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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二十章 大陸統一編 二十三歳~

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681 二十四歳 ヴィンセントの収穫

 翌日、リード王国の使節団は帰国の準備を進めていた。

 護衛として付いてきた者達は慌てて土産物を交代で買いに行く。

 だがアイザックは、ハーミス伯爵達の心情を考えて買いに行かなかった。

 彼らの手前、浮かれて土産物を選ぶ気になれなかったからだ。

 その代わり、駐在大使らと今後の対応について話し合っていた。

 そこに来客の知らせが入る。


「エメライン殿下が私に会いたいと?」

「どう対応いたしましょうか?」

「一人だけか?」

「そのようです」


 もちろん護衛も連れずに一人だけできたというわけではない。

 ヴィンセントなどの同行者を連れてきていないという意味だ。


(なんで一人で? まさかまた結婚とか言って、こっちをかき回そうとしているんじゃないだろうな? 俺が女に弱いと思ったら大違いだぞ!)


「……まぁいい。ヴィンセント陛下にメッセージを残しておきたいと思っていたところだ。会う事にしよう」 


 仕込んでおきたいネタもあるので不安はあったが、アイザックは会う事にした。 

 応接室に招くと、彼女は泣きそうな顔をしてアイザックに近付き、よろけるように抱き着いてきた。


「お父様からお話は伺いました。なんて恐ろしい事を……」


 学生時代のアイザックならば、彼女に抱き着かれただけで体が固まっていただろう。


 ――しかし、今は違う。


 もう女を知らない子供ではない。


「周囲に誤解されるといけませんので」


 エメラインをあっさりと自分から引き離した。


「あっ……、ごめんなさい。あまりにも衝撃的な話だったのでつい……」


 彼女はアイザックのあまりにも冷たい態度に驚きながらも、引くべきところは引く冷静さがあった。

 これは演技だったからだ。

 いくら深窓の令嬢とはいえ、男に寄りかかるのが非常識な事だとわかっている。

 なのにこのような事をしたのは、アイザックの反応を見るためだった。


(本当にまったく反応してくださらないのね。……腹が立つ!)


 皇帝の末娘という事を差し引いても、彼女は周囲にチヤホヤされるだけの魅力はあった。

 それがあっさり袖にされたのだ。

 胸の内は怒りで煮えたぎっていた。

 だがそれを隠す事はできる。

 表情に出さぬよう気を付けながら、勧められるがまま椅子に座る。


「アーチボルド陛下の所業は酷いものでした。女性ならショックも大きかったでしょう。私もパメラを連れてこなくてよかったと思っていたところです」


 アイザックはパメラの名前を出して、自分には妻がいる(・・・・・・・・)という事をさりげなくアピールする。

 彼女に余計な考えをさせないためだ。

 しかし、もう彼女からその気は失せていた。

 残っているのはプライドを傷つけられた怒りだけである。


「周囲が慌ただしいご様子ですが、アイザック陛下はもう帰国されるのですか?」

「ええ、そのつもりです。私がいては新たな犠牲者が出るかもしれませんので」

「残念ですわ。せっかく仲良くなれると思っておりましたのに」

「仲良くですか……」


 アイザックが含みのある笑みを見せる。


「仲良くはなれるかもしれませんね。もっとも個人的なものではなく、国同士の関係ではありますが。まぁこれはすべてヴィンセント陛下次第でしょう」

「お父様次第、ですか?」

「ええ、そうです。ヴィンセント陛下に国家としての付き合いなら仲良くなれるかもしれない。そうお伝えいただければおわかりいただけるでしょう」

「そうなのですか」


 エメラインにはピンとこなかった。


 ――だが、それはヴィンセントから直接聞き出す事ができた。


 アイザックと雑談をした彼女は父のもとへ戻ると、アイザックとの会話内容をすべて伝えた。

 すると、ヴィンセントは面白そうに笑う。


「ほう、アーク王国を完全に見限ったか」

「それはそうでしょうけれども、どういう意味が含まれているのですか?」

「我が国と同盟を結ぶ可能性を示唆してきたのだ。両国が同盟を結べば恐れるものはない。大陸の西半分をアルビオン帝国が、東半分をリード王国が支配する。そういう未来もあるかもしれん」


 ヴィンセントの言葉を、エメラインは疑っていた。


「でも、両国の国境が接する事になれば戦争になるかもしれないのでしょう?」

「相手が大国になるのを待つのは愚策。早めに潰しておいたほうがいいから、同盟を結んでもそう遠くない内に戦争になるだろう。それを我慢して両国で大陸の覇を競うか。それとも大国同士が同盟を結んだという事実を利用したいのか。こちらにとっても価値はある話だが、すでにあちらはどう利用するか考えているだろう。先に利用されるのは面白くないな」

「面白くないと言えば、あの方自体が面白くありません!」


 エメラインは、アイザックにまったく相手にされなかった事を不愉快そうに話す。


「お父様、いつかアイザック陛下にひれ伏して謝らせてください」


 彼女はプライドを傷つけられた事を許せなかった。

 だからヴィンセントに復讐を頼む。

 そんな彼女に、ヴィンセントは侮蔑の視線を向けた。


「ひれ伏して謝らせるくらいは簡単だ。きつく抗議すれば、きっと今すぐにでも膝をついて首を垂れるだろう。もしかしたら地面に額をこすりつけて謝るくらいはしてくるかもしれんな」


 そんなヴィンセントの言葉を、エメラインは訝しむ。


「仮にも一国の王が簡単に頭を下げるでしょうか?」

「下げるさ。ここはアーク王国だ。エルフやドワーフが護衛に付いているとはいえ護衛の数は少ない。私を怒らせれば身の危険を感じて頭を下げるくらいはするさ」

「そんな簡単に謝罪をしては、名誉が傷つきませんか?」

「名誉など生きていればどうとでもなる。生きてさえいれば名誉を挽回する事ができるのだ。今を生き残るために頭を下げるくらいはできるだろうさ。お前にはわからんだろうが、私とアイザックにはわかる。こればかりは骨肉の争いを経験せねばわからんだろうな」


 ヴィンセントも兄弟で帝位争いをしてきた。

 兄弟間の争いでは、下手に目立って狙われぬように気を付けて競争相手を排除していかねばならない。

 時には誰かの下に付くフリをして裏切るという事もしてきた。

 死ねばそこで終わりだが、生きていれば名誉くらいどうとでもなる。

 取り戻す機会があるのとないのとでは大違いなのだ。

 エメラインは、そういった争いと無縁だったのでわからないのだろう。


「お父様も膝を屈する事ができるのですか?」

「できる。できるが、今はできなくなったな。皇子時代ならばできただろう。だが今は無理だ。アイザックに膝を屈したとなると、私に不満を持つ貴族が反乱を起こしてしまうかもしれない。力を示して他者を押さえつけてきた者は弱さを見せる事はできんのだ」

「アイザック陛下はそれができると?」

「武で率いるタイプではないからな。優れた知恵を持っているのでいつかは汚名を返上するという信用がある。それに全貴族の支持を得て即位したという経緯があるので、身を守るために一時的に頭を下げても反乱は起きないだろう。そもそも――」


 ヴィンセントは冷たい視線でエメラインを見る。

 それはアイザックに「可愛い娘」と言っていた者とは思えないものだった。


「アイザックにひれ伏させたいのならば価値を示せ。男一人たぶらかす事もできん娘の機嫌を取るためだけで危険は冒せん。せっかく国の半分をお前との子に与えるとまで言ったのにまったく興味を持たれんとはガッカリだ。贔屓目なしに見て美しく育ったと思っていたが甘かったようだな」


 彼は本性を現した。

 娘ですら駒としか考えていないのが彼の本性である。

 エメラインは肩を落とすが、そのまま無条件にヴィンセントの言葉を受け入れる事ができなかった。


「実は不能なのでは?」


 苦し紛れにアイザックが女に興味を持てないという説で言い返す。

 それをヴィンセントは鼻で笑った。


「子供が十人に達しようという者が不能なわけがなかろう。あれだけの好色家はそうそうおらん。そんな相手にまったく興味を持たれなかったのだ。恥ずかしいと思え」

「はい、お父様……」


 エメラインにとって二重、三重に屈辱的な流れである。

 なによりも父に「価値がない」と言われた事がショックだった。

 存在価値があるから可愛がられるのだ。

 アルビオン帝室で自分の価値がなくなれば政略結婚の駒としての存在意味しかなくなってしまう。

 彼女にとって今回の外遊に同行させられたのは失敗だった。

 しかし、ヴィンセントにとっては違った。

 

(アーク王国に上下関係をわからせる事はできたし、アイザックがどのような男かよくわかった。今回の会談に顔を出して正解だったな。エメラインに興味を持ってくれれば望みうる最上の結果だったが、さすがに罠だと見破って手を出してはこなかった。だが悪くはない。リード王国への対策を考えるのに十分な情報を得る事ができたのだ。同盟の話はほのめかしただけで本気ではないだろうが、もしあちらがその気ならそれも悪くない)


 彼は今回の会談で多くの情報を得た。

 特にアイザックについての情報を得られた事は大きい。

 どのような人物かわかれば、相手の考えも読みやすくなるからだ。

 今回はただ友好を深めるだけのつまらない集まりではなかった。

 それだけでも彼を満足させるのに十分な収穫であった。

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17

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― 新着の感想 ―
>なによりも祖父に「価値がない」と言われた事がショックだった 父なのでは?
[一言] ぶっちゃけアルビオン帝国ってもう30年ほどで崩壊しない? 主に皇帝の独裁&今まで力で抑え付けてきた属国達&貴族達の不平不満も力で抑え付けてきた恐怖政治の反動で現皇帝が死んだ辺りから余程後継者…
[一言] ここに来ていちばんのライバルキャラかもしれない 某皇太子や某兄より強そうだ
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