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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二十章 大陸統一編 二十三歳~

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680 二十四歳 アーク王国崩壊のピース

 アイザックはエルフに頼み、ハーミス伯爵らの胃洗浄を行わせていた。


(……そういえば、水責めって拷問あったような。これってあとで拷問されたとか言われないだろうな?)


 ――大量に水を飲ませて強引に吐かせるのを繰り返している。


 猿ぐつわをされていたので便を飲み込んではいないだろうが、汚水は飲んでいたはず。

 念のために吐き出させようとしたのだが、その光景は拷問そのものだった。

 一応、彼らが病気にならないためにとは説明しているが、それでもアイザックは気が気ではない。

 後々に非難されないかを恐れていた。


「胃の中身を吐き出した者には順次エルフの霊薬を飲ませるように。それと魔法で綺麗になったとはいえ気分が悪いはずだ。風呂に入って気分を一新してもらおう。食事も喉を通らないだろうが、スープとパンくらいは用意してやってほしい」


 だから念のために追加の指示を出しておく。

 アリバイ工作など必要ないはずだが、それだけ不安を覚える光景だったからだ。


「それでは一通り終わったら会議室に集まって話をする事にしよう」

「陛下、私はすぐにでも話はできます」


 何度も吐いたせいか憔悴しきった表情のハーミス伯爵が、この場を去ろうとするアイザックを止める。


「それはだめです。今のあなた方は正常な状態ではありません。そこに付け込んで私にとって都合のいい条件を提示する事もできます。ですがそのような事はしたくありません。落ち着いて話せる状態にしてから話をする。それが私なりの誠意です。気が急くでしょうが、今は休息を取ってください」

「お心遣い、感謝いたします」

「ではまたのちほど」


 アイザックは大使館員にあとを任せ、裏庭から立ち去った。

 館内に入ったところでノーマンが声をかけてくる。


「着替えを用意いたしましょうか?」


 エルフの魔法で綺麗になったとはいえ、服には汚物がついた。

 そのような穢れたものを国王がいつまでも着ているわけにはいかない。

 だから彼は「着替えを用意しましょうか?」と尋ねる形を取りながら、アイザックに「着替えてはどうか?」という進言をしていた。

 だがアイザックは首を振る。


「彼らが汚れていたのは事実。しかし、すぐに着替えては彼らを汚らわしいもの扱いをされていると思わせてしまうかもしれない。だから話が終わるまではこのままでかまわないよ」

「失礼いたしました」

「判断するのはこっちだからね。よほど問題のある内容でない限り、進言する事で謝る必要はない。正直なところ私にも風呂に入って着替えたいという気持ちはある。それはまだできないってだけだよ」


 アイザックは、ノーマンのためにフォローを入れる。

 彼は良くも悪くも凡人である。

 凡人であるからこそ、普通の意見を言ってくれる。

 常識のないアイザックにとって、彼の意見はありがたいものだったからだ。



 ----------



 棺桶から出てきた時は呆然としていた彼らも、人心地着いたからか感情を露わにしていた。


 ――憤りを露わにしている者。

 ――まだ虚ろな者。

 ――人前だというのに涙する者。


 彼らも貴族の当主である。

 感情を隠すのに慣れているはずだというのに、その感情を隠そうとしていない。

 それだけで彼らがどれだけ辛い経験をしたかを察せられる。


「話は何日か休んでからにしますか?」


 ――相手に配慮しているという印象を与えたい。


 そう思っているアイザックは、話し合いを延期しようかと尋ねた。


「いえ、このままでかまいません。アーク王国のため、引いてはアーク王家のためを思っての行動でした。それをあのような屈辱で返されるとは……。この気持ちはいつまで経っても忘れられません。日を置いても変わらないでしょう」


 他の者達もハーミス伯爵の言葉に同意する。

 ならば、ここで話を進めるだけだ。


「まずは謝罪を。私はまだ同盟を結び直せると考えていましたが、その考えが甘かったようです。まさか皆さんにあのような仕打ちを行うとは思いませんでした。申し訳ありません。ですが、なぜあそこまで過剰反応したのかがさっぱりわかりません。なにか事情をご存じですか?」

「あれはアーチボルドとフューリアス殿下の間での確執が原因です」

「ほう、あの二人が?」


(そういえばフューリアスのほうはパーティーで近付いてこなかったような? もしかして、リード王国の味方をしたからか? 俺に味方していると思われると危ないからとか?)


 ふと、王太子の存在感がなかった事を思い出す。

 そして、フューリアスにだけ殿下(・・)と付けた事で、ハーミス伯爵らの印象もそれだけ違うという事に気付いた。


「フューリアス殿下は両国を天秤にかけるべきだと主張しておりました。大国の間に挟まれているのならば、その立場を利用して味方につけようとする両国から利益を引き出すべきだというものでした」


(なんだ、アーク王国の都合によるものか)


 フューリアスはリード王国の味方をしたわけではなさそうだ。

 ただ大国に挟まれて翻弄されるよりは、翻弄する側になるべきだと主張したらしい。

 そうしたどっちつかずの行為は双方から叩き潰される可能性もあるが、上手く立ち回れるのならば悪くもない選択ではある。


「私も詳しくは知らぬのですが、それで二人の間でかなり揉めたそうです」

「それでアーチボルド陛下は意固地になってアルビオン帝国との同盟を強く推すようになったと?」

「私はそう聞いております」

「なるほど……。フューリアス殿下からは以前に子供を婚約させないかという申し出を受けた事があります。アーチボルド陛下よりかは私に対する憎しみが薄かったからでしょう」


(もっとも、それだけであいつを許す気はないけどな!)


 アイザックにとって、アーチボルドよりもフューリアスのほうが大罪を犯した罪人である。

 アーチボルドよりもリード王国を敵視していないというだけで免罪符にはならなかった。


「ではフューリアス殿下に対する復讐はしない方向でお考えですか?」


 一人の貴族がドンッと強くテーブルを叩いた。


「あいつも許す事はできません! あいつも私をあざ笑いながら、用を足していきました。侮辱されたのです! 侮辱、されたのです……」


 その貴族の言葉に同調したのか、ほとんどの者が唇を嚙み締めて薄っすらと涙を浮かべる。

 便槽の中に放り込まれたという絶望的な状況でも、いつか復讐するために彼らは誰が自分を侮辱したのか覚えていたのだろう。


「あの執事もそうです。奴も喜々として我らをトイレの中に突き落とすところを見ておりました。いくら救出に手を貸したとはいえ許しがたい行為です! 奴にも報復を!」


 他の貴族が執事に対する報復を求めると、他の者も同調した。


「王宮で働いているので皆さんの事にも関わっていたのでしょう。一応は助け出すのに協力してくれたので厳しい事はしたくないのですが……」


 これにはアイザックが困った。

 協力者を陥れては、今後新しい協力者が得られなくなってしまう。

 だが彼らの気持ちもわかる。


「しかし、皆さんの感情を考えて、アーチボルド陛下の判断に委ねる形で仕込んでおきましょうか。心を入れ替えて協力してくれた彼にもチャンスを与えねばなりませんので。まぁアーチボルド陛下ならば厳しい処罰を与えそうですがね」

「ありがとうございます! 今はそれで充分です!」

今は(・・)ですね」


 これから先は別問題という事だ。

 彼らのやる気次第でアーク王国首脳部の運命は大きく変わる。

 アイザックとしてもアーク王家を残す必要はないと思っているので、その点は彼らと目的は一致していた。


「今後アーク王家に報復したいと考えておられる方もいれば、もう何もせず余生をゆっくり過ごしたいと考えておられる方もいるでしょう。ですがまずは皆さんをリード王国に迎え入れたいと思っています。もし他国に匿ってくれる親族や友人がおられるならそちらへお送りしますが、いかがでしょうか?」


 アイザックの申し出に、ほとんどの者が同意した。

 行く当てのある者もいたが、そこへ行けば相手に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そう考えると、ひとまずはリード王国へ亡命するのが安全に思えたからだ。

 だが、ただ一人。

 ハーミス伯爵だけはリード王国行きを渋っていた。


「私は自領に戻って兵を挙げます。なぜ私が逃げるように落ち延びねばならないのか……。せめて一矢報いてやらねば気が済みません!」


 それなりに大きな領地を持っていたからか、彼はアーク王家に報復しようと考えているようだ。

 しかし、それには大きな問題があった。


「ここに来るまでに通ってきましたが、ハーミス伯爵領はすでに接収された様子でした。今戻ってもただ捕まるだけでしょう。ハーミス伯爵領を取り戻す手伝いをできればいいのですが、今は私の護衛しかおりません。再起を期すためにも今は引いてください。お約束したように、私が確実な報復の機会を用意します。ですからリード王国へお越しください」


 アイザックはハーミス伯爵だけではなく、他の者達も見回す。


「皆さんもです。ここで下手に行動すれば不穏分子を早い段階で潰す事ができるアーチボルド陛下に利する行為となるでしょう。身内や知り合いには生存を知らせず、死んだと思わせておいてください。でなければ皆さんの親族や友人のところへ調べが入り、より多くの犠牲を出してしまうでしょうから」

「かしこまりました……」


 渋々といった様子ではあるが、ハーミス伯爵らは我慢する事に同意してくれた。

 これはアイザックが報復を約束してくれたというのもあるが、これ以上親族や友人といった親しい者達に被害を与えたくないからだった。

 彼らも感情が爆発しそうな状況ながらも、涙を呑んで耐えてくれていた。


 こうして彼らが暴走せずに我慢してくれるのなら、アイザックも彼らの願いを叶えてやる事ができる。

 すでに彼の頭には、アーク王国を切り崩していく方法が組みあがっていたのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 執事は流石に無罪かと。 「見ていて止めなかった」とか言ってますが、王族の命令を止めろって言うほうが無理ですから。
[一言] 王と後継者である王太子の間に、意見の相違による対立があるとか、アイザックが付け入るスキがアリアリですねw
[一言] 毎週の楽しみ、ありがとうございます。 大変差し出がましいですが、その道の仕事人として。現在胃洗浄は行ってません(7年前とかはやってました)。誤嚥、窒息、肺炎のリスクが高く消化管に負荷をかけ消…
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