688 二十五歳 国境での出来事
十月に入る頃には内戦の動きが停滞していた。
最初こそ反乱軍は勢いで押せていたが、さすがに正規軍が体制を整えると進攻を防がれるようになった。
ハーミス伯爵の説得で一部貴族が協力してくれたものの、基本的には農民を中心とした烏合の衆。
それでは正規軍の守りを崩すのは難しい。
反乱軍は、これ以上攻め込むのが難しくなっていた。
だがそれはアーク王国軍も同じである。
相手のほとんどが平民なのだ。
通過した街や村の住民が背後から襲ってくるかもしれないという恐怖から、なかなか前へ進めなかった。
戦線の整理を行っている間に冬が訪れた。
この間、リード王国から反乱軍に表立って支援は行われていない。
難民に多めの食料を持たせて、反乱軍の領域へ向かって帰国させるだけであった。
さすがに武器を供与すればアーク王国に非難されるし、周辺国にも言い訳ができなくなるからだ。
冬の間は静かな時間が過ぎる。
ハーミス伯爵はそう思っていた。
――だが、アーク王国は大人しくはしていなかった。
リード王国は難民に食料を渡して、アーク王国へ送り返していた。
それを彼らは阻止していたのだ。
「食料を出せ!」
リード王国との国境付近で、アーク王国の軍が難民から食料を取り上げる。
前線で物資が不足しているというのもあるが、それ以上に反乱軍に物資を渡さないためだ。
彼らは難民に渡された物資の一部が反乱軍に渡っているという情報を掴んでいた。
だから反乱軍の領域に戻ろうとする難民から物資を奪い取るのも、敵軍の弱体化に必要な事だとして実行していた。
しかし、それはアーク王国軍の都合である。
――難民に食料を渡して、国境の向こうへ送り返していたリード王国軍は違う。
「あいつら、難民から食料を奪ってやがる!」
「なんて奴らだ! 末端の兵士までアーチボルドみたいな奴らばっかりだな!」
「そこのアーチボルド野郎! やめろ!」
一兵卒に至るまでアーク王国軍の行いに憤慨していた。
それは指揮官であるルパート・フィッツジェラルド侯爵も同じである。
フィッツジェラルド侯爵家は領地を拝領した。
東部侵攻作戦では「まだ領主になったばかりだから」と、クーパー侯爵家やウェリントン伯爵家と共に出兵を要請されなかった事が心残りだった。
だから今回は戦争で被害を受けたウォリック公爵家の代わりに、公爵領西部にあるアーク王国との国境への布陣を申し出ていた。
ただの威圧だと思っていたのに、まさかこのような現場を目の当たりにする事になるとは彼も思ってもみなかった。
「なんという奴らだ……」
「兵を動かしてやめさせますか?」
「それは絶対にできん。陛下からアーク王国軍と戦闘にならないように、と厳命されているからな。……だが気持ちはわかる」
フィッツジェラルド侯爵こそ、誰よりもこの光景に怒りを覚えていた。
彼の父は内戦で人命が失われないよう、命を懸けてジェイソンを説得しようとした。
だというのに、アーク王国軍は命の価値など無視して自国民を弾圧している。
まるで父の行為を間接的に侮辱されているようで不愉快だったからだ。
とはいえ、彼にも立場がある。
その場の勢いでアーク王国軍に仕掛けるなど許されなかった。
「食料を奪われては難民も困るだろう。こちらに戻ってくるかもしれない。一晩泊まる事になるかもしれないから炊き出しの準備をしておいてやれ」
「はっ!」
幸いな事に食料は十分に備蓄されている。
アーク王国と国境を接するウリッジ侯爵領やウィルメンテ公爵領も、こちらと同様に難民向けの物資が大量に運ばれていた。
早い段階で難民キャンプを作り、周辺の住民との衝突が起きる可能性も最小限にしている。
アイザックの適切かつ素早い指示は、リード王国に難民を受け入れる余裕を作り出していた。
なによりも難民の数が予想よりも少なかったというのが、この状況に最も影響を与えている。
「閣下っ、あれを!」
護衛の騎士が悲痛な叫びをあげる。
フィッツジェラルド侯爵が騎士の指差すほうを見ると、リード王国へ戻ろうとしている難民に向けて矢が放たれていた。
「奴らはなにをしている!?」
当然、フィッツジェラルド侯爵は困惑する。
食料を奪った挙句に、命まで奪おうとするなど考えられない行為だったからだ。
「それは……、わかりません!」
「彼らは自国民だぞ……」
「閣下! あのような行いは到底許せません!
「手出しをするなと言われているのなら、せめて盾になってやりましょう」
「我が軍の兵士が近くに行けば、さすがに矢を射る事はできないはずです」
「なにとぞ下知を!」
側近達がフィッツジェラルド侯爵の決断を促す。
彼も「アーク王国軍を蹴散らせ」と命じたかった。
だが爵位を継承して初めての任務でアイザックの指示を無視したくはなかった。
「……待機だ。下手に動けば奴らを刺激して戦闘になりかねない」
彼としても苦渋の決断だった。
領主の中には「平民など税金を納めさせるだけの存在」としか見ていない者もいる。
だが領主になったばかりの彼には、まだそこまで割り切れなかった。
自分で命じておきながら心が張り裂けそうになる。
今回送り返した難民の数は少ない。
両国の間で戦闘が起きれば、送り返した難民の数以上の死傷者が出るだろう。
それを考えれば、まだ見殺しにしたほうがマシ。
そう考える事で自分を納得させようとしていた。
「走れー! こっちに来い!」
側近達も、これ以上彼の決断を覆そうとはしなかった。
代わりに難民に声をかける。
国境にある標石を越えれば、そこはリード王国内である。
さすがにアーク王国軍もリード王国に向けて矢を放ちはしないだろう。
国境を越えれば、そこは安全地帯だった。
しかし、一人、また一人と倒れていく。
あと一歩というところで赤子を抱えた女が地面に倒れた。
「全軍、絶対に勝手に動くんじゃないぞ! リード王国の国土から一歩たりともアーク王国に入る事は絶対に許さん!」
フィッツジェラルド侯爵は悔しさのあまり唇を噛む。
そこからは血が薄っすらと流れていた。
「了解いたし――閣下!? どこへ?」
フィッツジェラルド侯爵は駆けだしていた。
目指すは国境ギリギリの位置。
そこで倒れた女の場所だ。
まだ若いので母というよりは、姉かもしれない。
必死の思いで抱いていた赤子だけは国境を越えていた。
フィッツジェラルド侯爵は、息絶えた女の腕から子供を抱き上げる。
「この子はリード王国へ不法に侵入した。我が国の法で裁くから連れていくぞ!」
彼は近付いてきていたアーク王国軍の兵士に、そう言い放った。
兵士は戸惑いを見せる。
「そうおっしゃるのならどうぞ……。でも我々は難民がリード王国に迷惑をかけないようにしていただけですよ」
兵士は「難民に渡される食料が反乱軍に渡っているから奪え」という命令と「難民がリード王国に向かえば最悪戦争になるかもしれないので防げ」という命令をされていた。
すべては自国とリード王国のための行動である。
それを否定されて、彼は困惑していた。
「そうか、ならば見苦しいからもうやめろ。このような虐殺を見せられるほうが迷惑だ!」
フィッツジェラルド侯爵は、その場を離れようと踵を返す。
すると、彼の側近や護衛の騎士達がすぐ後ろに集まっていた。
「待機しろと命じただろう」
「我々は一歩たりともアーク王国に侵入しておりません。ここはリード王国内です。だから閣下に付き従い、背後で待機しておりました。その事に問題はないはずです」
「まったく、屁理屈を……」
答えながら、フィッツジェラルド侯爵の目から涙がこぼれ落ちる。
赤子をギュッと抱きしめた。
「私は王都へ向かう。アイザック陛下に直接この状況を報告するつもりだ。このような状況は変えねばならないからな」
彼はアーク王国を討つように強く進言するつもりだった。
東部侵攻で活躍したウォリック公爵達を羨ましいと思う事もあった。
だが今回は功名心に駆られたものではない。
あまりにも残酷なアーク王国の仕打ちに義憤を覚えてのもの。
彼はアイザックとあまり話した事はなかった。
しかしアイザックにまつわる話を聞く限りでは、この提案を聞き入れてくれそうな予感がしていた。
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