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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第十五章 王立学院三年生後編 十八歳

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416 十八歳 ウィルメンテ侯爵家のパーティーにて

 ウィンザー侯爵家との会談が終わったとはいえ、各種問題が解決したわけではない。

 十歳になった子供達を祝うパーティーにゲストで出席したあと、新たな問題が起きた。

 帰り際にアリスから「幸せにすると言われましたが、どのように幸せにするのですか?」と、こっそり聞かれてしまったのだ。

 この時は「人目のあるところで話すような事ではないので」と話を切り上げたが、これは難しい質問だった。


(プレゼントをたくさん渡せばいいというわけでもないし……。何が幸せなんだろう?)


 プレゼントを貰っても、嬉しいのは一時的なもの。

 これからの人生、プレゼントだけで幸せなままでいられるわけではない。

 物欲を満たすだけではなく、精神的なケアも必要である。

 そうなると、どうすればパメラを幸せにできるのかわからなくなる。

 幸せについて本気を出して考えてみる必要がある。

 それには、まだまだ時間が必要だった。



 ----------



 当然、婚約関係にあるウィルメンテ侯爵家のパーティーにも出席する。

 子供達に人気があるアイザックを、ライバル視したフレッドが絡んでくるなどの問題もあったが、パーティーは穏やかに終わる。


 だが、穏やかなのはアイザックだけである。

 ウィルメンテ侯爵などは「早く話してくれ」と落ち着かなかった。

 しかし、急かすような事はしない。


 ――慌てるところを見せるという事は、弱みを見せるのと同意義である。


 わざわざアイザックに、弱みを見せる必要はない。

「こちらはすでに対処済みですよ」という余裕を見せながら、アイザックに対応するつもりだった。

 実際にフレッドや彼の友人、その家族から情報を集めている。

 まったく情報がないというわけではない。

 落ち着いた今は文化祭の時のように、うろたえるところを誰にも見せる気などなかった。


 ウィルメンテ侯爵家との会談は、パーティー後にウィルメンテ侯爵一家を集めて行われた。

 すでに日は落ちていたが、アイザックとしてはこの時を狙っていた。

 めでたいお祝いのパーティーでも、祝う側は気疲れしてしまう。

 その疲れたところを狙っていたのだ。


「エンフィールド公にお越しいただけてよかった。しかし、どうせならもっと早くきていただいてもよかったのですよ。話す事もありましたしね。ウィンザー侯爵家には、先に訪れていたと伺ってますよ」


 ウィルメンテ侯爵が、チクリと嫌みを言う。

 彼としては、一日でも早くアイザックから説明してほしいところだった。

 だが、この日まで先延ばしにされていた。

 しかも、ウィンザー侯爵家には前もって訪ねていたというのに。

 その不満が噴き出してしまった。


「僕はウィルメンテ侯爵家を庇ったために、ウィンザー侯爵家と少しギクシャクした関係になってしまったんですよ。あちらへの説明を優先するのは当然です。ウィルメンテ侯爵家とは婚約関係もあるので、信頼して待ってくれると思っていたのですが……。そう言われるのは心外ですね」

「ただ、そうしていただければ助かったなと思っただけです。けして責めているわけではございません」


 アイザックが悲しそうな表情を見せると、ウィルメンテ侯爵は慌てて否定する。

 立場が同じではない以上、軽い嫌みを言う事すら許されない。

 先制の一撃は、アイザックが奪いとった。


「細かい事はいいじゃないか。話を進めようぜ」


 この会談を設けるきっかけとなったフレッドが、まるで他人事のように「先に進めよう」と言う。

 彼の言葉を聞き、ウィルメンテ侯爵は顔をしかめる。

「家族に相談してから行動しろ」と叱っても、彼はどこ吹く風と聞き流していたからだ。

 さすがに「教育に失敗した」と実感し始めていた。


「そうだね。ローランドも眠たそうだし、本題に入ろうか」

「僕は大丈夫です。エンフィールド公のお話を聞き逃しません」


 まだ幼いローランドは眠たそうにしていた。

 だが、彼はアイザックに名前を言われて、目を大きく見開く。


 ――尊敬する偉大な英雄の言葉を聞き洩らすまいと。


 彼の反応に、アイザックも悪い気もしなかった。

 とはいえ「はい、お義兄さん」とでも言われたら機嫌を損ねていただろう。


 ――まだそんな事を言われる覚えはないと。


 しかし、それはウィンザー侯爵家の人々にも思われている事。

 お義兄さんと呼ばれたとしても、アイザックは責められる立場ではなかった。


「まずは……、フレッドとの話し合いの結果どうなったかを教えていただけますか?」

「話し合いの結果ですか……」


 フレッドの事を話せば、どうしてもそれがウィルメンテ侯爵家にとっての弱みにしかならないからだ。

 ウィルメンテ侯爵は「どうあがいても弱みを見せる結果にしかならない」と、会談開始当初の考えが無駄だったと諦めた。


「フレッドは、ネトルホールズ女男爵に騎士の誓いを立てました。そして、それを変える気はないと……」


「フレッドには婚約者を迎える気がない」という内容が続くはずだったが、ウィルメンテ侯爵は言葉を濁した。

 ウィルメンテ侯爵家の家督相続に大きな影を残す問題である。

 いくら助け舟を出してくれたとはいえ、アイザックにすべてを打ち明けるわけにはいかなかった。

 だが、これは一時の気の迷いで済ませていい問題ではない。

 ウィルメンテ侯爵は、アイザックとの会話の中で解決の糸口を見出す可能性に賭けていた。


「そうなのか? フレッド」

「あぁ、そうだ。俺はニコルさんに生涯尽くすと誓った。だから、誰とも結婚する気はないと親父に言ったんだ」


 しかし、フレッドは「誰とも結婚する気はない」と、あっさり打ち明けた。

 これでは駆け引きどころではない。

 ウィルメンテ侯爵は、めまいを感じた。


「なるほど……。じゃあ、やっぱり文化祭の時に行動しないように話しておいてよかった」

「どういう意味だ?」

「跡継ぎの問題は重要だからね。ウィルメンテ侯が『疑われてもいいから、ネトルホールズ女男爵を殺してしまおう』と考えて実行してもおかしくなかったって事だよ」

「なんだって!」


 フレッドがガタンと椅子を倒すほど勢いよく立ち上がる。

 怒りが籠められた視線の先には、ウィルメンテ侯爵がいた。


「だから、もう話はしたから心配はないって」


 彼の反応とは対照的に、アイザックは余裕のある態度で「座ってくれ」と身振りで示す。

 すると、使用人が起こした椅子に渋々と座った。

 アイザックの事を味方だと思っているので、素直に従ったのだろう。

 しかし、彼は気付いていない。

「信頼のできる使用人」と限定してはいるが、彼らを残したのはフレッドの醜態を見せるためだという事を。


 だが、アイザックの狙いは無駄だった。

 すでにフレッドの醜態は家族会議で、使用人達にも知られていたのだ。

 わざわざ小細工をする必要などなかった。

 アイザックは、フレッドの事を侮っていた。

 彼はアイザックの想像を遥かに超えた男だったのである。


「ニコルさんはジェイソンと結婚するという話はしたから、ウィルメンテ侯も手出しはしないよ。短絡的な人じゃない。君の父上は常に冷静で何をすべきか、すべきでないかを判断できる人だ。それは兄上の十歳式の時の行動でわかっているだろう? そんな目で見るのはよくないよ」


 アイザックは軽くフレッドをたしなめると、ウィルメンテ侯爵に視線を向けた。


「彼の行動は、殿下との友情によるものでしょう。義と情に厚い人間に育ちましたね」

「それは、まぁ……」


 ウィルメンテ侯爵は「そうですね」や「よく育ちました」とは言えなかった。

 跡継ぎとしては「失敗した」と感じていたからだ。

 だが、ジェイソンとの友情を持ち出されては否定できない。

 不満があっても、フレッドの行動を追認するしかなかった。

 言葉を濁したのは、明言する事の危険性をわかっていたからだった。


「フレッドに関しては本人から聞いています。ウィンザー侯爵家の動きを教えていただけませんか?」


 ウィルメンテ侯爵が話を逸らそうとする。

 しかし、これは本来の目的でもあった。


 ――ジェイソンとパメラの間に入ったアイザックの言葉。


 それは他の誰からも聞けないものである。

 ローランドとケンドラが婚約しているという関係を利用し、少しでもいいから聞き出そうとしていた。


 だが、アイザックもこの質問をされるというのはわかっていた。

 フレッドをチラリと見てから話し始める。


「ウィンザー侯爵は、ネトルホールズ女男爵の事をかなり警戒しています。彼女に告白した者達の行動を思い出してみてください」

「それは……」


 わざわざ思い出すまでもない。

 ニコルに関わった男達は婚約者に別れを告げていた。

 いや、それだけではない。

 時には亡き者にせんとした事もあった。

 ニコルに惚れた男が、ロクな行動をしない事はわかりきっていた。


 ウィルメンテ侯爵は、またしても返答に詰まった。

 下手な返答はできないので、妻のナンシーと顔を見合わせる事しかできなかった。


「殿下もフレッドと同じか、それ以上に彼女の事を愛しています。その愛の強さを考えれば、ウィンザー侯爵がネトルホールズ女男爵の暗殺をしてもおかしくない状況です。だから、文化祭の時にすぐさま行動を制したのです。もしウィンザー侯爵が行動していれば、ウィルメンテ侯爵家に咎めがあったかもしれません。ローランドに何かあれば、ケンドラが悲しんでしまうかもしれませんからね」

「我が家を守る事で場合によっては……。いえ、実際にウィンザー侯爵家と揉める事になった。エンフィールド公に何とお礼を申し上げていいのやら……、感謝の言葉も見つかりません」


 ウィルメンテ侯爵が深く頭を下げる。

 アイザックが行動しなければ、ウィンザー侯爵にニコル暗殺の濡れ衣を着せられていたかもしれない。

 あの時ウィンザー侯爵家に釘を刺したせいで、アイザックはセオドアに決闘を申し込まれるところだった。

「妹のため」という部分が大きいかもしれないが、身を挺して庇ってくれたアイザックに感謝するしかない。

 少しだけ、アイザックの評価を修正する。


「いいえ、気になさらないでください。この件については、ウェルロッド侯から一つ要求があります。できれば二人で話せるといいのですけど」

「……かしこまりました。別室に移動しましょう」


 アイザックの評価は、すぐに訂正された。

 モーガンの要求と言ってはいるが、実際はアイザックの意向も含まれているのだろう。

 いつ回収されるかわからない借りにされるよりかマシかもしれないが、あまり早くても困る。

 心の準備をする時間くらいはほしいところだった。


 ウィルメンテ侯爵と共に別室に移動する前に、アイザックはフレッドに話しかける。


「フレッド、ジェイソンとは友達だから悪いようにはしない。信じてくれ」

「あぁ、頼むぞ」


 フレッドは、アイザックを信じている。

 ウィンザー侯爵家を敵に回してでも、ニコルを守ろうとしていたからだ。

 だが、先ほどの話は真逆である。


 ――ウィンザー侯爵家は、隙あらばニコルを暗殺しようとしている。


 その事を、フレッドはジェイソンに話すだろう。

 ジェイソンの中で、パメラだけではなくウィンザー侯爵家への評価も下がるはずだ。

「奴らは敵だ」と認識してくれれば、アイザックにとって都合がいい。

 だからあえて「ウィンザー侯爵家は、ニコルを警戒している」という重要な内容を、フレッドの前で話したのだった。


「ローランド、君はケンドラと結婚する事になる。ケンドラをどう幸せにするのか方法を考えているかい?」


 アイザックは、ローランドにも声をかける。

 まだ十歳にもならない子供には酷な質問かもしれないが、何となく思いついたので尋ねてみた。

 子供ならではの素直な答えが返ってくるかもしれない。

 それに少しだけ期待していた。

 問われたローランドは真剣に悩む。


「……わかりません。でも、ケンドラに尽くす事だけが彼女を幸せにする方法だとは思いません。二人揃って一緒に笑っていられるようにしたいと思います」


 悩んで出た答えは「彼女に尽くす事が幸せ」などという表面を装ったものではなく「自分も笑顔でいたい」という子供らしい欲が含まれていた。

 しかし、それは素直であるが故にアイザックの心にも深く染み渡る。


(そうだよな。家族揃って笑っていられる方が幸せかもしれない)


 パメラの幸せのために尽くすのでは、夫婦の幸せ(・・・・・)と言えるのか疑問である。

 家族揃って笑顔で過ごせる方がいい。

 アイザックは、リサやティファニーと過ごした子供の頃を思い出す。

 あの時は「アイザックのために」と嫌々尽くされていたわけではない。

 みんなで楽しく過ごしていた。

「シンプルながらも、良い答えだ」と感心する。


「ウィルメンテ侯爵夫人。ローランドは良い子に育っているようですね」

「ありがとうございます。サンダース子爵夫人のようになりたいとは思ってはいるのですけど……」

「いえいえ、自信を持ってください」


(フレッドよりかはずっといいから)


 思ってはいても、さすがに口に出しては言わなかった。

 もしフレッドがケンドラの婚約者であれば、きっと悲しまされる前に暗殺していただろう。

 ローランドに対する嫉妬はあるものの、まだ素直な子供なだけマシだと自分に言い聞かせる。


 アイザックは軽く挨拶をしたあと、ウィルメンテ侯爵と共に部屋を出ていく。

 フレッドに「ウィンザー侯爵がニコルを警戒している」と吹き込むのは前座に過ぎない。

 これからがウィルメンテ侯爵家で行われる本番だった。

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― 新着の感想 ―
ローランドは良い子に育っているようですね > フレッドは良い子ではない、と言ってしまってる!? まあ、本人は気づいていないだろう。
[良い点] 夢中になってここまで1週間かけて読んでしまった [気になる点] ずっとサクサク続いてたのに急にだれはじめてきたという印象
[良い点] 娘をどう幸せにするのか、という問いは自分たちこそ真剣に考えるべきかな パメラと結婚するために反乱を起こすという狂気に満ちているとはいえ尋常ではない実績を積み上げて現役でタブーであった公爵に…
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