陛下に連絡だ。『交渉による解決を優先すればすぐに終わるので、今は穏便な解決を狙っているように見せかけましょう』と伝えよう。それと『どうしても赦せない者。赦せないが能力のある者。赦せて能力のある者。赦せて能力のない者』をリストアップしておいてもらおうかな。これは正直に書いておいてほしい」
「……それだけでよろしいのでしょうか?」
「ヴィンセント陛下なら、これだけ言えばわかってくれるさ。アルフレッド派とは大規模な戦闘にはならないだろうし、なってもまだ新兵器部隊は戦闘可能だ。彼らにも力を示す事ができる。そう心配する事はない。ウォリック元帥には『頑張って』と応援しておけば大丈夫だ」
「かしこまりました。それでは、そのように伝えておきます」
ファーガスを始めとする側近達は釈然としないまま、アイザックの命令に従った。
「心配する事はないよ。そう遠くない内にアルフレッド派は自壊する。しなくてもヴィンセント陛下が少し声をかければ瓦解するよ。この戦争も一年以内に終わってくれるといいね」
だから彼らの心配を払拭させようとする。
その予言めいた言葉に驚きながらも、彼らは「陛下がそこまで言うなら信じよう」と、それぞれの仕事に戻っていった。
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