527 十八歳 ニコルの最期。そして……
アイザックにとって、処刑は楽しいものではなかった。
見栄を張ろうと歯を食いしばっている者や、諦めた者ならまだいい。
だが、最後まで生き残ろうとあがく者や、最後の瞬間まで命乞いをする者は見ていて心苦しいものを感じていた。
彼らは処刑されて然るべき者達である。
しかし、そうなる元凶はアイザックにあった。
元々、アイザックがパメラを手に入れるために行動した結果だった。
安定した家庭のために王位も必要となり、エリアスやジェイソンから王位を奪う事にしたのだ。
もちろん、彼らにも落ち度はあった。
しかし、だからといって、アイザックが何も感じないわけではない。
多少なりとも「自分のせいで彼らは死ぬ事になった」と責任を感じている。
それ故に、アイザックは彼らの死を喜びはしなかった。
「エリアス陛下を返せー!」
「王室への恩義を忘れたかー!」
「この恥晒し共が!」
「死ねば犯した罪を許されると思うなよ!」
民衆から死刑囚に罵声が浴びせかけられる。
それだけ彼らがエリアスを慕っていたという事だ、
ウォリック侯爵だけは、その姿を面白くなさそうな表情で見ていた。
一人、また一人と首を刎ねられていく。
気持ちのいい光景ではないため、アイザックは集中を欠いていた。
(切り落としやすいように首枷はあるものの、斧で切り落とすのは難しそうだな。それならギロチンを作ったほうがいいかな? ……いや、でも公開処刑を繰り返さないといけなくなった時点で国家運営は失敗だ。そもそも裏切ろうと思わせない事が重要だからな)
処刑に集中するのではなく、違う事を考え始めていた。
黙って死ぬのならばともかく、助命を乞い、泣き叫ぶ。
そのような光景を真剣に見続けるのは大変だったからだ。
ただランドルフやセオドアといった次期当主となる者達は、精一杯気力を振り絞って彼らの最後を見届けていた。
当主の資格なしなどと陰口を言わせぬため、隙を見せないようにしていた。
第一陣の処刑が終わった頃合いを見計らってか、次の護送車が到着する。
処刑台の前に立った時の反応は人それぞれだったが、断頭台に押さえつけられたら同じ。
――目前に迫った死を恐れて泣き喚く。
同じ光景を何度も見せつけられて、アイザックは食傷気味になっていた。
だが、民衆は違った。
彼らは飽きる事なく、盛り上がっている。
そんな彼らを見て、アイザックは危険を覚えていた。
(貴族への不満を、ここぞとばかりに発散しているとしたら……。フランス革命なんてごめんだ。しかも俺はリード王家の血が薄いという事もある。『リード王家の者じゃなくても王になれるなら俺も!』と思う者が現れるかもしれない。国政は信用できる者、特に汚職をしない者を抜擢する必要があるな)
貴族よりも平民のほうが数は多い。
それに、兵士は平民ばかり。
圧政を敷けば、彼らの恨みは貴族のみならず王にも向けられる。
エリアスのように、民衆の人気を得ておかねばならないだろう。
だが、平民に媚びていると思われれば貴族に舐められる。
今まで以上にバランス感覚が必要となるはずだ。
難しいが、やり遂げねばならない。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
思考にふけっていたアイザックを現実に戻す、耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
罪人が暴れたせいで首を切り落とすのに失敗したのだろう。
後頭部がパックリと開いていた。
処刑人は、このような状況に慣れているのだろう。
慌てて首を切り落とそうとはせず、叫び疲れて動きが鈍くなるまで待ってから斧を振り落とした。
この光景を見て、アイザックは自分の判断が正しかったと確認する。
(パメラ達を連れてこなくてよかった。妊娠中のパメラには絶対見せられない光景だったしな。俺だってできれば見たくないし……)
アイザックでも吐き気をもよおす光景だ。
箱入り娘の貴族令嬢達では耐えられないだろう。
彼女達のため、処刑は限られた人間だけで見届けようと言ったのだ。
そして何よりも――
ニコルが処刑される時に、パメラが笑顔を見せるような事があれば、自分がどう思ってしまうのか?
――という心配があったからだ。
万が一にも人の死を喜ぶような人であってほしくない。
例え、それが憎む相手であってもだ。
これはアイザックのわがままだ。
パメラも人間である以上、負の感情を持ち合わせている事はわかっている。
だがそれでも、まだ新婚である。
まだしばらくは、彼女の良いところだけを見ていたかった。
「おおっ、きたぞ!」
その言葉はアイザックの耳にも届いた。
声の方角に視線を向ける。
ついに本日の主役の登場だった。
広場は民衆のざわめきで騒然としていたが、彼女が通る時は静まっていた。
その理由が、アイザックには理解できなかった。
だが、セオドアの呟きによって理解する事になる。
「なんと美しい……」
どうやら、少しやつれたニコルの姿が儚げに見えて、薄幸の美少女のように見えているようだ。
彼女が好みではないアイザックでも、その姿には少し心を動かされるものがある。
ニコルが美少女に見えている者にとっては、息を呑むほどの美しさなのかもしれない。
アイザックは「あとで義母のアリスにチクってやろうか?」という考えが浮かんだが、セオドアに特別恨みがあるわけではないのでやめた。
皆の視線がニコルに向けられている。
そんな中、アイザックの背後に近付く足音が聞こえた。
護衛の騎士が耳打ちする。
「失礼致します。ランカスター伯とハリファックス子爵、ダニエル様とアンディ様から、共にチャールズの最後を確認したいという申し出がございましたがいかが致しますか?」
「ランカスター伯達が? ……あぁ、チャールズとマイケルの最後を近くで見届けたいのか」
アイザックは、ニコルの背後に続く護送車を見る。
彼らは特別な大罪人であるため、一人ずつ乗せられている。
ニコルに注目が集まっているせいで、二人は無視されていた。
だが他の者達とは違い、被害者側は彼らの存在を忘れていなかったらしい。
「いいだろう。彼らも関係者だ。拒む理由もない」
「かしこまりました」
騎士はすぐさまランカスター伯爵達に知らせにいく。
すると、すぐに彼らは近付いてきた。
「お許しいただきありがとうございます」
「いえ、こちらも被害者側として呼ぶべきでしたが……。辛い事になるかもしれませんよ?」
「それは我らも覚悟の上です」
――辛い事。
それは、チャールズとマイケルの反応を確認するという事だった。
ニコルの処刑前と処刑後の様子を見て、本当にニコルに魅了の力があるのかを確認する予定である。
だからこそ、見届け人は最小限にしていたのだ。
――助けられたかもしれないジェイソン達を、アイザックが殺してしまった。
そう思われるのを避けたかったからだ。
ではなぜ確認するのかというと、アイザックがアルタ会談でニコルをすべての元凶としてしまったからだ。
責任を押し付けてしまった以上、確認したいと思う者も出てくる。
この場にいる者は公開処刑の見届け人というだけではなく、ニコルの影響があったのかを見届ける代表者でもあったのだ。
「ではどうぞ。チャールズとマイケルもすぐに連れてきますので」
「ありがとうございます」
ランカスター伯爵達は、アイザック達の背後に並んで立つ。
ランドルフがアンディに「大丈夫か?」などと声をかける。
彼らが雑談していると、チャールズとマイケルが護送車から降ろされ、兵士に連行されてくる。
二人の行き先が処刑台ではない事に気付いたニコルは、アイザックの姿を見つけた。
「アイザーーーック! 助けて!」
「王妃殿下! なぜあのような男に助けを求めるのですか!」
「私を頼ってください!」
「兵士を振りほどけない人に頼れないでしょ! ねぇ、アイザック! 助けてくれたら結婚してあげるからー!」
助けを求めるニコルと、それを非難するチャールズとマイケル。
だが、ニコルの目にはアイザックしか入っていなかった。
この状況で激しく緊張していたのは、ランドルフとセオドアだった。
アイザックもニコルの影響を受けている可能性がある。
ニコルにたぶらかされないよう、アイザックを止めるのが彼らの役目だったのだ。
だから、モーガンやウィンザー侯爵の代わりに出席していたというのもあった。
しかし、彼らの心配は無用のもの。
アイザックはニコルに一瞥をくれるだけで返事もしなかった。
むしろ、目前に連行されたチャールズとマイケルに意識は向けられていた。
「反省の時間は十分ではなかったようだね」
「なにが反省だ! この裏切り者!」
「陛下を裏切るなど恥知らずが!」
二人は反省をするどころか、幽閉されてもなお殺意をアイザックに向けるだけの元気があった。
彼らも少しやつれてはいるが、狂気を帯びて爛々と光輝かせる目には恐怖すら覚えさせられる。
鍛えられた兵士が二人がかりで必死に抑えねばならぬほどの死力を尽くして、アイザックに襲い掛かろうとしている。
「私にとっての陛下は、エリアス陛下ただ一人。簒奪者などに忠誠など持っていない! 従っているように見せたのは、エリアス陛下をお助けするためだ!」
「獅子身中の虫とはお前の事だな!」
「奸賊め! 貴様のような男を一時的にでも友と思った事が人生の恥だ!」
「それはそっくり返させてもらおう。ところでいいのかな? ネトルホールズ女男爵が処刑台を登っているぞ」
「なにっ!」
いまだアイザックに助けを求めているニコルが、兵士に脇を抱えられて処刑台の上へ運ばれている。
その姿を見て、二人は必死に助けに向かおうとする。
だが、後ろ手に縛られているのと、兵士にしっかりと腕を組まれているので抜け出せはしなかった。
「いやぁぁぁ、待って! ちょっと待って! こんなの聞いてない!」
断頭台に固定されている間も、ニコルは暴れ続けていた。
身体能力が高いという事もあり、彼女には力自慢の騎士が四人がかりで抑えている。
だがそれでも、腕を跳ね除けられそうになるほど、彼女も必死だった。
「待て、私を殺す代わりに王妃殿下は助けてくれ!」
「私の命も差し出してもかまわない! 王妃殿下はこんなところで死んでいいお方ではないのだ!」
「もうお前達の命には何の価値もない」
首枷に固定されたあと、静かになる貴族もいたが、彼女は諦めなかった。
「アイザックを攻略しなかったら、こんな終わりになるなんて知らなかったの! 結婚してあげるから、ねぇ私の事好きなんでしょ!」
(攻略? 遊び感覚で男をたぶらかしていたのか? まったく、ろくでもない女だったよ。でもありがとう。おかげで俺は皆に望まれる形で王になれたんだからな)
斧が振り上げられ――
「いやーーー、助けて! お父さーん! お母さーん!」
――そして振り下ろされる。
「お兄ちゃー――」
ニコルの首は一撃で切り落とされ、首桶に転げ落ちる。
その光景を見て、アイザックは心が軽くなったような気がした。
頭がスッキリとした気分になる。
「そんな……」
「あ、あ……」
チャールズとマイケルが崩れ落ちる。
それがニコルが死んだショックによるものか、影響から解放されたものかを確認する作業を行わねばならなかった。
(……あれ?)
一仕事を終えて軽くなったと思っていたが、アイザックはとてつもない重い問題が発生したように思えてしかたなかった。
今年はこれで最後の投稿となります。
皆様、よいお年をお迎えください。
明けましたらおめでとうございます!
次回は7日以降になると思います。







