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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第十七章 王位簒奪編 十八歳~十九歳

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533 十九歳 即位当日

 十月十日。

 この日は、アイザックの誕生日である。

 だが同時に、新たな王が即位する日にもなった。

 狙っていたわけではない。

 ただ王族の喪に服して百日後が、たまたま誕生日前だったというだけだ。

 しかし、モーガン達は見逃さなかった。


 ――誕生日に即位する。


 大司教のセス達と口裏を合わせ「エンフィールド公は王となるべく、神がこの日に産み落としたのだ」という噂を流していた。

 これは、アイザックの統治を容易にする絶好のネタだった。

 民衆の間では、アイザックが聖女ジュディスを悪魔の手先から救い出した英雄だと広く噂されている。

 その噂に乗ったのだ。


 ――神に祝福された王の誕生。


 アイザックにとってはハードルが上がる迷惑な行為でしかない。

 しかし、王族が全滅したという未曽有の事態を乗り越えるには、これくらいは必要だと思われていた。


 戴冠式では、ジェイソンがやられていたように、頭から聖油をかけられた。

 油を頭から被るという慣れぬ感触に、アイザックは風呂に入りたいという気持ちが込み上げてくる。

 服も油で汚れたので、今ならニコルが嫌がった気持ちがわかるような気がした。


 王妃となるパメラやリサにも聖油がかけられる。

 パメラはピクリと動いたが、リサはかなりの覚悟を決めていたのか身じろぎ一つしなかった。


 聖油を拭わないまま王冠を被せられた時、アイザックは「うわぁ……」と思った。

 気持ちが落ち込んでいるとはいえ「せっかくの王冠が油まみれになってもったいない」という気持ちは抑えられなかったからだ。

 服は我慢できたものの、宝石などがちりばめられた王冠は我慢できなかった。

 儀式の最中に「クリーニングできるのかな?」という心配をしてしまう。


「新たなリード王国国王の即位は、この大司教セスの名の下に承認された。アイザック陛下に神の祝福があらん事を」


 セスの言葉が終わると、出席者達から盛大な拍手と「新王陛下万歳」という即位を祝う声がかけられる。

 サンドラ達、王位を狙っていた者達ですら、この時ばかりは表情を取り繕って拍手を贈っていた。

 アイザックは、二人の妻を連れて皆の間を歩いて、教会の外へ向かう。

 まるで結婚式の時のような体験である。

 だが、あの時のような喜びを、アイザックは感じられなかった。


 アイザックの気分は教会の外に出ても変わらない。

 教会の中に入れなかった貴族の家族たちが、新王の誕生を歓迎する。

 しかし、アイザックは作り笑顔で手を軽く振るだけだった。

 これは落ち込んでいるというだけではない。


 ――聖油の感触が気持ち悪いという、即物的な原因によるものが大きい。


(パレードの前に風呂に入りたい)


 今だけは昌美の事を忘れられそうなくらい、そう強く感じていた。

 だが予定は変えられない。

 パメラやリサと共にオープントップの馬車に乗り込み、街の大通りへと向かう。

 そこには大勢の民衆が詰めかけており、広い大通りとはいえ人が七割、道が三割という状況は圧巻だった。


「新王陛下万歳!」

「アイザック陛下ー!」

「この国の未来をお願いします!」


 多くの声が入り混じってはいたが、そういった言葉は不思議と聞き取れていた。


(無駄な期待をさせて悪いな。きっと爺さん達が上手くやってくれるさ)


 民衆に望まれ、期待されている。

 それはよくわかってはいたが、アイザックはつい数日前までとは違って、意欲的に取り組める気がしなかった。

 しかし、それでもエリアスの時代とほぼ同じ面子が政治をするのだ。

 大きな変化は起きないだろう。

 それはそれでいいと、アイザックは考えていた。

 民衆が求めているのは、安定した変わらぬ日常のはずなのだから。


「王宮に戻ったら、真っ先に風呂に入りたいな」

「そうですわね。実は私も……」


 アイザックがぼそりと呟く。

 聖油なので大きな声では言えないが、あまり気持ちいいものではない。

 この騒ぎの中なら、呟きは周囲には聞こえないはずだろうと、パメラも同意した。


「いけませんよ、聖油を嫌がっては」

「できれば、みんなに格好いい姿を見せたかっただけさ。二人と違って、私は白い服だからね。嫌がってはいないよ」


 リサの指摘に、アイザックは冷静に答えた。

 アイザックが言うように、本人の服は白。

 パメラが赤いドレスで、リサは緑のドレスである。

 唯一、アイザックだけが油の染みが目立つ色であった。

 その事に気付くと、リサは「あぁ、そういう事」と合点がいったようだった。


「少しの汚れくらい気にしなくても、あなたは素敵ですから心配いりません」

「ありがとう、リサ」


 アイザックは、それから余計な事は言わなかった。

 民衆に手を振り返し、思う存分期待させてやる。


 この時、憂いを帯びた笑みが「陰りのある笑顔も素敵」と、女性の見物人に人気があったという事を、本人は知る由もなかった。



 ----------



 王宮に戻ると、まずは湯浴みをした。

 オリーブオイルらしきものを洗い流すとさっぱりする。

 だが、ゆっくり浸かってはいられない。

 次は謁見の間で、貴族達の前に出なくてはいけないからだ。

 髪を乾かし、服を着替える。


 今回からは謁見の間に隣接した王族専用の控室を使う。

 玉座側の奥。

 今までは覗く事ができなかった場所である。

 以前ならばはしゃいでいただろうが、今は喜べなかった。


(まるで家族との縁を断ち切られたようだ)


 同じ王宮内とはいえ、これまで使っていた控室ではない。

 自分一人が家族と切り離されたようで、どこか寂しさを感じる。

 今のアイザックには、この程度の事でも、とても悲しく感じてしまうようになっていた。

 そこにパメラとリサが、仲良く話しながら訪れる。


(そうだ、俺には俺の家族がいる。新しい家族を作るんだ)


 二人は王族として扱われる。

 今までの家族と一線を引く存在となった。

 共に手を携え、寂しくないよう子供をいっぱいつくろうと、アイザックは考えた。


「なにか楽しい事があったのかい?」

「ええ、パメラと一緒にお風呂に入ってわかった事があって」

「もう、リサ。恥ずかしいからやめてくださる?」


(なんだろう?)


 パメラの裸は、アイザックも見ている。

 だから、スタイルがいいなどではないだろう。

 アイザックが不思議そうにしていると、リサが答える。


「パメラさんの髪が濡れている時はストレートだったけど、タオルで拭いていくうちに今のような巻き髪に戻っていくのよ!」

「あぁ、そういう話は聞いていたけど、直接見た事はなかったな」


 アイザックは、パメラの髪をまじまじと見る。

 くせ毛の友達もいたが、彼女の髪はただのくせ毛というには、あまりにも個性的な髪型である。

 パーマもかけずに維持できるはずのない髪型なだけに、ドリルヘアーに戻っていくところは不思議な光景だろう。


「私も見てみたいな。今度一緒に風呂に入ろうか?」

「エッチな人ですわね……」


 アイザックの言葉に、パメラは頬を赤らめて、プイッとそっぽを向く。


「ベッドの中では、もう数え切れないほど裸を見ているのに……」

「それはそれ、これはこれです。体を洗うところを見られるなんて恥ずかしいではありませんか」

「わかった、わかった。髪を濡らしたところを見せてくれるだけでいいから」

「そのように興味を持って見られるのが恥ずかしいのです!」

「すべてを見通す目を持つと言われているのに、乙女心はわからない人なところは変わらないですね」

「おい、リサが始めた話題だろう」


 恥ずかしがるパメラにリサが味方し、アイザックは裏切られる形となった。

 それを見かねたマットが、助け舟を出そうと動く。


「私は毎日のように夫婦で体を洗い合ってます!」


 突然の告白に、パメラ達は固まっていたが、アイザックは笑いを噴き出した。


「マット、それは言っちゃダメなやつな」


 笑いを堪えようとするが、しゃっくりのように定期的に声が漏れだしてしまう。

 そんなアイザックの姿を見て、マットは優しい目をしていた。


「今日は陛下の晴れの舞台。少しでも笑顔を取り戻せたのならば、臣にとって光栄の極みでございます」


 その言葉で、リラックスさせようと気を使ってくれたのだとわかった。

 アイザックは立ち上がって、マットの前に立つ。


「いつも気遣ってくれて助かる。でも、今のような話題はしなくていい。あとで私まで怒られてしまいそうだからな」

「はっ、以後は気を付けます」


 アイザックは、ポンポンとマットの肩を叩いて席に戻る。


(あのマットが、ジャネットと毎晩体の洗いっこ?)


 笑ってはいけないとわかってはいるが、自然と頬が緩んでしまう。

 マットの身を張ったネタにより、貴族達の前に出る前に、アイザックはリラックスができた。

 それはニコルが死んで以来、初めての笑顔だった。

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― 新着の感想 ―
リサは高望みしすぎて行き遅れて後は脂ぎったおっさんの後添えしか無い婚活戦線負け組確定だったのが 一挙にトップ中のトップの勝ち組に大逆転ですね カクレキャラとしてのアイザックの婚約者でしたが お婆様が画…
[良い点] まさかの形状記憶ドリル! さて即位もしたしいよいよリサねーちんともキャッキャウフフしてもいいんじゃないかな(チラッ
[気になる点] ここから十九歳じゃありませんか?
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