545 十九歳 久方振りの友人達とのお茶会
新年会にザックの生誕祭、十歳式と年明けからパーティーラッシュだった。
そのためアイザックは疲れを感じていた。
しかし、おめでたい事ばかりだったので気持ちのいい疲れである。
十歳式が終わったあと、アイザックは友人たちを誘ってお茶会を開いた。
メンバーは、いつもの面子である。
「陛下、お世継ぎの誕生、心よりお祝い申し上げます」
「ありがとう。やはり子供はいいよ、子供は。寝ている姿を見るだけでも、この子のために頑張ろうという気にさせてくれる」
改めて祝われたあと、アイザックは子供の話に移る。
集めた理由は、子供の自慢をしたかったというだけだった。
しかし、友人達もただ聞かされるだけではない。
彼らも子供に関する話題を持ってきていた。
「子供が産まれるのが早すぎますよ。私のところは、あと一ヶ月くらいはかかるそうです」
「私のところも、それくらいの予定です。私の知る範囲では、やはり内戦前に子作りを励んだところが多いようですね」
レイモンドの言葉に乗ったポールが、他の家の情報をアイザックに伝える。
「陛下はもとより、二人も凄いよ。これから内戦だと思うと、子供を作る気分にはなれませんでした。初夜を除けば数回くらいですよ、頑張れたのは。妻が妊娠したものの、子供は来年度に生まれる事になるでしょう。ザック殿下とは同じ学年になれません」
軽い気分の二人に対して、カイの表情は浮かないものだった。
自分の子供が王太子とは違う学年になるのが残念だったからだ。
しかも、他の友人達は順調に妊娠させているという。
悔しさすら感じていた。
「私もカイ様と同じです。頑張ってはいたのですが、最近になってようやく妊娠の兆候が表れました。学年違いでも嬉しいじゃないですか」
ルーカスが、カイに同調するものの、彼はそれでも喜んでいた。
子供は天からの授かりもの。
頑張ろうとも子供ができない場合もある。
ザックと同じ学年にさせられなくとも、子供ができただけで十分幸せだと思っていた。
皆の様子を見て、アイザックはフフフッと笑う。
「では、国王として命じる。さすがに昔のままとはいかないだろうが、もう少し砕けた話し方をするように」
「陛下のご命令とあらば致し方ございませぬな」
ポールがおどけて答えたので、またアイザックが笑った。
ここにはアイザックの護衛がいるし、使用人もいる。
まだ若い彼らには、王宮で仕えている者達の視線を無視しにくい。
そこで将来的に近衛騎士団入りが有望視されている彼が率先しておどける事で、軽く話せる雰囲気を作ろうとしてくれていたからだ。
そうした心遣いをしてくれる友人の存在はありがたいものだった。
「立場の変化が急激だったから難しいとは思う。でもレーマン伯から友人だけで会う時はエリアスと呼んでいた時もあったと聞いているので、肩肘を張らずともいいだろう。ただ友人同士の他愛のない会話といえども、リード王家の権威を損なうような事は気をつけていたとも聞いている。まぁ大人としての良識を持ったラインの話なら、噂が流れるような事もないだろう」
アイザックは使用人達に視線を流す。
人目のあるところでの会話は、噂が流れる覚悟で話さねばならない。
「あいつ、あんな事を言っていたよ」と、悪い噂が流されると困った事になる。
政治的な話なら退室を促しやすいが、友人との交流ではそうはいかない。
今のアイザックは王になったばかりで、跡継ぎも産まれたばかり。
万が一があってはいけないので、友人とのお茶会も人目のあるところでやらねばならなかった。
「人目がある事を忘れないでくれ」と注意をしておく。
「それにしても、レオ将軍を討ち取った英雄のカイがそんなにビビってたとは知らなかったな。俺はレイモンドのほうが内戦になるという現実を前に悩むもんだと思ってたよ」
まずはポールが口を開いた。
それに応じて、カイが返事をする。
「たまたま功績を立てる事ができたとはいえ、やっぱり戦場は怖いからな。逆賊の主要人物だったフレッドを討ち取った英雄様は怖くなかったのかい?」
「戦場に出る前はワクワクしていた。フレッドを殺すまでは馬上試合の延長線上のような気分だったよ。あいつの命の火が消えていくのを見ていると、色々と考えさせられたな」
ポールはしみじみと語る。
カイも彼の言葉にうなずいていた。
「たぶん、今度は戦争に行くとなると悩むかもしれない。でもさ、俺は戦場から逃げない。だってさ、家族や友達が死ぬところを想像するだけで嫌だからな」
「それは俺もだ。だから戦場から逃げなかったよ。あの時一番恐怖を感じたのは、お前がフレッドを討ち取ったと聞いた時だ。ウィルメンテ侯がどう思うだろうと考えただけで怖かったよ」
「それは俺もだ! フレッドを討ち取ってしばらくしてから怖くなったしな。ウィルメンテ侯の器の大きさと、フォード伯の配慮に助けられたよ」
やはり「フレッドを殺した」という事よりも「ウィルメンテ侯爵の息子を殺した」というほうに強い印象があるのだろう。
反ジェイソン派の代表であるアイザックを守るためとはいえ、ウィルメンテ侯爵の不興を買うのが怖かったらしい。
アイザックもウィルメンテ侯爵の心証を損ねたくないと考えていたので、彼らの気持ちがよくわかった。
「ところで、私も思い悩むなら文官気質のレイモンドかなーと思っていたのだけど、意外と早く子供ができたね」
「そこを拾いますか……」
ポールが軽く触れた話題にアイザックが食いついたため、レイモンドが渋い顔をする。
しかし、友人に隠さねばならない事情ではないので、話す事にした。
「アビーに『戦場に行ったらどうなるかわからないから』って言われて……。頑張りました」
レイモンドは、照れながら話す。
さすがに彼を笑ったりする者はいなかった。
誰もが似たような事を言われていたからだ。
「皆さんはまだ貴族の跡継ぎだからいいですよ。私なんて爵位を持たない一官僚の息子ですからね。どういう扱いをされるのかわからず、ずっと不安でした。幸い、セオドア様の側仕えとして戦場に出ると決まったので助かりましたけど……」
「安全な場所だったとはいえ、ジェイソンの最期を見届ける事になったんだから複雑だろうね」
「ええ、本当に……。しかもネトルホールズ女男爵に操られていた可能性が高いとわかった今だと、色々と考えてしまいますね」
「でもエリアス陛下を手にかけたんだ。正気に戻ったほうが辛かったかもしれないし、ジェイソンはあれでよかったんじゃないかな?」
「そうかもしれませんね」
「ところでシャロンは元気かい?」
ジェイソンの話になり、場が暗くなりそうだったので、アイザックはシャロンの名前を出して話題を変える事にした。
ルーカスもそれに気付き、話題を変えようとする。
「はい、元気です。王妃殿下と子供の話ができる日がくるのを待ち望んでおりました」
「子供の話か。それは私もみんなとできる日を楽しみにしている」
「そういえば、乳母を誰にするのか決まったのですか?」
ルーカスは以前から気になっていた事を尋ねる。
彼はアリスが、ルシアと共に子育てを手伝っている事を知っている。
二人に任せてもいいのだろうが、それはそれで「王家をウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家が私物化しようとしている」と下種の勘繰りをされかねない。
そういった批判を芽を摘むためにも、他の誰かを選ぶべきだった。
「いざこうなると選考は進んでいない。もっと早く決めるべきだったんだろうけど、国政を優先してしまっていた事は否めないな」
「またバートン男爵夫人に頼むというのは? アイザックを育てた実績があるし」
ポールがアデラの名前を挙げた。
しかし、アイザックは首を左右に振る。
「バートン男爵夫人は、リサの母親だからダメだ。もしザックの身に何かがあった時に『娘の子供を王太子にするためにやった』と言われてしまうだろう。そういった中傷を受けるような事態は避けさせたい」
「あー、そうかぁ。最適だと思ったのに」
これはポールだけでなく、多くの者が考えた事だった。
――アイザックは若くして実力で公爵位まで上り詰めた。
――リサは男爵令嬢にもかかわらず、周囲から文句を言われる事なく公爵夫人になった。
アデラが関わった二人とも、普通では想像し得ないほどの出世を遂げていたのだ。
一部では「子育ての神」と崇められ、アドバイスを求められるようになっているくらいだ。
彼女ならば王太子の育児に関わっても不思議ではないと思われているが、アイザックが言ったように彼女の立場が、それを許さなかった。
実のところ、アイザックはキャサリンに対して内々に要請を出していた。
ダミアンはジェイソンに協力したが、フォスベリー子爵はジェイソンの打倒に力を貸してくれていた。
そのお礼として彼女を乳母にしようとしたのだが、彼女は「息子を反逆者に育てた不甲斐ない母ですから」と固辞した。
乳母になっていれば再婚も容易になっていたはずだ。
だが彼女は、フォスベリー子爵家の親戚から養子を取って爵位を譲る隠居生活を選んだ。
彼女にも色々と思うところがあったのだろう。
今は違う人物が有力候補となっていた。
「今はまだ正式には決まっていないけど、まぁ妥当だろうなと思われる人に要請を出しているところだよ。けどパメラも自分の手で育てたいという気持ちが強いらしくてね。補助程度の手伝いにするのかなんかも、これから話し合っていくところだよ。みんなのところはどう?」
「私のところは従姉妹が二人目を産んだところなので、子供の世話役というだけではなく、乳を分けてもらう事も考えて頼もうと思っています」
レイモンドは、乳母という文字通りの役割を果たせる人に頼むようだった。
「俺はまだ騎士見習いだから、乳母を雇う余裕がなくてな。王都にある実家の屋敷に引っ越して、子育てはモニカが、身の回りの世話は使用人にって感じになると思う」
ポールに乳母を雇う余裕はなかったが、彼の子供はオグリビー子爵の嫡孫でもある。
子育てに不都合がないよう、騎士になるまでは実家の世話になるようだった。
「私も実家の手助けはあるが、基本は身内による子育てになるかな。街に残してくるから、王都にきている時は離れ離れになるのがちょっと辛いかも」
カイも他の大人達同様、産まれた子供と離れ離れになる寂しさを感じていた。
その点、ずっと王都にいるアイザックとは違った。
「私も身内での子育てですね。とはいえ、貴族ではありませんので、乳母ではなくシャロンが主に育てるという形になると思います」
ルーカスは貴族よりも、平民に近い子育てになるようだった。
これも立場の違いなので仕方がないのだろう。
「やっぱりそれぞれなんだね」
皆の話を聞き、アイザックは満足する。
「でも、パメラ殿下が自分で子育てをしたがるタイプだったとはねー」
「学生の時は、こう……。優しいけど、死を覚悟した緊張感みたいな雰囲気だったから、子供を可愛がるっていうイメージには見えなかった」
「凛とした感じだったよな」
「パメラ殿下は子供の頃から面倒見のいい方だったそうです」
皆の「子育てをしたがるイメージがない」という話を、ルーカスが否定する。
「シャロンから聞いた話では、お菓子で口元が汚れた時に拭いてくださったり、他の子と喧嘩して謝った時に『ちゃん謝れて偉いね』って頭を撫でてくれたそうです」
「そうなんだ。何歳くらいの時?」
「三歳とか、四歳くらいの時だったそうですよ」
「へ、へー、大人びた子供だったんだ」
あまりにも早熟なパメラに、皆が引いていた。
だが、アイザックだけは違う。
(あいつ、同年代の子供相手にお姉さんぶってたのか! おままごとの延長線みたいなもんだもんな)
パメラの中身が昌美だと知っているので「大人びた子供」ではなく「おままごとのようなものだったのだろう」と受け取っていた。
「パメラ殿下は、陛下とお似合いという事で」
「同感」
しかし、パメラ一人が早熟なわけではない。
アイザックも子供の頃から変わっていた。
ある意味お似合いのカップルだと思われる。
「そういえば、ロレッタ殿下との結婚の噂はどうなのかな? リサ殿下との関係とかも気になるし」
ちょっと微妙な空気になったので、ポールが恋バナに変えようとする。
「パメラの子供が無事に産まれたから、リサとの初夜も済ませたよ。ロレッタ殿下との結婚は噂になっている通りあるけど、ロックウェル王国の動き次第だね。ロレッタ殿下と結婚すれば、リード王国の国境も変わる。その時、他国と争いになるかもしれないから、覚悟はしておいてほしい」
アイザックもこの話題には照れてしまうが、強引に真面目な雰囲気に話を変えて恥ずかしさを誤魔化そうとする。
すると、ちょうど秘書官が入室してきた。
「歓談中失礼致します。こちらをご確認ください」
「すまない、ちょっと待ってくれ」
アイザックは友人に声をかけてから、報告書に目を通す。
「ほう……」
どうやらロックウェル王国から使者がきたらしい。
ギャレットがファーティル王国でヘクターと話しているところで、アイザックと話すためにリード王国に入国の許可を求めてきていた。
「歓迎すると使者に伝えてくれ。それと必要な書類の作成を頼む」
「かしこまりました」
秘書官が出ていくと、アイザックは皆に少し邪悪な笑顔を見せる。
「噂をすればなんとやらだ。ギャレット陛下と会談を持つ事になった。リード王国の歴史が大きく動く事になるかもしれないぞ」
「えっ、今以上に!」
ポールの驚きの声は、皆の気持ちを代弁していた。







