521 十八歳 王族会議
葬儀まで間もなくというある日。
王位継承権を持つ者を集めての会議が開かれた。
リード王国からは、アイザックとウィルメンテ侯爵。
ファーティル王国からは、ヘクターとロレッタ。
もちろん、この四人だけではない。
他国からも集まっていた。
他にも王族はいるが、四代前の国王の孫などで高齢者ばかりであり、積極的に王になろうとはしなかった。
これは最有力候補がアイザックだという話を聞いていたためでもあり、年齢や血縁関係を考えればヘクターが次点だと思っていたからでもあった。
自分の出番がないのならば、無駄に波風を立てる必要はない。
エリアス達の死を悲しむ姿を見せながら状況を見て、自国に有利な条件を引き出すだけにしようと決めていた。
だが、みんながみんなというわけではない。
――サンドラ・ベッドフォードと、彼女の息子であるテリーとアクセルだ。
この三人は違った。
サンドラはエリアスの叔母の娘にあたる。
リード王国の北東、ウィンザー侯爵領と接するコロッサス王国の貴族に嫁いだため、規定により彼女本人は継承権を喪失している。
「外孫とはいえ、息子はれっきとした王族の一員です。そもそもヘクター陛下もおられるというのに、なぜリード王家の者以外を王にしなければならないのですか」
だが、王族の孫にあたるテリーとアクセルには、優先順位こそ低いものの継承権を与えられていた。
そのため、サンドラは息子の権利を主張していた。
「レディ・ベッドフォード。それは先ほどご説明させていただきましたように、エリアス陛下が望まれていた事なのです。そして、リード王国の貴族もエンフィールド公の即位を望んでおります。ここは抑えて、納得していただけないでしょうか?」
エリアスの言葉を話すために呼び出されていたレーマン伯爵は、サンドラをなだめようとする。
しかし、効果はなかった。
サンドラは、目を吊り上げて感情を爆発させる。
「レーマン伯! 私とは知らぬ仲ではないでしょう! なのになぜエンフィールド公の味方をするのです!」
「国の命運を左右する問題なのです。個人的な感情で行動などできません」
必死に取り繕うレーマン伯爵を、アイザックは冷ややかな目で見つめていた。
エリアスの従姉妹なのだから、エリアス繋がりでレーマン伯爵とも面識があって当然である。
彼なら彼女を説得してくれると信じていたのだが、その関係のせいで逆にやり辛くなっているようだった。
「我が子では不足だというのですか! まだ若く、国を担う重責にも耐えられます!」
「確かにベッドフォード侯のお噂はかねがね承っております。ですが、エンフィールド公の実績とは比べるまでもなく……」
「それが不足だと言っているも同然だというのです! 確かに実績という点では及ばないでしょうが、それはまだ若いからです!」
「エンフィールド公は、五歳の頃からその名を轟かせておられましたが……」
「それは例外でしょう!」
「あれは例外」などと言い出せばキリがないのだが、サンドラは諦めなかった。
レーマン伯爵はどうすればいいのかわかず困っていたが、アイザックは呑気なものだった。
(気の強そうな人だな。よかった、結婚したのがパメラとリサで)
サンドラは、夫を早くに亡くしていた。
そのため「再婚相手にアイザックはどうだろうか?」という話も以前にあった。
とはいえ年も離れているという事もあり、その話は軽い雑談程度に終わった。
もしもロレッタがいなければ、エリアスはなんとかして彼女をアイザックと再婚させようとしていたかもしれない。
サンドラと結婚していれば、尻に敷かれていただろうという事は想像に難くない。
だが、いつまでも見ているわけにはいかない。
この場には、王族が集まっている。
彼らに自分が王にふさわしい姿を見せねばならなかった。
「レディ・ベッドフォード。あなたの言うように、ベッドフォード侯と弟のアクセル殿にも王位継承権がある。だから、ご子息に継がせたいという気持ちもわかるつもりです」
アイザックが示した事で、サンドラは少し勝ち誇ったような顔をした。
「ですが、リード王国の一貴族として、現段階ではご子息が即位するのを許容できないという事はお伝えしておきましょう」
「失礼な! 今までに会った事もないのに、なぜそのような事が言えるのですか!」
だが、すぐに怒りで顔を歪ませる。
アイザックには怒らせる意図はなかったが、そう言うしか言葉が思いつかなかった。
「面識がなかったからこそ、わかる事もあるのですよ」
アイザックは落ち着いた声で答える。
彼女との対比で、より大物に見えるようにと。
「ベッドフォード侯とアクセル殿とは、名乗り合った時に軽く話しただけ。あとはレディ・ベッドフォードが話すばかり。二人とも自分の意見を話していません。本人が即位する意思があるのかすらわかりません。そのようなお方を王として戴きたいと思う者がいるでしょうか?」
「当然、即位する覚悟ができているに決まっているでしょう! 二人とも――」
「――そういうところがダメだと言っているのです!」
アイザックは、サンドラの言葉を遮る。
「なにもかもレディ・ベッドフォードが話を進めようとする。本人の意思がわからないと言われたのだから、本人に応えさせればいいでしょう。母親の言いなりで、口出しもできない者を誰が王と認めるのですか?」
「それは――」
「――今はいいでしょう。ですが、あなたが亡くなった時、彼らによからぬ事を吹き込む者が現れたらどうするのですか? 彼らが第二、第三のジェイソンになるかもしれません。同じ悲劇を繰り返さないためにも、次期国王候補は慎重に選ばねばならないのです。私の体に流れるリード王家の血が薄かろうが、王位を譲る気はありません」
そしてアイザックは、きっぱりと言い放った。
これもすべてはリード王国のため。
(これ以上、無茶振りをされてたまるかよ! これからは俺がやる番だ!)
――そして何よりも自分自身のためである。
頼れる男なら場合によっては譲るという選択もあっただろう。
だが、テリーとアクセルの二人はダメだ。
気弱な王をアイザックが利用する事もできるだろうが、他の誰かに利用される可能性の方が高い。
母の勢いに気圧されて発言できないような男に王位を譲るわけにはいかなかった。
「ウィルメンテ侯、あなたからも何か言ってください! あなたも王位継承権を持つ身。この状況を黙って見過ごすおつもりですか!」
サンドラは、ウィルメンテ侯爵を議論に引っ張り出そうとする。
レーマン伯爵と顔見知りという事は、当然ウィルメンテ侯爵の事も知っているはず。
味方につけようというのだろう。
「私では貴族達がついてこない。それにエンフィールド公が最も適任だと思っている。ヘクター陛下が即位の意思をお持ちでない以上、エンフィールド公に即位していただくのがリード王国のためになるだろう」
「息子達ではダメだというのですか!」
「利発な若者だという噂は聞いている。だが、ジェイソンも聡明な王太子と言われていた。どんな人物かわからぬ者を、王に戴くわけにはいかない。その点、エンフィールド公の人となりは皆が知っている。安心して国を任せられるお方だ」
ウィルメンテ侯爵の言葉を、サンドラは鼻で笑う。
「変わったようね。昔のあなたなら、自分が王になろうとしていたのに。息子が反逆者になったから丸くなったのかしら」
(ここだっ!)
サンドラの嫌みを、アイザックはチャンスと捉えた。
ここでウィルメンテ侯爵を庇えば、彼の心は掴んだも同然。
それにこの場にいる者達に、アイザックの王としての姿勢を見せられる事にもなる。
「母上、それはウィルメンテ侯に失礼でしょう」
だが、テリーに先を越されてしまう。
今まで黙っていた彼が、ついに行動を起こす。
「息子が反逆者となったのです。慙愧の念に堪えないのは当然の事。その態度を非難するのは礼を失するものです。おやめください。ベッドフォード侯爵家の恥となる行為です」
「それは……、ウィルメンテ侯。過去に交流があったとはいえ、あまりに失礼な事を言ってしまいましたようですわ。申し訳ございません」
「今回は特殊な状況だ。その謝罪を受けよう」
テリーの指摘を受け、サンドラは素直に謝った。
ウィルメンテ侯爵も、冷静でいられなかったのも無理はないと謝罪を受け入れる。
このやり取りを、アイザックは冷ややかな目で見ていた。
(……安い茶番だな)
――口うるさい元王女の母親を一言で黙らせる。
それで貫録を見せつけようとしているのかもしれない。
これまで黙っていたのも、サンドラの気の強さを利用するためだろう。
なぜなら、この場にいる王族ならば、彼女の性格を知っているはずだからだ。
安っぽい陳腐な方法だ。
だが陳腐化するという事は、それが有効であり、多くの場面で使われる手段だという事でもある。
この場にいる者の中には「気の強いサンドラを一言で黙らせるとは」と思っている者もいるかもしれない。
アイザックも、テリーも、ほとんどの者が噂でしか知らない。
だからこそ、実像を大きく見せて、皆が納得する姿を見せねばならなかった。
(『リード王国の問題だから、リード王国の人間が決める』と押し切っても、周辺国との関係が悪化しては意味がない。王族だけあって、嫁ぎ先は有力者の家だからな。アイザックはダメだとか吹き込まれたら困る)
その上で、サンドラ達に不快感を与えないようにも配慮する必要がある。
難しいが、それだけにやり遂げた時には大きな結果となる。
ここまできたのなら、やるしかなかった。
「緊急事態です!」
アイザックが仕掛けようとしたところで、マットが勢いよく扉を開ける。
「なにがあった?」
アイザックも「無礼者! 王族の前だぞ」などとは言わない。
マットも最低限の礼儀作法は学んでいる。
わかっていて、あえてノックの手間すら省いたのだ。
よほどの事件が起きたのだろう。
「エンフィールド公は、家臣のしつけもできていないとお見受けする」
アクセルがフフッと笑う。
どことなく、ジェイソンが笑った時のような面影があった。
だが、マットは彼の言葉を無視し、報告を優先させる。
「王都上空でドラゴンが旋回している姿が確認されました。万が一に備えて避難の用意をお願いいたします」
「ドラゴンだって?」
時期的に、ドラゴンセレクションが開催されている頃である。
――もしもドラゴンが「ドワーフが作ったものだけで満足する必要はない」と考えていたら?
アイザックは嫌な予感がした。
「王宮は目立ちます。ドラゴンに興味を持たれたら危険です。すぐに王宮から離れましょう」
「おや、この近衛騎士が――王宮魔術師がいるのでは? それとも、エンフィールド公は王宮を守る事もできないのですか?」
テリーが、ここぞとばかりに仕掛けてきた。
アイザックは「やられた」とは思わず「知らないって幸せだな」と思った。
「私の知る限り、ドラゴンは人間の手で対処できるものではありません。何百というエルフがいても手こずる相手です。王宮はしょせん建物ですが、この場にいる人命は代えられません。どうか――」
異変を感じて、アイザックの言葉は途中で止まった。
他の者達も、窓が震えている事に気付く。
やがて振動は大きくなり、一瞬外が暗くなる。
そして、地震が起きた時のように建物が震えた。
「なんだ!」
「何が起きた!」
部屋の中で騒ぎが起きる。
窓の外を見たサンドラが叫ぶ。
「なによあれは!」
アイザックにも、その姿は目に入っていた。
――王宮よりも大きいのではないかと錯覚する巨体。
ドラゴンが王宮の中庭に舞い降りていたからだ。







