777 二十九歳 先見の明
山に立て籠もっているファーネス元帥達。
彼らはブランドン派の激しい攻撃に晒されていた。
それでも有利な地形と兵士の練度で耐える事はできている。
だが二週間ほどたった時、戦線に異変が起きた。
「時々兵士がいなくなって戻ってくる?」
――兵士の失踪。
それも敵の農民兵が多く配備されている方面で頻発しているらしい。
ファーネス元帥は頭痛を覚える。
「脱走を企てているようだな。雑兵なら警戒が甘くて、そこから包囲を抜け出せると思っているのかもしれん。……もう少し耐えてもらわねば困る。顔を出して士気を高めるか」
士気を高めるとは言っているが、実際には陣地を訪れて「お前達の動きを見ているぞ」という牽制の色が濃い訪問だった。
上官の意識が彼らに向いているとわかれば脱走もしにくくなる。
前線視察は地味ながらも重要な行動だった。
早速、彼は部下を引き連れて、脱走の準備を進めていると思われる陣地へと向かう。
すると、昼間だというのに明らかに兵士の数が少ない。
五十人ほどいるはずなのに、二十人ほどしか姿が見えなかった。
残っている兵士達は、ファーネス元帥達の姿を見て慌てていた。
(遅かったか……)
「これはどういう事だ?」
「あの、これはですね。少しトイレに行っているだけでして……」
「そんなはずがなかろう! 部隊の半数が消えているではないか! このような報告は受けておらんぞ!」
「いえ、もうしばらくすれば戻ってくるはずです。ですのでご安心ください」
「そう言って責任逃れをするつもりだろう。兵士の脱走は指揮官の責任だぞ!」
「本当に、本当に大丈夫ですので……」
この部隊の指揮官は必死に「大丈夫だ」と弁明する。
当然、ファーネス元帥はそんな言い訳に聞く耳を持たなかった。
せめて報告をしていれば許せたが、責任逃れのために報告を怠るのは重罪である。
本来いるべき兵士がいないのだ。
この陣地を攻撃されたらあっさり突破されて、他の部隊が危険に晒される事になるだろう。
多数の逃亡兵が出たのなら、指揮官は相応の対応をするべきなのだ。
だからファーネス元帥は指揮官を問い詰める。
「戻ったぞー」
――そこに呑気な声が響いた。
声の方角を見ると、数人がかりで大鍋を運んでいる兵士の集団がいくつか見えた。
「なんだ、あれは?」
「その……、食料調達です」
「食料の調達?」
ファーネス元帥が驚いていると、兵士達も雲上人である元帥の姿を確認して驚き、歩みを止めた。
彼は兵士達のほうへと近づく。
「脱走したのではないのか?」
一番近くにいた兵士に尋ねる。
「そのような卑怯者はここにはおりません!」
彼はどう答えるか困ったが、緊張で上ずった声で答える。
「ではその鍋の中身は?」
「麓の敵軍の配給です! 奴らは徴兵されたばかりの農民ばかりなので、正規兵の鎧を着ていたら簡単に配給を受け取れるのです!」
「……敵軍に紛れて食事の配給を受け取りに行っていたというのか?」
「はい! 他の部隊の兵士から、そういう事ができると聞きました!」
「なるほど、悪知恵の働く奴もいるものだな」
ファーネス元帥は苦笑いを浮かべる。
これも内戦だからできる事だろう。
同じ鎧を着ていれば、徴兵されたばかりの者には区別がつかない。
「どこか近くにいる部隊がスープを受け取りにきた」と思うだけだろう。
そのような事をするようになったのは配給が減らされたからだという事を、ファーネス元帥は見当がついていた。
ヴィンセントには「一日余裕があれば二カ月分は運び込める」と言ったが、実際は一カ月半分の食料しか運び込めなかった。
援軍を待つにしても、一カ月半分では心許ない。
配給を半分に減らして三カ月は持たせようとしていた。
だから腹が減ったのだろう。
同胞というのを利用した現地調達を行っていたらしい。
「なるほど、だから雑兵の多い方面の兵士が一時的に姿をくらましていたというわけか。我が軍の兵士は逞しいな。ハッハッハッハッ!」
彼らは脱走するための逃げ道を探していたのではない。
戦い続けるために食料を調達していただけだ。
これにはもう笑うしかない。
(兵士達を疑ってしまったのは申し訳ない。彼らは勇士だ。ならば今度は降伏ではなく、援軍が到着するまで持ちこたえてみせよう)
「今は苦労をかけるが、バーラム将軍やエジンコート将軍も援軍に駆けつけてくれるだろう。もうしばらくの我慢だ。私の口から大っぴらに敵軍から食料を調達してこいとは言えんが……。気づかれんように上手くやれ」
「はっ!」
思えばエンフィールド帝国軍に降伏する時も、手作りの槍などで戦おうとしていた者達だ。
彼らの戦意を疑った事をファーネス元帥は恥じていた。
そして彼らの奮闘に応えるため、防衛計画を満足いくまで何度でも練り直そうと決意する。
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「ウィルメンテ公、これは本当に凄いものだな! 見ているだけで力強く感じられる!」
「そう言っていただけると、こちらも嬉しい限りです」
(うるさいな、この人は……)
ウィルメンテ公爵は、ファーネス元帥への援軍に向かっていた。
その一団の中には、なぜかヴィンセントの姿もあった。
それは「皇帝自らファーネス元帥達を助けにいく」というパフォーマンスのためでもあったが、それ以上に新兵器群に興味を持ったからである。
今は装甲車に夢中になっていた。
「これもドワーフ製か?」
「一部はそうだと伺っていますが、ほとんどはエンフィールド帝国製です。ほぼすべて人間の手で作り上げたものだそうです」
「人間の手で鋼鉄の馬車――自動車か。こんなものを作ってしまうとはな」
鉄板で覆った馬車はある。
しかし、それは六頭立て、八頭立てと馬を多く使わねばならないものだった。
それに比べれば馬車部分単体で動く自動車は小回りも効くので便利だろう。
この世界にも戦車と呼ばれるものはあった。
チャリオットという馬に曳かせる戦闘用の馬車である。
だがそんなものと比べものにならない重厚な装甲を持つ装甲車は、見ているだけで頼もしさを覚えさせる迫力があった。
ヴィンセントも、これには興奮する。
そして興奮しているだけではない。
さり気なく触って、その詳細を調べようとしていた。
「これに乗せてもらう事はできるのか?」
「それは――」
ウィルメンテ公爵は、アイザックの言葉を思い出そうとする。
(アルビオン帝国にエンフィールド帝国の力を見せつけるために実力を隠さなくてもいいとおっしゃっていたが……。搭乗まで認めていいのだろうか?)
どこまで認めていいのか線引きが難しい問題だった。
ヴィンセントの同行を認めたのは、大砲やロケット砲の威力を確認してもらうためなので問題はない。
しかし、実際に装甲車に乗せたり、武器を触らせたりまでしていいのかは悩ましい。
ウィルメンテ公爵はヴィンセントの前で真剣に悩んだ。
ヴィンセントも無理だろうと思っていたが、ダメで元々で言ってみた事だ。
あまり期待はしていなかった。
「いいでしょう」
「よいのか?」
だからウィルメンテ公爵の返事に、彼は心の中で驚いた。
「ヴィンセント陛下は、アイザック陛下に降伏を決断されたのでしょう? ならばその降伏が正しかったという事を実感していただきたいと考えたのです。我が軍の最先端技術を体験していただきましょう。シーン男爵、ヴィンセント陛下に試乗していただけるような綺麗な車両はあるか?」
ウィルメンテ公爵は、装甲騎兵の隊長に声をかける。
もちろん言葉通り綺麗な車両ではない。
故障個所のない車両という意味だった。
「四号車でならば大丈夫です。しかしながら車内は狭いので、騎乗服のような動きやすい服装に着替えていただかねばなりません。でなければ服を引っかけて破れてしまうでしょう」
答えたのはカーンだった。
彼はアイザックから「カーンという名前の優秀な人材にふさわしい名前」として、シーン男爵位を賜っていた。
いつか誰かにそそのかされて裏切ったりするかもしれないが、平民出身の優秀な人物という事で、いつかはエンフィールド帝国を勝利に導く大将軍になってほしいと期待を寄せていたからだ。
もう一つ帝国の守護神としてオリバーという家名も考えたが、義父の名前と被るのでシーンにしたのだった。
アイザックが彼の事を気に入ったのは、なによりも貴族ではないという点だった。
貴族であれば「手柄を立てたので王女を息子の嫁にほしい」と言ってくるかもしれない。
その点、平民から貴族になったばかりの彼ならば、そんな要求はしてこないだろう。
だから装甲騎兵という新兵科の部隊長を任せるほど期待していたのである。
「ではすぐ着替えてくるとしよう」
ヴィンセントはよほど楽しみにしているのか、足早にその場を離れていった。
この隙にカーンは確認を取る。
「運転や射撃までさせるべきでしょうか?」
「さすがに運転はまずいだろう。どこかの窪みにハマって動けなくなったら困る。射撃は……、少しだけなら大丈夫か? ヴィンセント陛下には降伏が正しかったと確信を持ってもらいたいのだが」
「弾薬は貴重なのであまり使いたくはありませんが……。弾倉一つ分ならなんとかなるでしょう」
「ではどこか近くの木にでも撃っていただくとするか。車両を動かしておけ」
「了解いたしました」
カーンは四号車を近くの木の近く、十メートルほどの距離に移動させる。
やがてヴィンセントが姿を現した。
「では隊長の私が中のご説明を致します。それと陛下には特別な体験をしていただきます。まずは部下のどなたかに中の安全の確認をしていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。お前が入って中の確認をしてこい」
「かしこまりました」
外から見えない密室に入るのだ。
安全のために中の確認は必要だった。
護衛騎士の一人が革製の帽子を被らされ、機銃塔の天板にあるハッチから中に入っていった。
「がっ、ぐっ!?」
車内から悲鳴が漏れ聞こえる。
少しして涙目の護衛騎士が姿を現した。
「中に危険なものはないようです。ですが鉄の出っ張りで頭をぶつけるなど大変危険ですので、中にお入りになられるならお気をつけください」
「そ、そうか。中はかなり狭いのだな」
危険はないが痛い目には遭いそうだ。
だが特別な体験というものが気になったので、それくらいは許容範囲だと受け入れた。
「ヴィンセント陛下には機銃塔の椅子に座っていただきます。奥深くに入らなければ脛を打つくらいで済むはずです」
「それはそれで痛そうだがな……。まぁいい」
「では先に用意を済ませます」
ヴィンセントが車上に登っている間、カーンは車内に入って用意を進める。
彼はすぐに顔を出した。
「ではこちらのステップに足を置いてゆっくり降りてきてください」
カーンの指示に従い、彼は車内に入っていく。
(確かに中は思ったより狭いな。こんなに身を縮こまらせたのはいつ以来だろうか)
機銃塔の座席も小さいもので、快適とは程遠いものだった。
しかし、初めて見る鉄の馬車の中に興奮し、多少の不快さは気にならなかった。
「では陛下、目の前にある機械にあるクランクハンドルを回してみてください。そうすれば鉛玉が発射され、目の前の木に当たるはずです」
「ほう、ではこれがライフルというもので、この狭い穴から狙いをつけて撃つのか。鉄の壁に囲まれていれば安全だな」
「いえ、それはライフルではありません。もっと凄いものです。木を狙いながら回せばおわかりいただけるでしょう」
「これを回せばいいのだな」
目の前にある鉄の棒の先を木に向けながら、ヴィンセントはクランクをゆっくりと回す。
すると、大きな破裂音が車内に響き渡った。
ヴィンセントはビクリと体を震わせる。
驚いたが、彼はそのままクランクを回し続けた。
計二十発撃って、ようやくもう出ないとわかって彼は手を離す。
「これで終わりです。出っ張りに気を付けて外へ出てください」
興奮冷めやらぬヴィンセントだったが、カーンの言葉で意識が現実に引き戻される。
(この耳まで覆うタイプの革の帽子は頭を守るだけではなく、大きな音から耳を守るためでもあったのか)
車外に出ながら、彼は装甲騎兵用の装備について考える。
部下の手を借りて装甲車から降りると、本人が思っていたより衝撃を受けたのかフラついた。
「あの中では音が響いてなかなかうるさいものだった」
そのように体調に異常がない事を説明する。
少し恥ずかしかったのか、的にした木のほうを見る。
距離があっても弾痕が見えていた。
「あれはどの程度の威力があるのだ?」
「三百メートル先のフルプレートを貫く事は確認済みです」
装甲車から降りながらカーンが答える。
「三百メートルだと?」
「そんな遠くまで届くのか」
周囲がざわつく。
弓矢よりも遠くまで届き、威力も高い。
しかも弓兵の速射よりも早い速度で攻撃を続けられていた。
だが、そんな事よりも驚くべき事があった。
「もっと驚くべき事がある。あの武器を使ったのは私だぞ。初めて使う者でもあれだけの威力があるのだ。弓兵のような訓練期間を必要としない武器というだけでどれだけ恐ろしいものか。こんな武器が次々に作られたら対抗できないぞ。やはりエンフィールド帝国はとんでもない隠し玉を持っていた。早めに降伏しようとするのは正しい考えだったようだぞ」
ヴィンセントも狩りをするため弓は扱える。
だからこそ弓の習熟の難しさをよくわかっていた。
センスがないものはとことん使えない。
だが、先ほどの武器はクランクを回すだけで熟練の弓兵よりも高い威力の弾を発射できる。
熟練の兵士でなくとも人を殺せる。
その優れた点に気づいていた。
しかし、先ほど彼に使わせた機銃は、たまたま上手く動いただけだった。
このベルト給弾式の機銃は、クランクを回す事によって一定間隔で射撃できるようにしたものである。
人力による発射方式にしたのは、まだガス圧を利用したフルオート射撃を実用化できていなかったためだ。
前世で祖母が使っていたのを見た事がある足踏み式ミシンの動きを機銃に採用したようなもので、ベルトの吸い込みと撃針の動作を歯車によって一定間隔で動くようにしたものだった。
最大発射速度は分間九十発。
それ以上の速度で撃つと、ベルトを巻き込んで弾詰まりを起こすなどの故障が起きてしまう。
その他にも機銃側面に取り付けられたクランクを回すため、銃身がブレて精密射撃を行いにくいといった欠点もあった。
しかし、今回は上手くいったが、実戦でも上手くいくとは限らない。
この装甲車。
なんでも踏みつぶせるような見た目の割には、背の高い草を車軸に巻き込んで動きが止まる事もあるのだ。
機銃も弾詰まりを起こしやすく、毎日の整備が欠かせない。
ヴィンセントのために、一番状態のいい機銃を使わせてやっただけ。
四号車の乗員は「戦闘前に徹底的に整備し直さないといけないな」と心の中で肩を落としていたくらい、戦場での信頼性は低いものだった。
機銃から装甲車まで、新機軸の技術を採用しただけに、最大の敵は故障である。
それでもヴィンセント達の心を奪う事には成功していた。
まだテスト段階の試作品であっても、ちゃんと動けばその効果は高い。
彼に「降伏を選んだのは正しかった」と思わせられただけでも、一応の成果は挙げたと言えるだろう。
あとは戦場で実績を残すだけなのだが、兵器であるにも関わらず、それが一番難しいかもしれなかった。






