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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二章 継承権争い -準備編- 五歳~六歳

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036 六歳 エルフとの交渉開始

「これいくら? 4,000? 買った」

「ちょうど鍋の底に穴が空いていたんだよな」

「これ綺麗。……なんで買えない金額のを置いてるのよ。もう、意地悪ね」

「下着とか服関係はないの?」


 屋敷の庭に用意された移動販売車にエルフが群がっている。

 我先に品物を手に取って見る者。

 その背後から、どの商品がどの程度の値付けされているのかを聞き取っている者。

 喧騒が落ち着いてから、ゆっくり品物を見ようと少し距離を置いて様子を見ている者。

 真っ先にコショウや砂糖といった調味料を有り金で買い込む者。

 それぞれの性格が見て取れる。


「アロイスさんは見なくて良いんですか?」


 アイザックは村長のアロイスに声をかけた。


「さすがに荷物片手に会談に挑むというのはな……。それに立場というものがある」


 護衛として付いてきた若者達ならともかく、村長という役職にある者が用意された足代という名の贈り物に飛びつくわけにはいかない。

 何があるのか興味を持っているようだが、責任感と自制心で抑えているようだった。


「でも、マチアスさんは他の人に負けずに割り込んでいるようですが……」


 長老と呼ばれていたマチアスが、若者達に押し出されたりせず自分の位置をしっかりと確保して品物を見ている。


「あのジジ――オホン。ちょっと失礼」


 先ほどまでアロイスの近くにいたはずだったが、気が付けば最前列。

「立場がある」と言ったばかりなのに、長老マチアスに軽薄な行動をされてしまっては鼎の軽重が問われる。

 アロイスは急いで連れ戻しに向かった。




「いやー、申し訳ない。この年になるとドワーフのところまで行くのが億劫でな。久し振りの買い物ではしゃいでしまったようだ」


 謝るマチアスの手には深鍋があった。

 すでに購入していたようだ。


「長老……。これから交渉なんですから、自重してください」


 呆れた様子のアロイスだが、厳しく追及する様子はない。

 長老という立場に気を使っているのか。

 それとも、マチアスが元々お茶目な一面のある人物なので、諦めているのかまではわからなかった。


「喜んでいただけたようで何よりです。用意したこちらとしても嬉しく思います」


 モーガンが笑顔を浮かべながら言った。


 ――会談の前に金を渡して、先に買い物を体験してもらう。


 これは彼の意見だったからだ。

 アイザックは「会談が終わってからゆっくりと買い物してもらおう」と考えていたようだが、それでは遅い。


 エルフが出稼ぎを受けてくれるのならいい。

 もし、断るつもりだったら断腸の思いで何も買わずに帰ったかもしれない。

 断るつもりであっても、先に買い物をさせる事で良い方向に考えが変わる可能性もある。

 同じ「買い物をさせる」という行為であっても、タイミング次第で効果も変わるのだ。

 だから、先に買い物をさせて心を掴むつもりだった。

 この辺りはアイザックよりも、人生経験豊富なモーガンに一日の長があった。


「だが、鍋一つで2万リードは高いのではないか? 昔はこれくらいの鍋が4,000リードくらいだったはずだ」


 マチアスは鍋の値段に不満があるようだ。


「マチアスさんが買い物したのは二百年以上前の事ですよね? さすがに物価も変わっていると思います」

「あぁ、それもそうか。森の中にいるとイマイチ世間の動きが実感しにくくてな」


 そう言ってマチアスは笑った。

 二百年も経てば、人間なら数世代どころか十世代は変わっている。

 給与や物価も時代と共に変化し続けるので、昔と同じではなかった。


「金銭感覚などは実際に付き合っていくうちに慣れるでしょう。本日呼んでいる商人はアコギな商売をしないよう厳しく言いつけてありますのでご安心ください」


 実はアコギな商会であるブラーク商会も、会談後の入札に備えて滞在している。

 だが、金は持っていても商品までは持ってきていなかった。

 ワイト商会達がエルフ相手に取引しているのを指をくわえて見ているだけで我慢させられていた。


「確かに人間はなぁ……。信頼し過ぎると騙そうとしてくる。交流を再開するとなると、若者にお互いのためにも隙を見せすぎないように教育しなくては」


 アロイスも交流のあった時代に何かあったのだろう。

 苦々しい表情をする。


「立ち話も悪くないが、年寄りには厳しくてな。とりあえず、何人かを連れて中で話をしよう」


 マチアスが疲れ気味の顔色をして、屋敷の中での会談を希望する。


(えっ、さっきの元気はなんだったんだ?)


 皆の思いが一致した。

 先ほどの「若者にも負けん」という気迫で鍋を見ていたのはなんだったというのか。

 もしかしたら、あれで力を使い果たしたのだろうか?


「これは気付かず申し訳ない。中へご案内します」


 とりあえず、モーガンは屋敷へ案内する。

 老人が疲れたと言っているのだ。

 そのままにしておく事はできない。


「お前達も一応付いてきてくれ」


 アロイスは馬車から少し離れていたところにいる者に声をかけた。

 もう警戒もクソもないたるみ切った状態だが、念のためだ。

 その中には、買い物を終えたブリジットも混じっていた。



 ----------



 会談は会議室ではなく、パーティー用の広間に机を並べられて行われた。

 もちろん、ウェルロッド家の屋敷とは比べるまでもなく小さい。

 田舎街の代官の屋敷なので、多少小さめでも十分なのだ。

 しかし、それでも五十人くらいは入るので、今回は問題無さそうだ。

 だが、交流が増える事を考えれば、もう少し広いところも用意した方が良いだろうと思われる。


「さて、まずは交流の再開についてだが、これは問題はない。周辺の村の者とも話したが、戦争利用や奴隷化といった著しい不利益を被らない限りは交易も認めていいという事になった」


 まずはアロイスが話を切り出した。

 最初に交流の再開が可能かどうかを話さなければ、今回の会談が進まないからだ。


「しかし、出稼ぎに関しては意見が割れた。世代や男女関係なく、今の暮らしのままでもいいじゃないかという意見も根強くある。しかしな……」


 アロイスはブリジットや他のエルフに視線を向ける。

 すでに買い物を終えた者達だ。

 エルフの身に付ける装飾品は、翡翠や琥珀といった物がメインのようだ。

 その中に小さなダイヤやエメラルドに反射する光が混じっているので少し目立つ。

 それをブリジットは珍しそうに手でいじったりしていた。


「やはり、自給自足だけでは刺激が足りんようだ。もちろん、豊かな暮らしが全てではない。しかし、静かな暮らしの中にも彩りが多い方が良いに決まっている」


 アロイスは交流のあった時代に生まれ、暮らしていた。

 今の暮らしに不満はないが、塩を始めとした調味料や嗜好品に不自由しなかった頃の生活にも惹かれる。


「だが、いきなり村人の大半を動員しての出稼ぎというのは受け入れられない。最初は希望者から選別して二、三十人程度で良いだろうか? 人間の様子を見るために周辺の村からの参加者もいる」

「もちろん、歓迎です。むしろ、最初はそれくらいの方がトラブルが起きないようにするために護衛も付けやすいのでありがたいくらいです」


 モーガンはアロイスの申し出を即座に受けた。

 本音を言えばもう少し欲しいところだが、最初の一歩を踏み出してくれた。

 今はその事だけでも十分だ。


 それに急激な環境の変化はエルフ側だけではなく、人間の側にも影響を及ぼす心配もあった。

 この街は百年の時をかけて、物々交換という形でゆっくりと交流を深めた。

 他の街では、突然現れた異物に拒否反応を起こすかもしれない。

 少人数で少しずつエルフの存在を認知していった方が安全だ。

「もう少し人数を減らしてほしい」という希望を伝えて「もっと大勢雇え」と言われるよりはずっと良い。


「一人あたり100mの整備をしてもらうとして……。三十人で日に3km。一ヵ月とちょっとで、ティリーヒルからウェルロッドまで街道を整備できますね」


 ランドルフが整備速度の計算をして、自分で驚く。

 労役で平民を使うよりも少人数で、しかも早くて頑丈な道が出来上がる。

 たった三十人と馬鹿にはできない。

「これがエルフの魔法の力か」と、息を呑んだ。


「ただし、一つ条件がある。友好のためにアイザック殿にブリジットを娶ってもらう」


 アロイスの言葉で空気が一変する。

 このような事は想定外だ。

 モーガンはすぐさま考えを巡らせ、ランドルフは動揺している。


「友好のためと言っていますが、それは実質的に人質を差し出すのと同じでは?」


 アイザックがアロイスに問いかける。

 ちらりとブリジットの方を見ると、アイザックに向かって笑顔を向けて手を振っていた。

 彼女は前もって、この話を聞いていたのだろう。

 動揺している様子はない。


「アイザック様は若いからわからんでしょうが、人間からすれば寿命の長いエルフの女はずっと若いまま。つまり、年老いる事なく、若く美しい女がずっと傍にいてくれるのですよ。友好の証として、最高の贈り物なのです」


 アロイスは淀む事なく言い切った。

 奴隷ではなく、あくまでも妻だと押し切るつもりなのだろうか。

 その反応を見て、アイザックは決めた。


「お爺様」

「うむ」


 返事をするモーガンもアイザックと同じ思いを抱いたようだ。

 二人は目で頷き合う。


「そのような事は受け入れられない。人間なんて若く美しい女を送っておけば喜ぶだろうと見下された気分です。今回の話はなかった事にしてもらいます」


 アイザックがキッパリと断った。

 これに驚いたのはブリジットだ。


「ちょっと、私のどこが不満なのよ!?」


 抗議の声を上げるが、アイザックは無表情のままだ。


「いえ、ブリジットさんには不満はありません。ですが、奴隷を嫌いながら、女性を物のように扱うアロイスさんの判断に不満があります。そのような信頼できない人とは取引などできません」

「それは私も同感です。長年の断交からの交流再開。もっと地道な信用構築をするべきでしょう。そのような行為をされる方とは、少し付き合い方を考える時間が必要だと思っております」


 アイザックとモーガンがアロイスの判断を非難する。

 ランドルフも何か言おうと思ったが、考えているうちにタイミングを逃してしまった。


 二人に非難されても、アロイスに動揺はない。

 それどころか、嬉しそうにマチアスと顔を見合わせている。


「少なくとも、この者達は信頼できそうだな」

「ええ」


 マチアスの言葉にアロイスがうなずいた。

 そして、アイザック達も顔を見合わせる。


「僕達を試したんですか!」


 アイザックが語気を荒らげて抗議する。


「すまなかった。だが、今言ったように、人間にはエルフの女が好まれる。交流の再開を機に、我らを騙して奴隷のように扱おうとしているかもしれんと警戒するのも当然だろう? 直接取引する相手くらいは見極めたかったのだ」


 アロイスも本当に交流を再開していいのか悩んでいたのだろう。

 再開しても良いという確信を持ちたかったのかもしれない。


「なるほど。不安なのはお互い様だったという事ですね。確かめる方法に思うところが無くはありませんが、これから少しずつでも信頼関係を築いていきましょう」


 不安だったのはモーガンも同じだった。

 だから、アロイスが試そうとした気持ちもわからなくもない。

 孫を利用されたのは気に入らないが、個人的な感情はエルフの街道整備や治水工事で得られる利益を考えれば我慢できる。

 ならば、話を進めてもいいと考えた。

 相互不理解のまま別れるよりも、交流を続けて友好的な関係を築いた方が結果的に双方が安全だからだ。


「そうですな。これから少しずつお互いを知っていけばいい」


 アロイスが右手を差し伸べる。

 モーガンがその手を握り返した。


 ――人間とエルフ、二百年振りの国交回復。


 その瞬間である。


「それにしても、人選を間違ったかな? 昔は子供でもエルフの女に見とれていたくらいなのだが……」

「ちょっと、長老! 私が悪いっていうの!」


 その空気をぶち壊す会話が始まろうとしている。


「いえ、ブリジットさんは魅力的な女性だと思います。ですが、一人の女性を手に入れるよりも、ずっと大切な物が世の中にある事を僕は知っています。だから、断ったのです」


 その会話をアイザックが止める。

 一人の女を奪うために国を乗っ取ろうと考える男のセリフではない。

 だが、その言葉自体は良い答えだった。


「良い親、良い家族に恵まれて育っているようですな」


 アロイスが満足そうな顔を浮かべて、アイザックの感想をランドルフに伝えた。


「いえ、この子が勝手に育っているだけです」


 ランドルフは照れながら答えた。

 本当にアイザックは一人で勝手に育っている。

 親のお陰と言われても、恥ずかしいという気持ちが強い。


 しかし、今回の出来事のお陰で、最近モーガンとランドルフが抱えていた不安は払拭された。

「アイザックは真っ直ぐ育っている」と実感できたからだ。

 ここで女に転ぶようでは、先が思いやられる。

 ちゃんと時と場合を考えて、適切な答えを出せたのでホッとしていた。


 だが、アイザックの本音は違った。

 本当は危ういところだったのだ。


(ブリジットさん、貧乳でありがとう!)


 ブリジットが好みのタイプではなかったから、断ろうという気持ちになっただけだ。

 エルフは森の中を移動するからか、スレンダーな体をしている。

 これはブリジットだけではなく、他の女性エルフも同じような体付きだったのを確認済みだった。

 前世で“(おっぱい)を感じたいから”と、オープンカーを買ったアイザックには非常に物足りない体つきだ。

 だから、可愛くてもあっさりと諦める事ができた。


 ティファニーもそうだ。

 今も可愛いし、大きくなっても可愛くなるとわかっている。


 ――だが、大きくなっても胸は小振り。


 その時点でアイザックの興味は薄いものとなった。

 従姉妹で幼馴染の美少女という贅沢な属性を天秤に上乗せしても、胸の脂肪の重さには敵わなかった。

 だから、ティファニーの婚約も素直に祝えたのだ。


 胸の脂肪の重みがこの会談の流れを作ったとは、アイザック以外の誰も気付いていない。

 そしてそれは、これからも気づかれてはならない。

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― 新着の感想 ―
キサマーッ!? 美乳派とは相容れぬ巨乳派かっ!?
[一言] その胸は平坦である
[良い点] つまり…おっぱいのおかげで2百年ぶりに人間とエルフは再び交流開始を成功… おっぱい は アイザック の 未来 を 救っだ!
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