574 二十歳 すべてを見通す者
アイザックは、ロレッタの妹達と対面していた。
彼女達は万が一を考えて、王都には赴いていない。
それに戦勝パーティーでも、まだ幼かったので出席はしていなかった。
これが義兄となったアイザックとの初体面となる。
「お義兄さま、はじめまして。ファーティル公爵マクシミリアンの娘オフィーリアです」
「お初にお目にかかります、陛下。ファーティル公爵マクシミリアンの娘ブレンダと申します」
ロレッタの妹は二人。
下の妹オフィーリアはアイザックを「お義兄様」と呼び、上の妹ブレンダは「陛下」と呼んだ。
姉の挨拶を聞いて、オフィーリアはしょげかえってしまう。
相手に合わせた挨拶を忘れてしまっていた事に気づいたからだ。
しかも姉から挨拶すべきところを、先に挨拶をしてしまった。
義兄の目で失態を晒してしまったので、彼女は慌てて弁解しようとする。
「も、申し訳ございません。ずっと兄が欲しいと思っていたので……」
「気にしなくていいさ、今回は家族としての顔合わせだ。私も義兄として、今日の顔合わせを楽しみにしていた。だから呼びやすい呼び方を使ってほしい。即位してから妹のケンドラが『お兄様』と呼ぶようになったから、お兄ちゃんと呼んでくれても嬉しいな」
――今回は家族として。
その一言が気遣いだという事は、オフィーリアにもわかった。
義理の兄であり、これからの主君であり、救国の英雄であるアイザックに気を遣わせてしまった。
彼女は失敗したと思ってうつむき、涙ぐんでしまう。
その涙を、アイザックが優しく指で拭ってやった。
「大事なのは失敗しない事じゃない。同じ失敗を繰り返さない事だ。君はもう失敗した時の悔しさを覚えた。次からはもう同じ失敗は繰り返さないよね?」
「はい、大丈夫です!」
オフィーリアは思わずアイザックに抱き着いた。
頼もしさは言うに及ばず、その優しさと包容力は、オフィーリアがずっと夢見ていた理想の兄の姿である。
夢が叶った事で浮ついた気分になってしまっていた。
ロレッタは、そんな妹の姿を見てムッとした表情を見せる。
彼女がアイザックに抱き着くまでに、どれだけの苦労をした事か。
それをあっさりとやってみせたのだ。
思わず嫉妬を覚えた。
しかし、それも一瞬の事。
さすがに九歳の妹相手に本気で怒ったりはしなかった。
「その人が私の夫なのよ」と思うと、むしろ余裕を持つ事ができた。
「ブレンダも今日は義妹としての立場で接してくれたほうが私は嬉しい。まぁそうは言っても、初めて会う相手だから緊張するだろうけどね。実は私も緊張しているんだ」
「陛下が……ですか?」
ブレンダには信じられない言葉だった。
先ほどからの振る舞いを見る限りでは、アイザックには余裕がある。
とても緊張しているようには見えなかった。
そんな彼女の疑問を感じ取ったアイザックは気まずそうにする。
「幼い頃、家族との仲を壊しそうになった事があってね。それ以来、家族に嫌われたりしないかを気にするようになったんだ。だから仲良くしてとまでは言わないが、嫌わないでくれると私も助かる」
「陛下……。いえ、お兄様は国を救ってくださっただけではなく、お姉様の笑顔まで取り戻してくださったのです。嫌うはずありません」
「そう言ってくれると助かるよ。まずは二人の事を聞かせてくれないか?」
「はい、喜んで」
義妹達との顔合わせを済ませ、アイザックは新しい家族との交流を深めようとしていた。
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「お兄様、凄い!」
アイザックの話になると、まるで物語の主人公のような人生に、二人だけではなく他の家族達も真剣に耳を傾けていた。
特にロックウェル王国軍を追い払ったところは自分達の運命を左右する問題だっただけに、強く興味を惹いていた。
「凄いのは私ではない。作戦を実行した者達こそ称賛されるべきなんだよ」
謙遜すると、それがまた強者の余裕に見えて新しい家族を感心させる。
アイザックもおだてられて調子に乗り、より一層余裕のある態度を見せていた。
そんな時、一人の男が入室してくる。
「ご歓談中、失礼致します」
シャーリーン・フォードを討ち取ったトミーその人である。
アイザックの話のあとなので皆の注目を集めたが、彼は申し訳なさそうな顔をしていたので、頼りなく見えてしまって少し幻滅されてしまう。
彼はアイザックに近づいて来訪者の名前を耳打ちする。
トミーには重要な報告だったが、アイザックの反応はあっさりとしたものだった。
「ほう、あちらからやってきたか。こちらから接触する必要があると思っていたけど、手間が省けたな」
アイザックは来訪者の名前を知っていた。
トミーは「予想外の来訪者の名を、なぜ陛下が知っているのか?」と驚いたが、その驚きは小さなものだった。
なにしろアイザックは「すべてを見通す者」だ。
このくらいの事は想定の範囲内だったのだろう。
一々驚くほうが失礼なのかもしれないと思い、トミーは感情を殺して指示を仰ぐ。
「いかがなさいますか?」
「本人確認は?」
「本人を証明できる物を持っていなかったためできませんでした」
「そうか……」
アイザックとしては本人であるかどうかの確認は重要だった。
彼には大切な話をしなくてはならないのだ。
これで名前を騙る偽者だったら目も当てられない。
リード王国の人間では、来訪者の顔で判断するという事ができない。
しかも迎賓館で働く使用人達も見た事がない相手だった。
ならばファーティル王国の人間だった者に会ってもらうしかない。
「ファーティル公、客人が来たようなのですが、私達では本人かどうか確認できません。共に会って顔を確認していただけますか?」
そこで目を付けたのは、義父のマクシミリアンだった。
彼は王太子だったため顔が広い。
それにこれからはファーティル地方をまとめる公爵として頑張ってもらわねばならない。
仕事の第一弾として、面通しを依頼する。
「喜んで引き受けましょう」
同行を求められたマクシミリアンは「アスキスに到着されたばかりの新王陛下に、予約もなしに面会を求めるとは何事か! いったいどこのどいつだ!」と憤慨していた。
アイザックに言われずとも、その無礼者の顔を見に行くために同行を申し出ていただろう。
家族団欒の時間を邪魔された恨みは強かった。
「私はよろしいので?」
ヘクターが「マクシミリアンだけでいいのか?」と尋ねてくる。
アイザックはうなずいた。
「顔を確認していただくだけなので、義父上だけ来ていただければ結構です。ブレンダ、オフィーリア。話はまたあとでね」
アイザックは義妹達に笑顔を見せると、マクシミリアンと側近を連れて、来訪者のところへと向かう。
廊下を歩きながら、マクシミリアンはアイザックに尋ねた。
「客人とは誰ですか?」
「それは内緒という事で」
「内緒ですか?」
マクシミリアンは不思議に思い、首を大きくひねる。
そんな彼にアイザックは説明する。
「まだ子供なので先入観なしで見て、見覚えのある容姿かどうかを確認してほしいのですよ」
「子供ですか。親に似ていればいいのですが……。しかし、子供がどうして陛下に会いにきたのでしょう?」
アイザックに会いにくる理由がわからない。
いくらなんでも「英雄に会いたい」というものではないだろう。
そしてアイザックが会おうと思った理由は、もっとわからなかった。
しかもアイザックから接触しようと思う相手など想像もつかない。
「なにやら私を殺しにきたと言ったそうですよ」
「なんですと! ……それならばなぜ会おうというのです?」
「相手が私に会いたいと言っているからです」
「命を狙う相手になぜ……」
「その説明は、本人かどうかの確認をしてからという事で」
「なぜ命を狙う子供と会おうとするのか?」という疑問に、アイザックは答えなかった。
曖昧に笑って誤魔化すばかりである。
マクシミリアンは、自分の側近に視線を向ける。
彼らも「意味がわからない」と小さくかぶりを振るばかりだった。
やはりアイザックの思考は常人には理解できないものだと思うばかりである。
だがそれも無理はない。
トミーやノーマンといった付き合いの長いアイザックの側近達でも、アイザックのこの考えはまったく理解できなかったからだ。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。







