511 十八歳 歓迎会
アマンダは、アイザックとの夕食を楽しみにしていた。
もちろん、アイザックが既婚者である事は忘れてはいない。
だがそれでも、心が浮き立ってしまうのは止められない。
窓に映る自分の姿を見て、手櫛で髪を整えようとする。
それを侍女が止めた。
せっかく整えた髪を手櫛で乱すような事はさせられないからだ。
その事に気付き、アマンダも手を膝の上に置く。
それでも、ジッとしていられない。
膝の上でモジモジとする。
自分でも浮かれ具合を理解していた。
ウェルロッド侯爵家の屋敷に着くと、胸の高鳴りを自覚するようになる。
馬車の扉が開き、手を差し伸べてくれているアイザックの姿を見た時、彼女は自覚した。
――やはり、この人のそばにいたいと。
「お久しぶりです、アマンダさん。戦場に出たと聞いて心配していましたよ」
「うん、いえ、はい。領民の危機と聞いて、ジッとしていられなかったので。本日はお招きいただきありがとうございます。エンフィールド公もお元気そうで何よりです」
アマンダは学生時代の言葉で答えそうになるが、なんとか立ち直る。
アイザックは、呆れた表情を見せた。
「まったく、戦場に出るなど危ないですよ。戦場で美しい女性が捕まったら、どんな酷い目に遭うか……。もっと自分を大事にしないといけませんよ。初陣で無茶をするなど……」
「主だった者は父と出陣しましたが、引退した武官が揃っていました。彼らの助言があったから戦えたのです。エンフィールド公の初陣ほど無茶はしておりませんよ」
アイザックに「美しい女性」と言われたが、アマンダはクスクスと笑って流した。
以前なら、その一言で舞い上がっていただろう。
だが、今のアイザックは既婚者だ。
その言葉がお世辞だとわかっているので、昔ほど言葉通りには受け取れなかった。
アマンダは、少し大人になった事を自覚する。
「さぁ、中へどうぞ。みんなが待ってます」
「そうですね」
――みんな。
おそらく、パメラやリサだろう。
その事は、アマンダにもわかった。
二人で食事ができるかもと少しは期待していたが、それはまず無理だとわかっていたので驚きはしなかった。
だが、扉が開かれ、中で待っていた者達を見て驚いた。
「アマンダさん、大丈夫だった?」
「まったくもう。少し離れている間にとんでもない無茶をするんだから」
「私達も心配していたのよ」
――ティファニー、ジャネット、モニカ。
アマンダの同級生であり、親しい友人達が待ち構えていたからだ。
「みんな!」
アマンダは彼女達との再会を素直に喜んだ。
「彼女達も王都に着いたばかりですが、アマンダさんの無事を祝うためにきてくれないかと誘っていたんです。とはいえ、同級生を全員呼んでも疲れるでしょう? 私の知る範囲で、比較的接触が多かった者に声をかけました」
「だから、ジュディスさんもいるんですね」
ジュディスは、ティファニーやジャネットと比べれば友人と呼ぶには微妙な関係だ。
しかし、接触する機会は多かった。
――主にアイザックを奪い合おうとしている時に。
友人というよりは、ライバルといった方が近い関係だろう。
あまり良好な関係とは言えない。
(もしかして『王になるから、国内の安定のために結婚してほしい』とか? ……まぁ、ないよね)
そのため、彼女を呼んだ理由を勘繰ってしまう。
アイザックが王になるという事は、すでに父から聞いている。
「王国内の結束を固めるための結婚はあり得る」と言っていたが、アマンダはそう思っていなかった。
それは彼女が、アイザックを高く評価していたからである。
好きだからこそ「アイザックなら政略結婚なんてしなくても国を治められる」と思っていた。
アイザックの力を信じているからこそ、政略結婚の可能性はない。
こういう時、もう少し頼りない男であってくれた方がよかったと考えてしまう。
アイザックが頼りなければ、政略結婚の口実も作れただろうに。
だが、今はそんな事を考えている暇はない。
ホスト側の家族に挨拶をしなくてはならないからだ。
友人達との再会もほどほどに切り上げる。
「ウェルロッド侯、お久しぶりです。本日はお招きいただきありがとうございます」
「元気そうで何よりだ。ブランダー伯爵家からの攻撃を退けたと聞いた時は、私も驚いた。詳しい話を聞きたかったが、それはまた後日としよう。今日は私達の事を気にせずゆっくりしていくといい。こちらはこちらでよろしくやっておく」
モーガンは、隣にいるランカスター伯爵一家に視線を向ける。
親や祖父母世代は、そちらで楽しんでおくという意味だ。
アマンダが気兼ねなく楽しめるようにとの配慮だった。
ただ、目論見が外れたランカスター伯爵は、内心ガッカリしていた。
アマンダは、他の者達にも挨拶をしていく。
パメラの番になった時、アマンダは彼女のお腹の膨らみに気付いた。
食べ過ぎて太ったというには、太り方がおかしい。
「パメラさん、もしかして……」
「はい、妊娠しています」
パメラは、少し申し訳なさそうに答えた。
アマンダがアイザックの事を好きだったのは周知の事実。
横から奪ってしまった形になった事を、パメラも何も感じていないわけではなかった。
「おめでとうございます! パメラさんとエンフィールド公の子供なら、きっと立派な大人になるでしょうね!」
だが、アマンダは気にしていない。
満面の笑みを浮かべて祝った。
その笑顔に含むものはなかった。
純粋にめでたいと、祝う気持ちだけだった。
「ありがとうございます。多くは望んでいません。ただ、元気に生まれてきてくれればと思っています」
パメラは、アマンダの性格をよく知っていた。
彼女が本心から祝ってくれているとわかり、パメラも笑顔で返した。
すでに子供もできており、幸せな家庭に割って入る気にはなれない。
アマンダは、アイザックの事を吹っ切れた気分になっていた。
「次はリサさんの番ですね。上手くいく事を願っています」
「ありがとうございます。先にパメラさんが懐妊してくださったので、焦らずに頑張ります」
「世継ぎは多い方がいいのですから、そのような心構えでは困りますよ」
呑気な返答をするリサに、マーガレットが釘を刺す。
ルシアが「お義母様、今日のところは」と止めに入る。
「それはリサだけではなく、私にも関係ある事です。それに子供は神からの授かりものですので、頑張ればできるというものではないでしょう」
「頑張らないよりは――いえ、今日はやめるべきですね。主役はアマンダさんなのですから。口うるさい大人は退散するとしましょう」
アイザックもフォローに入る。
それでもマーガレットは説教を続けてしまいそうになるが、ルシアの言葉を思い出して我慢した。
その分、あとでのお説教が怖いリサの表情はこわばっていた。
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同級生の他には、リサとブリジット、マットとポールが顔を出していた。
肩書きなど関係のない気楽な雰囲気にはなっていたが、女性陣はともかく、男性陣には肩身の狭い雰囲気になっていた。
「そっかー、ポールくんがフレッドを討ち取ったんだ」
「まぁ、そうですね。手強かったので捕えられませんでした。アマンダさんには申し訳ないのだけど……」
――アマンダの元婚約者を討ち取ってしまった。
ポールはアマンダに負い目を感じていた。
「いいのいいの。裏切り者を討ち取ったんでしょ? 手柄を立てたと胸を張っていればいいよ」
「えぇ……」
あっさりとした態度のアマンダに、ポールは戸惑っていた。
彼の疑問に答えるように、アマンダが話を続ける。
「周囲には気を遣ってくれる人もいるけどね。僕のほうはフレッドに思うところなんて何もないんだよ。当時は子供だったから仕方ないけどさ、僕を友達の一人くらいにしか思ってなかったんだよ? どうして今も執着していられるのさ」
どうやら、アイザックの事が吹っ切れて心だけではなく、口も軽くなっているようだ。
今まで公言してこなかった事を、ハッキリと言っている。
もちろん、これは本音である。
だが同時に「フレッドの事を思い続けていると思われては、今後の貴族社会で生きにくくなってしまう」という不安を払拭するため、彼とは縁を切ったと公言しておくためでもあった。
「フレッドの言うように、最強の騎士になる事しかなかったんなら仕方ない。女性に興味のない求道者のような人だったんだと許す事もできる。でもね、ネトルホールズ女男爵にあっさりなびいたでしょ? 結局、下半身に正直な、ただの男だったんじゃない! しかも、私はまったく興味を持てない魅力のない女だったって事だよね? そんな男に未練なんてないよ。だから、私の事は気にしないで」
「あぁ、うん……。これからは、同級生の中では強い方だったウィルメンテ将軍を討ち取れたと自慢する事にするよ」
まさかここまで強くフレッドの事を否定してくるとは思わなかったので、フレッドを殺したポールの方が困惑していた。
しかも、その言葉には戦場でも感じなかったほど強い威圧感が含まれている。
迫力という点では、フレッド以上のものを感じていた。
「ティファニーも、チャールズの事を吹っ切れたの? 今は捕まっているらしいから、一発殴ってやったらスッキリするかもね」
アマンダは、ジャブを打つ振りをしながらティファニーに話しかけた。
話を振られたティファニーは困ったような表情を見せる。
「ううん、殴るまでもないよ。私は殴ったりしないだけじゃなくて、何もしない。許すどころか、恨んだりもしない。もうチャールズに何もしない。それが私なりの復讐のつもりなの。だから、私ももうチャールズの事はどうでもいい。次へ進むつもりなの」
「そうそう、嫌な過去なんて忘れちゃいなよ」
ティファニーの隣に座っていたブリジットが、彼女の肩を抱き寄せて、頭をよしよしと撫でる。
「もう、やめてよ」と言いながらも、ティファニーも悪い気はしていないようだ。
「僕達も立ち止まってはいられない。次へ進まないとね」
(おっ、まじか!)
アマンダとジュディスをぶつけるまでもなく、アマンダは引いてくれるようだ。
この僥倖に、アイザックは卒業式以上に勢いのあるガッツポーズを取りそうになっていた。
「でも、僕達って男運がないからね。誰でもいいからって焦ったらダメだよね。ジャネットはマットさんと結婚してどうだった?」
「私かい? まぁそうだねぇ……。年上だからこそ、リードが上手いところもある。たぶん、ダミアンとでは経験できなかった事もあるね。でも完璧な人間っていうわけじゃないから、私を必要としてくれるのがわかって嬉しいねぇ」
アイザックは、マットを見る。
彼の見た目はクールな男だが、アイザックはズボラなところがあると知っている。
今も涼し気な顔をして座っているが、自宅に戻ればだらしなさそうだ。
きっとジャネットは、世話のし甲斐があるだろうなという感想を持った。
「年上の人もありかなぁ」
「じゃあさ、ジュディスさんに占ってもらったら? 実は私もポールと幸せそうに暮らしてるって占ってもらってたから、勇気を出せたっていうのもあるしさ」
モニカが、ジュディスに占ってもらおうと言い出す。
アマンダも、ティファニーも男運がなかったので、今度は外れを引かないようにしたい。
占いに興味を持ち始める。
「実は……、水晶を持ってきてる……」
ジュディスも、何か思うところがあったのだろう。
準備がよかった。
なぜかアイザックは、不安を感じ始める。
「実は私も気になってたのよね。魔法を使わない力って不思議じゃない。私も見てみたい」
ブリジットも話に乗ってきた。
彼女が関わるとロクな事になりそうにないので、アイザックはクロードを呼ばなかった自分を恨む。
「私は……、遠慮しておきます。良い未来でも、知ってしまうと誤った方向に向かってしまうかもしれませんから。ですが、これは自分がどう対処できるかの問題です。皆さんがご覧になる事を否定は致しません」
パメラは占ってもらうのを遠慮するようだ。
その意見は、アイザックと同じようなもの。
子供が無事に生まれるかなど気になるだろうが、気にしてしまったせいでお腹をぶつけたりするかもしれない。
そうなってしまっては本末転倒である。
彼女は彼女で、占いに頼らず前に進みたいらしい。
ジュディスも、彼女の考えを否定しなかった。
「もし、私が……、陛下の事を言わなければ……」
ジュディスは食事中に話の流れで、家族を占った時の事を話していた。
その時、見たのはアイザックが王になる姿。
だが、その占いはジュディスが危惧したものではなかった。
――実際はエリアスを救うためにジェイソンと対峙し、王を失ったリード王国のためにアイザックが王になるというものだったからだ。
アイザックが内戦を主導したわけではなかったのだ。
占いの結果がわかっても、それがどのような状況でそうなったのかまではわからない。
占いの結果をアイザックに話していなければどうなっていたか。
もしかしたら、エリアス達は生きていたかもしれない。
そう思うと、占わない方がいいのではないかと思えてくる。
「ジュディスさん、あなたが占ったからではないですよ。陛下を救えなかったのは私の力不足だったのです。あなたが気に病む事はありません」
アイザックは、ジュディスを庇った。
本当に彼女は悪くないからだ。
「じゃあ、僕からお願いしようかな。強そうな人だったらいいなー」
雰囲気を変えようと、アマンダが明るい声で占いをしてほしいとねだる。
「結果までは……、保証できないけど……」
ジュディスは侍女に持ってきてもらった水晶を覗きこむ。
占ってもらわなくていいと言ったパメラも、水晶に何が映るのか気になって見つめる。
「嘘っ!」
結果を見たジュディスがのけ反る。
「えっ、なになに!? 怖いんだけれども!?」
その反応を見て、ロクでもない結果が出たのかとアマンダが怯える。
だが、ジュディスは違った。
彼女は驚いたものの、その目には希望が見えていた。
「ブリジットさん……、占わせて」
「ええ、いいけど……。あの子の結果は?」
「いいから」
いつになく強引なジュディスに違和感を覚えながらも、ブリジットは大人しく占われる。
次にティファニーも強引に占われた。
どの結果も、同じだった。
そして、そこには自分の姿も映っていた。
ジュディスは、アイザックを見る。
(この結果を知られたら絶対にダメ! 未来が変わっちゃうかもしれないから!)
ジュディスは結果を知りたがるアマンダ達をなだめる。
「あなた達は新しい家族と一緒に……、食卓を囲んでいた……。だから、今は聞かないで……」
「でも……」
「気になるわよね」
「どういう事なの?」
だが、新しい家族と食卓を囲んでいたと説明されるだけでは気になってしまう。
説明を求めようとするが、ジュディスは頑なに説明しようとしない。
「教えてよー」と迫る女性陣を見ながら、アイザックは「みんな新しい家族と暮らしているんだったらいいか」と見守っていた。
2021年10月25日。
本日を持ちまして、宝島社様との出版契約を双方合意の上で解除となりました。
それに伴い、タイトルを旧題である「いいご身分だな。俺にくれよ。」に戻す事に致しました。
残念ながら一歩及ばず二巻は出せませんでしたが、数千人の方々にお買い上げいただけた事が励みとなりました。
書籍版とは違うものの、応援してくださった皆様に結末を見ていただこうという思いがあったおかげで、ここまで頑張ってこられました。
心よりお礼申し上げます。
本編も残りわずかですが、最後までお付き合いいただければと思います。
なお、次回はお休みします。
出版契約は解除となりましたが、著作権や翻訳権は作者であるnamaにあります。
小説家になろう様にて無料で公開されているからといって、著作権や翻訳権が放棄されているわけではありません。
無断での転載や翻訳は著作権侵害となるという事を勘違いしないでください。
このような事を書かなくてはならない事を非情に残念だと思います。
雖然已經解除了出版契約,但是著作權和翻譯權是回到了作者nama本人手上。
即使在成為小說家是屬於免費公開的作品,但不代表我放棄了著作權和翻譯權。
請一定要注意擅自轉載或翻譯這件事,是會侵犯著作權的。
我對於必須要寫這樣的事情感到非常遺憾。
The publishing contract has been canceled, but the copyright and translation rights belong to the author, nama.
Just because it is published free of charge by becoming a novelist does not mean that the copyright and translation rights have been waived.
Please do not misunderstand that reprinting or translating without permission is a copyright infringement.
I feel sorry for having to write something like this.







