711 二十六歳 出兵式
子供達にペットを与えたのは正解だった。
彼らは子犬や子猫を可愛がり、その姿を見るアイザックも満足できたからだ。
ペット自体にもアイザックを魅了する可愛らしさがあり「子供が遊び疲れて空いた時に可愛がってみようか」と思うほどだった。
この時、なによりも残念だったのは写真がなかった事だ。
もし写真があれば、きっとアイザックは写真を撮り続けたはずだ。
それはいずれ子供達にとってもいい思い出になったかもしれない。
おそらく世界の誰よりも、アイザックが写真機の開発を待ち望んでいた。
だが今はそれどころではない。
さすがにアイザックも我が子可愛さで優先順位を誤ったりはしない。
現段階では火薬兵器の開発、製造が最優先だった。
開発はともかく、特に製造が難しかった。
後装式の銃は、試作品だとしっかりと作動した。
しかし、量産するために普通の職人に作らせ始めると暴発する不良品ばかりができあがってしまった。
これは工作機械の精度不足によるものである。
試作品は熟練の職人やドワーフが丹精込めて作った物だったので正常に作動したのだ。
前装式の銃と比べて、後装式の銃はわずかな隙間でもあればガスが顔にかかるなどの問題が起きる。
簡単に使用者に牙を剥く武器など前線では使えない。
武人の蛮用に耐えられない武器などお荷物でしかないのだ。
仕方がないので後装式の銃は熟練工が増えるまで一時生産中止。
小型兵器は生産が難しいので、代わりに迫撃砲、大砲、コングリーヴ・ロケットといった遠距離支援兵器の開発に力を入れるようになっていた。
特にコングリーヴ・ロケットは大きなロケット花火のようなもの。
構造も簡単で量産しやすい。
問題があるとすれば命中精度が低い事だ。
しかしそれはソビエト連邦が使っていたカチューシャロケットのように、精密射撃ではなく制圧射撃用として使用する予定だった。
砲弾もロケットも金がかかる。
アイザックは写真機などよりも、そちらに資金を投入するべきだと理解するくらいはできていた。
その甲斐あってか、今回の出兵には新しい兵種を投入する事ができた。
「この砲兵というのは一般兵が魔法で攻撃できるようになると……。本当ですか?」
もっとも、それを運用する現場は新兵科に懐疑的ではあった。
「ああ、本当だ。四kgの鉄球を一km先まで飛ばせる。実用性を考えればその半分といったところだろうが、それでも十分な距離だ。試験場では鎧を相手に十分な破壊力がある事も確認済みだ」
ウォリック公爵が部下に大砲の威力を保障する。
射撃場はトップシークレット扱いなので、入れるのは元帥や将軍といった一部の者のみ。
ほとんどの者は、その有用性を疑っていた。
「指揮官の人選については少々不安が残るが陛下の事だ。ただの縁故採用というわけではないだろう」
用意できた大砲は五十門。
その指揮官に選ばれたのが、ポールだった。
最初はトミーに任せてやろうとアイザックは考えていたが、そうなると近衛騎士団の運用に不安が残る。
マット、アーヴィン、ハキムという他の古参指揮官の部隊運用能力に疑問符がつくせいだ。
近衛騎士団長はマットだが、実質的にはトミーが取り仕切っているため、比較的入団から日が浅いポールにチャンスを与えた。
これは新兵科なので従来のやり方に固執しない若い者に任せたかったからである。
それに彼は従軍経験があり、敵を前にして臆するような者ではないとわかっているのも影響していた。
旧来の指揮官達には「あんな若造が新部隊を任されるなんて」と嫉妬する者もいたが、新兵科の有用性に懐疑的でもあったため、深刻なほど強烈なものではなかった。
自身の目で確認したウォリック公爵でさえ「実戦で使えるのか?」と不安を覚えていたくらいだったので無理もないだろう。
「ですが砲兵には陛下が期待されておられるのですよね?」
「そうだ。しかし、まだ数が足りていないという事も理解されておられる。今回の派兵に含めておられるのは実験的な意味合いが強い。大砲の数が揃い、本格的な部隊として編制されるような事になれば将軍の誰かに任されるようになるだろう」
「そうなるといいですね」
部下はそう答えながらも、あまり期待していなかった。
今回は実験部隊が他にも参加している。
――砲兵部隊の着弾観測のために用意された気球。
――遠方への連絡を素早く取れるようにするため、ハングライダーを使った魔法使いによる遠距離通信。
「そのうち、どれか一つでも使い物になればいいとアイザックは思っている」と考えられていた。
実験的な企みのすべてが成功するはずがない。
テストをしているとはいえ、戦場は試験場とは環境が違う。
カタログスペック通りの性能を発揮するとは誰も信じていなかった。
だがアイザックが力を入れている分野なので、失敗した時の叱責が怖い。
だから「失敗する確率も高いし、厄介な仕事を任されずに済んだ」と、ポールに対する嫉妬も軽いもので済んでいたのだった。
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時は流れ、二月に入る。
これから軍は段階的にアーク王国との国境へ向かう。
その前に出兵式を行う事になっていた。
「諸君らの役割に変わりはない。以前と同じく、救援要請に応じて助けに向かう。それだけだ」
かつてエリアスが演説していた場所から、アイザックが演説をする。
「今、アーク王国には未曽有の危機が訪れている。諸君らにはアーク国民を救い出す任務を与える。そのために必要な行動は躊躇する事なく取って欲しい。特に今回はエルフがリード王国の友人ではなく、リード王国の一員として参戦する初めての戦争となる。彼らに肩を並べるにふさわしい仲間だと思われる戦いぶりを見せてくれると私は信じている」
彼が演説をしている姿は、背後から見ていたパメラ達に「子供達にも、これくらい毅然とした態度で対応してくれればいいのに」と思わせる程度には、普段とは大違いの姿だった。
「今回、私は出陣しない。それはウォリック元帥を始めとした諸君ら武官を信じているからだ。諸君の健闘を祈る。無事に帰ってきた諸君らと、また会う日を楽しみにしている!」
アイザックが演説を締めくくる。
演説を聞いていた武官から歓声があがる。
明らかに場は盛り上がっていた。
そして彼の背後で「それって私が指摘したから言えた事だよね?」とパメラが冷ややかな視線を送っていた。
だが場を盛り下げるわけにはいかないので、表向きは微笑みながら拍手をしていた。
出兵式が終わると、次は宴会が始まる。
アイザックは将軍達に声をかけていく。
めぼしい相手に声をかけ終わるってからポールにも声をかけた。
「ポール、君には期待しているよ」
「はっ、ありがとうございます! ……ですが、レイモンドのほうがよかったのでは?」
ポールが不安だったのは、砲兵の運用には物理の演算が必要だったからだ。
――大砲の角度や火薬の量、風向き。
様々な要素を計算して砲撃しなければならない。
そうなると数字に強い者が指揮官にふさわしいのではないかと、彼は不安を覚えていた。
「指揮官と砲撃の計算をする者が同一人物でないといけないという理由はないさ。指揮官は兵を率いる能力と退き時を見定める能力があればいい。砲撃に関しては専門家に任せればいいさ」
アイザックは笑顔を見せて、彼の肩に腕を回す。
彼の態度に「以前から気安い感じだったけど、ここまで気安い感じだったかな?」とポールは思ったが、緊張をほぐすための配慮だと思ってありがたく受け取っていた。
「なんとか結果を出してみせます」
「ハハハハハ」
アイザックの腕に力が入る。
「お前の息子と、うちの娘がなんかいい感じなんだ。まだ子供だから気のせいかもしれないけど、もしかしたら……、という可能性がある。娘の……、娘の……嫁ぎ先として恥ずかしくないよう頑張ってくれよ」
「ひゃ、ひゃい……」
これまで見た事のないアイザックの複雑な表情を見て、ポールは体をこわばらせる。
(めちゃくちゃプレッシャーかけてくるな、おい!)
ポールの息子はザック達の遊び相手として登城している。
男の子達だけではなく、女の子達とも交流があった。
ただ仲の良い友達という関係ではあったが、最近は子供の婚約者候補を探しているという事もあって、アイザックも過敏になっていた。
万が一の事を考え、娘の嫁ぎ先候補には手柄を立てておいてほしい。
そんな考えがポールにプレッシャーをかけるという行動をアイザックに取らせていた。
「おやおや、仲が良い事ですね」
ウォリック公爵がアマンダを連れて、アイザックに声をかけてきた。
遠目に見れば友人同士の交流にしか見えなかったのだろう。
ポールは助け舟がきたと思い、アイザックとウォリック公爵の会話を邪魔しないためという形を取って、一礼してからその場を離れる。
「今回は私が出陣しない戦争ですのでね。やはり心配ですから。アマンダと話はできましたか?」
「普段通りの会話だけです。跡継ぎができたとはいえ、まだまだ孫の顔が見たい。今生の別れをするには早いですのでね」
「ええ、私もウォリック元帥が戦死するところが想像できません。今回は……。いえ、今回も政治的に複雑な戦争になりますが、指揮をお願いします」
「お任せを。陛下の意図は理解しているつもりです」
「来年には本格化するでしょう。それまでにこちらもできるだけ多くの援軍が送れるようにしておきます」
今回は総勢二十万の兵を動かす。
これはファラガット共和国を攻める時に比べて少ないが、来年以降に追加で援軍を送る予定だった。
今年はアーク王国の占領がメインであり、アルビオン帝国とは本格的な戦端を開くつもりはない。
第一段階、第二段階と計画を立てているからだ。
アーク王国の占領自体はそう手間取るものではないので、戦死者も少ないはずだ。
だが、アイザックはやっておかねばならない事がある。
「義父上」
「ん?」
アイザックはウォリック公爵を一度抱きしめてから離れる。
「子供達はまだ幼い。大きくなった時に立派な祖父の姿を見せて、記憶に残してあげてほしいんです。どうかご無事で」
――ウォリック公爵のやる気を引き出す。
戦死だけではなく、戦場では病死も怖い。
「絶対に生き残る」という気持ちを強く持っていてもらいたい。
これはウォリック公爵のためだけではなく、子供達のためでもあった。
それを知らないウォリック公爵は、アイザックを強く抱きしめる。
「もちろんだ、義息子よ!」
「ちょ、ちょっと!?」
「お父さん! 陛下を抱きしめていいのはボクなんだからね!」
この時、ウォリック公爵の行動を止めるかどうか、護衛に就いていたマット達は迷っていた。
先にアイザックが彼を抱きしめたので、そのお返しだと思えば止めるのは違う気がする。
しかし、アイザックの安全を考えるのなら止めるべきである。
アマンダがウォリック公爵を止めようとしているので、家族のじゃれ合いのように見えるのも大きく影響していた。
周囲にいた者達は、この状況を深刻になど思わなかった。
婿惚れしている事で有名なウォリック公爵の行動を遠巻きに呆れながら見ているだけだった。
出兵式の厳かな雰囲気はどこへ行ったのか。
ウォリック公爵親子の行動により、ポール以外の者達から緊張感が失われていた。






