460 十八歳 ファーティル王国からの出迎え
ウェルロッド到着から三日後。
ファーティル王国から、ロレッタ達の迎えが到着した。
ソーニクロフト侯爵家が、慌てて出したものである。
彼らもリード王国の現状を聞いて、渋い顔を見せていた。
「お呼びしたのは、殿下の安全を確保した上で帰国していただきたいからです。私達はファーティル王国と友好的な関係を継続していきたいと思っています。その証明として、事情を包み隠さず説明させていただきました」
「なるほど……。確かに、本当に攻めるおつもりならば知らせはしないでしょう。その言葉、信じさせていただきます」
モーガンの説明に納得したのは、クリストファーだった。
義理の叔父であるモーガンの言葉を、そのまま信じてくれた。
やはり、ファーティル王国を救った時の影響は大きいようだ。
「今まで殿下に肩身の狭い思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。今の私は外務大臣ではありませんが、リード王国を代表して心よりお詫び申し上げます」
「本来なら、そのお詫びを受け入れたと快く答えたいところですが……。私には何も言えません。その事は本当に残念だと思います」
「そのお答えは至極もっともなもの。悔やまれる必要はありません」
クリストファーが言葉通り、残念そうな表情を見せる。
しかし、これはモーガンの予想通りの答えだった。
彼は「お詫びを受け入れます」と答えるとは思っていない。
だが親族相手とはいえ、ニコラスも巻き込んでいる以上、詫びは言っておかねばならなかった。
言うと言わないとでは大違いだからだ。
「ロレッタ殿下は、私達が護衛して国元へ連れ帰ります。絶対とは約束できませんが……。我らがどのような動きを取るにせよ、時間はかかるでしょう。このような言い方はするべきではないでしょうが、思う存分戦ってください」
「心遣い感謝する」
クリストファーにも立場がある。
はっきりと「内戦が終わるまで動かない」とは断言できない。
ジェイソンに激怒したヘクターが「リード王国を攻める」と言い出す可能性もあった。
だから「絶対に攻めない」とは約束はできなかったのだ。
しかし、気休め程度とはいえ――
「ソーニクロフト侯爵家は、ファーティル王国の貴族として許される範囲で事態を静観する」
――と言ってくれたのはありがたいもの。
攻め込むにしても、準備に時間がかかるというのは本当だろう。
落ち着いてジェイソンに対応できる。
「クリストファーさん。ソーニクロフト侯爵家の次期当主として、その発言は適切なものではないとおわかりですか?」
同席していたロレッタが、クリストファーの発言をたしなめる。
彼の言葉が、あまりにもリード王国寄りのものだったからだ。
だが、クリストファーに悪びれる様子はない。
「さように仰せられましても、戦争の準備に時間がかかるというのは言うに及ばず、殿下のご無事を確認なさる前に陛下が動くはずがありません。その程度の事は、エンフィールド公が、とっくの昔に見破っているはずです。残念ながら、表面を取り繕っても無駄なのです」
「表面を取り繕うのも貴族として必要な事なのでは?」
「身内相手に自然体でいるのが不自然とは思いませんので。もちろん敵対した場合は戦いますが、今のところ争いを避けようとしてくださっていますし、こうして信頼しているという態度を見せるのも必要ではありませんか?」
「それはそうかもしれませんが……」
ロレッタとしても、アイザックを無条件で信じたい。
しかし、色々な事があり過ぎた。
それも、予想され得る最悪の事態を軽く超えていく事件ばかりである。
万が一を考え、警戒しておいてほしいという気持ちを持っていた。
「大丈夫ですよね? 叔父上?」
「こちらとしては一向に構わないが……。ロレッタ殿下の前だ。しばらくの間は取り繕っておくべきだったな」
モーガンは呆れた顔を見せていた。
だが、それは本心ではない。
クリストファーは、ファーティル王国から裏切りと見られないギリギリの範囲で、こちらの味方をしてくれようとしている。
ソーニクロフト侯爵家は、このような事態になってもウェルロッド侯爵家に好意的な感情を持ってくれているとわかったからだ。
しかし表向きは、その態度を否定しておかねばならないものだった。
「もう手遅れですね。ですけど、私だってこう見えても動揺しているんですよ。リード王国にも大きな混乱が起きているどころか、ロレッタ殿下達にも危険が迫っている。久々に会った親戚相手に深刻な顔を突き合わせる気分ではないのですよ」
「まぁ、その気持ちはわからんでもない。私も卒業式から数日は戸惑わずにはいられなかったからな」
二人の会話を聞いていたロレッタが軽くため息を吐く。
「それではご自由にお話しください。私も見知った顔を見て安心できました。皆も不安でしょうし、まずは日常の会話というのも悪くないでしょう」
そして、クリストファーの対応を追認した。
これは両家の友好を確認するという目的もあったが、少しだけ私欲も混じっていた。
――アイザックが親戚相手にどんな反応を見せるのか?
それが見たかったのだ。
「お気遣いありがとうございます」
クリストファーは、ロレッタに礼を言うと、アイザックに視線を向けた。
「アイザック、結婚おめでとう。私は出席できなかったけど、ニコラスは上手く代理を務めてくれたかな?」
「ええ、ニコラスはしっかりとした良い子でしたので安心してください。名産地ならではの格別な品をいただき、ありがとうございました」
「アイザックがどんな好みなのかが気になるね。あとで奥さんに会うのが楽しみだよ」
「普通ですよ。普通」
クリストファーは「親戚のおじさん」と言った態度で、アイザックに話しかけた。
アイザックも、おじさんに対する態度で接していた。
和気あいあいとした雰囲気が流れ始める。
「クリス、祝ってくれてありがとう。でも、いくらなんでも緊張感がなさ過ぎるぞ。そもそも、次期当主のお前がたった二百の護衛しか連れてこないなんて不用心だろう」
その流れに待ったをかけたのは、ランドルフだった。
彼は従兄弟の言葉より、行動に不満を持っていた。
実際はともかく、形の上ではファーティル王国へ攻め込もうという時である。
どこかの馬鹿が暴走して傷つけてしまう可能性だってあったのだ。
もう少し警戒しておいてほしいという心配から、彼を咎めていた。
「ランディ、そう責めるな。ニコラスやソフィアが無事かも確かめたかったしね」
「せめて息子の誰かを寄越すべきだったろう。もしも問題があった時、ソーニクロフト侯爵家は大混乱になっていたぞ」
「それはトムを自分の槍で討ち取るような奴には言われたくないな」
「あれは……、偶然だ」
「戦場で名が知られている相手に、槍が届く範囲に近付くのが偶然ねぇ」
クリストファーは、ニヤリと笑う。
ランドルフは相変わらず、からかいやすい男だ。
しかし、彼にも面子があるので、あまりからかうのもよろしくない。
適度なところで打ち切ろうと考える。
「こっちだって、この時期にリード王国の貴族を刺激しないように気を遣っているんだ。二百でも多いと思ったくらいだぞ。でも、ロレッタ殿下の護衛に数十程度じゃあ見栄えが悪い。今はもう平時じゃないんだ。大軍が列を成して、リード王国内を動くわけにはいかない。それはわかっているだろう?」
「それはそうだけど……。各地に連絡はしていたし」
「道中の街で応対してくれた代官達には『怒り狂ったファーティル兵に私が殺されるのでは?』という怯えた目で見られていたんだ。むしろ、多くの兵を連れてきた方が危なかったかもしれない。心配してくれるのはありがたいが、どうせ千や二千の兵では簡単に叩き潰されるという事も考慮してほしいね」
「そうかもしれないが、なんて極端な……」
渋りながらではあるが、ランドルフもクリストファーの意見に理解を示した。
大軍を引き連れていれば、リード王国内の貴族が警戒する。
その警戒が暴走を引き起こし、本当の戦争になってしまうかもしれない。
どうせ千程度の軍では叩き潰されるなら、護衛として最低限でも構わない。
クリストファーはランドルフの事を命知らず扱いをしていたが「本当の命知らずは彼の方だ」とランドルフは思わされていた。
「おびき出して捕らえられたり、殺されたりするとは思わなかったのか?」
「そっちにはアイザックがいるんだぞ。おびき寄せて捕らえるつもりだったら、もっとスマートな方法を取るだろう。それに私は良い領主だと思っている。謀殺したりすれば、ソーニクロフトの統治は難しいものになるぞ。様々な視点から考えれば、罠の可能性は極めて低いと思ったから安心して来る事ができたよ」
「そういう考え方もあるか……。確かにアイザックなら、仕掛ける時にはソーニクロフトが落ちているという状況になっていてもおかしくない」
「その変な信頼感はなくしてもらっていいですか?」
流れ弾が飛んできたので、アイザックが止めに入る。
(なんで俺がなんでもかんでもわかっている前提で考えるんだ)
頭がいいと思われている事に関しては素直に嬉しいが、方向性が嬉しくない。
そこは訂正しておきたかった。
「ニコラスからの手紙でしか知らないけど、ドラゴン相手に自信を持って交渉したとか普通ありえないからね。ドラゴンの考えがわかるんなら、人間の考えくらい余裕だろう?」
「そんな事ないですよ」
「またまたぁ」
クリストファーは声を出して笑った。
アイザックの謙遜が噓臭いと思ったからだ。
ひとしきり笑ったあと、彼は表情を引き締める。
「勝算はあると思っていいんだね?」
「ありますよ。勝てない戦はやりません」
アイザックも真面目な表情で答える。
すでにジェイソンは詰んでいる状態。
どこかの家が一つくらい裏切っても勝てるという自信はあった。
「ほら、やっぱり信頼できる」
しかし、彼の問いかけはひっかけだったらしい。
勝利の笑みを浮かべる。
そんな彼に、アイザックは呆れた。
「今、僕のクリストファーさんへの信頼が失われましたよ」
「手厳しいね」
クリストファーは笑って、アイザックのジト目を受け流し、またまた真剣な表情を見せる。
「ファーティル王国と戦争状態にならない限りは、最大限の支援をする。国外勢力の介入を避けたいようなので援軍は出さないが、食料支援などならできる範囲でさせてもらう。リード王国の混乱は、我が国にとっても死活問題だからね」
「ありがとうございます。ですが、短期決戦にて終わらせるつもりなので、支援が必要となる状況にはならないでしょう」
「心強いね。でも……、いやなんでもない。早期解決を応援している」
クリストファーが言い淀んだ言葉。
それは「上手く解決すればするほど、ヘクター陛下はロレッタ殿下との婚約を推してくるだろう」というものだった。
だが、その婚約はファーティル王国やソーニクロフト侯爵家にとって悪くないもの。
ロレッタもこの場にいるので、下手に忠告するような行動はするべきではないと口を閉ざしたのだ。
(エリアス陛下には子供が一人。その子供を廃嫡するとなれば、養子を取るという可能性もある。王弟殿下の子供を養子にするという可能性の方が高いが――)
クリストファーの脳裏に、万が一の可能性が思い浮かんだ。
それはファーティル王国にとって、望み得る最高の結果となるものだった。







