536 十九歳 秘密の告白 前編
パメラは不安を表情に出した。
アイザックの様子がおかしい。
元々おかしなところのある男である。
そんな彼に改まって「頭がおかしくなったと思われるような事を話したい」と言われたのだ。
できれば彼の話を聞きたくなかった。
だが、それはできない。
アイザックは命を救ってくれた恩人であり、愛する夫なのだ。
彼が弱っている時に、突き放すような事はしてはいけないと、パメラは逃げなかった。
アイザックに寄り添うように隣に座り、彼の手を取る。
「実は?」
「実は……」
――もしも、パメラに拒絶されたら?
そう思うと、アイザックもためらってしまう。
だが、彼女は自分が愛する妻だ。
「そんな彼女を信じられないでどうする」と、胸中を告白しようと決意する。
「妹を殺してしまった。その事が苦しくて仕方ないんだ」
「まさか、そんな!?」
パメラは思わず、アイザックから手を離してしまう。
彼女もアイザックを見放すつもりはなかったが、手で口元を覆い「そんなバカな」と驚きを表現してしまう。
(パーティーの時までは仲が良さそうだったけれど……。まさか、あんなに大事にしていたケンドラを殺すなんて……)
アイザックが「やはり話すべきではなかった」と後悔し始めた時、パメラはまたアイザックの手を取った。
その手は震えていた。
いや、アイザックの手だけではなかった。
パメラも体を震わせていた。
「そこまで後悔するのなら、なぜ手をかけたのですか? なぜそこまで後継者争いの芽を摘んでおかねばならなかったのですか? あなたなら、ケンドラを殺す必要などなかったでしょうに」
パメラは声までも震えていた。
アイザックに非情なところがあるとは知っていたが、ケンドラに手を出すほどだとは思っていなかったからだ。
あれほど愛していた妹を殺してまで権力に執着するところがあったとは意外である。
彼女の中で、家庭的なところもあるアイザック像が崩れていく。
「違う! ケンドラじゃない! なぜ天使のようなケンドラを殺さないといけないんだ! そうじゃないんだ……」
今度は、アイザックのほうが驚かされた。
そして、アイザックは言い方が悪かったと反省する。
アイザックが反省している間、パメラの中で「ここまでのシスコンは、さすがにちょっときついかも」と、やはり今までのアイザック像が崩れていく。
パメラの視線で、アイザックも評価が落ちているのを感じ取っていた。
「ケンドラを溺愛しているのにも理由がある。でも今はその事はいい。私が言っている妹とは、ニコルの事だ」
「彼女が妹? ……まさか!?」
オカルト的な話も広く知られている世界である。
特にジュディスという存在から、科学でも魔法でもないものが存在するとパメラも知っているはずだ。
だから、アイザックは頭の良い彼女ならば「前世の妹だ」と察してくれたのだと思った。
「そのまさかだ」
「そんな嘘でしょう……。お義父様は学生時代から、かなり人気があったという話は伺っていましたけれど」
「いや、そうじゃない。でも、そう勘違いするのも無理はない。わかった、話し方が悪かった。だから、まずは私の話を聞いてほしい」
アイザックは、父の名誉のためにもすぐさま否定する。
なぜこんな時に名誉など気にしてしまうのかと思うと、どこか虚しかった。
(そうだ。前世の妹だなんて普通は思わない。親父が不倫していたとか思うのが普通だよな。なんでこんな事もわからなかったんだ)
アイザックも、自分がどこかボカした言い方をしてしまったと感じていた。
やはり動揺が大きく、ハッキリと言う事を無意識に避けてしまっていたのだろう。
自分の情けなさを実感する。
それではいけないと思い、わかりやすく伝えるべきだと考える。
「実は……、私には前世の記憶がある」
「えぇぇぇ!?」
予想していた以上に、パメラは驚きの声をあげる。
その様子は、いつもの彼女とはどこか違って見えた。
侯爵令嬢ではなく、年相応の女の子のようだった。
「ニコルは……、前世で私の妹だったんだ。でも気付けなかった。彼女の不思議な力のせいで、気付いてやる事もできなかった。あいつの行動を疑問に思う事すらできなかったせいだ」
「……そうだったの」
こうして言葉に出すと、やはり昌美を殺してしまったのだという実感が込み上げてくる。
アイザックの目から涙があふれだす。
「この世界に生まれ落ちた時、自分しか生まれ変わりがいないと思い込んでいた。こうして生まれ変わる確率なんて稀。妹が生まれ変わっている可能性なんてないだろうと思っていた。今思えば、生まれた時から疑問に思う事すらできなかったんだ。ニコルのせいじゃなくて、世界の力だったりするのかもしれないな」
アイザックは激しい悲しみと後悔に耐え切れず、温もりを求めてパメラを抱き寄せる。
「突然、こんな話をされたら、私の頭がおかしくなったとしか思えないだろう。でも、本当の事なんだ。この秘密をずっと一人で抱えてきたけど、妹を殺してしまったと気付いたせいで、誰かに話さないと耐えられなくなったんだ。信じてくれとは言わない。だけど、こんな話をする私を拒絶しないでほしいんだ」
パメラは困惑しながらも、優しくアイザックに寄り添う。
「大丈夫。私は信じるから」
「……ありがとう」
こんなバカげた話を受け入れてくれる妻の優しさが身に染みて、アイザックは嗚咽を漏らす。
やはり、打ち明ける相手を彼女に選んでよかったようだ。
「初めて会った時、あいつはチョコレートを持ってきた。本来なら、あの時気付けたはずなんだ。あいつさ、前世で友達と一緒にチョコレートを原料から作った事があったから、作り方を知っていたんだ。作り方を知らないと、あんな面倒なものは作れない。気付くヒントは、出会った時からあったんだ。本当にすぐ目の前に……」
パメラが体を震わせる。
アイザックは「こんな話をいきなり聞かされたら怖いよな」と思いつつも、一度話し始めたら止められなかった。
彼女の優しさに甘え、堰を切ったように話し続ける。
「それだけじゃない。あいつの行動は、どう考えても私の妹そのものだった。この世界だとニコルのような容姿は美人だと思われてるから、容姿に優れている男子に囲まれて調子に乗っていたんだろうさ。あいつ、モテようと必死だった癖に、まったく男の影がなかったからな。モテない女がモテ始めて調子に痛っ!」
突然、パシンとパメラに頬を叩かれた。
彼女に叩かれる理由に心あたりがなく、またそんなタイミングでもない。
アイザックは呆気に取られていた。
「私だってモテてたわよ!」
「は?」
パメラの言葉に、アイザックの思考は一時的に停止する。
――彼女の言葉が意味するもの。
それを理解したくなかったからだ。
だが体は無意識の内に動く。
パメラの口を手で塞ぎ、それ以上なにも言わせないようにする。
「ちょっと、なにっ……」
パメラが手を振り払おうともがく。
そうはさせじとするアイザックと揉みあいになり、ベッドに倒れ込む。
アイザックは口を塞ぐ事に成功していたが、異変を察知した。
(なんだ、この音?)
何かが高速で回転するような甲高い音が聞こえる。
疑問に思ったのと時を同じくして、その異変の正体が目の前に現れた。
「うわぁ!」
――高速で回転する髪の毛である。
危険を感じて、アイザックは慌てて飛びのき、ベッドの下に転げ落ちる。
「こんなところで護身術を初めて使う事になるなんて、ほんっとサイテーよね」
ガッカリするパメラの顔。
それは今までのような貴族令嬢としての顔ではなく、アイザックがよく見知った顔が重なって見えた。
(ドリー流護身術。ドリーりゅう、ドリール、ドリル……。そういう事だったのか!)
アイザックは、パメラが使った護身術の事を考えて現実逃避をしていた。
だが、いつまでも現実逃避はさせまいと、パメラが喋る。
それを止めたかったが、アイザックはドリルが怖くて近づけなかった。
「アイザックって、お兄ちゃんよね?」
「誰の事でしょうか」
パメラの言葉は受け入れ難いものだった。
自然とアイザックはとぼけて答える。
しかし、そんなものでとぼけきれるものではなかった。
「修お兄ちゃんだよね? 私は昌美だよ」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
アイザックは耳を塞ぎながら叫ぶ。
「それ、本来なら私の台詞なんだけど……」
パメラは呆れながら呟く。
見た目は格好いいアイザックなだけに、そのギャップとの差に呆れてしまったのだ。
さらに声をかけようとした時、ドアが開け放たれた。
「陛下、ご無事ですか!」
入ってきたのは、今晩の警護番であるハキムだった。
彼は床に座り込むアイザックと、ベッドに腰掛けているパメラの姿を確認する。
寝室の壁は厚く、普通の話し声ならば外に漏れない。
だが、アイザックが叫んだ事で異変を感じ、彼は飛び込んできたのだった。
「いや、問題ない。少し行き違いがあっただけだ」
慌ててアイザックが説明する。
第三者が乱入してきた事により、少し落ち着いた。
そして落ち着いた事により、頬の痛みを思い出して、叩かれたところをさする。
「ご無事ならば結構です。ごゆるりとお過ごしください」
(今日は即位して初めての夜だものな)
そんなアイザックの姿を見て、ハキムはすべてを察した。
彼は一礼すると、静かに退室する。
大人しく出て行った理由は二つある。
一つは即位して初めての夜なので「パメラと夫婦として夜の生活を過ごそうとしていたが拒まれた」と思ったからだ。
パメラは腹に大事な子供を宿している。
体に負担をかかる行為を嫌がり、アイザックを拒んだのだろうと思われる。
もう一つは、体に負担がかかる正常な行為を拒まれたため、アイザックが特殊な行為を要求した可能性である。
先ほどの悲鳴は、きっとパメラのものだろう。
侯爵令嬢が嫌がるような行為を、アイザックが求めた。
そして、頬を叩かれたという流れが、ハキムには想像できた。
なぜそれがわかるかというと、彼はエンフィールド公爵騎士団の隊長となる前まで、夜の街を遊び歩いていたからだった。
今晩の事は見なかった事にしようと、心に固く決めていた。
突然の乱入者により、アイザックとパメラは少し落ち着いた。
だが、それは表面上の事。
内面は心臓が破裂しそうなくらい興奮していた。
「隣、いいか?」
「何もしないならいいよ」
「しないよ」
心の興奮とは裏腹に、アイザックの頭は冷え切っていた。
アイザックの目から、再び涙が流れる。
「なんでニコルじゃなく、パメラが昌美なんだよ……」
「少しは喜んでよ。まぁ私もアイザックがお兄ちゃんだったってわかって、ちっとも嬉しくはないけども」
――お互いに無事がわかった。
それは言葉通りに喜べるものではない。
二人とも複雑な感情が混ざりあい、すぐに言葉を紡ぐ事ができなかった。
長くなったので続きは金曜くらいになる予定です。
延期する場合はツイッターにてお知らせします。
※追記
投稿は月曜日にします。







