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私はそこにあるものを、見なかったことにしたはずだった  作者: 海堂 岬
令嬢として育てられた青年の物語
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第12話 結婚式

 父と呼んでいた実の祖父は、辣腕で知られていた。その辣腕は、私や、私の婚約者となってくれた女性が知らない間に、私達のためにも発揮されていた。


 内戦を制圧し、新しく王位に就いた私のもとに、私の婚約者が、公爵家の令嬢として、嫁ぐために必要な書類は、全て用意されていた。結婚式に必要なドレスや装身具なども、既に殆どが揃っていた。婚姻の誓約書もあった。既に世を去った両親達の署名が揃っていて、言葉にならなかった。


 結婚式は盛大なものとなった。まだ戦禍の爪痕が癒えない国で、私は、金がかかることは避けたかった。

「市井に金を回せ、民に仕事を与えろ、慶事はそのためにある」

戦友達の言葉に、なるほどと思ったが、私達はそれだけで、終わらせたくなかった。


 私達は貴族へ、私達の結婚を祝う贈り物は必要ない。戦争で荒れた自領の農地を一刻も早く回復させ、民へ施しをするようにと通達した。自領を富ませろという私達の通達を、貴族が否というわけがない。私達の通達を知った、裕福な者たちは、貴族ではなくても、教会への寄付や、貧しい者たちへの施しを行った。


「国王陛下の御結婚に、民は心から安堵していることでしょう」

戦友だった男の言葉を、私達は当初、少々大袈裟だとしか考えていなかった。


 私達はこの国に骨を埋める覚悟をしたが、この国で育っていない私と、この国の貴族ではない妻を受け入れようとしない風潮もあった。それを払拭したのが、妻が刺繍を教えていた女性たちだった。読み書きの出来ない民へ、物事を知らしめるには娯楽だという彼女たちの主張に、私は頷いた。


 先の国王の無茶苦茶な政策とその後の内乱で、国土は荒廃していた。疲弊した民は、娯楽を求めていた。


 演劇という提案を許可したのは私だ。だが、劇の台本の確認はしなかった。後に、妻と一緒に舞台を見た私は、しばらく貴賓席から立ち上がれなくなった。


 妻と私の馴れ初めに始まり、離れ離れだった日々のあと、再会したあの舞踏会で幕を下ろすという内容だった。幸いなことに、私が、妻をなかなか迎えに行かなかった理由を、妻の身の安全のため国内平定に時間が必要だったと、美化してくれていた。それでも、気恥ずかしさにはかわりない。


 劇中の妻は、私の育ての両親である老いた先代公爵夫妻を看取った。戦地に家族や恋人を送り出した女性たちと、共に刺繍を刺し、精神的に支えていた。


 私や仲間たちの感謝の言葉に、妻は、刺繍を刺していただけだと、困ったように微笑んだ。


 年老いて多くを忘れた祖父母は、死ぬ間際まで、妻のことを覚えていたと聞く。仲間の妻たちは、今でも妻と仲が良い。妻が思っているよりも、妻は多くのことを成し遂げてくれていたと私は思う。


 育ったあの国を去るときに、婚約を申し込まなかった私の葛藤と、私と実の母を迎えに来ることが出来なかった実の父の無念と、迎えに来てもらえなかった私の悲しみと、全てを重ね、撚り合わせたような演出に、私は、自分が気づいていなかった私自身の悲しみに気付いた。


 加護を授かった耳であっても、死者の声は聞こえない。実の父母の声を、私は聞くことはない。


 この国に住むすべての家族が、私の実の両親や、私のような思いをせずにすむようしたいと思った。家族が、仲良く生きることが出来る国にしたいと思った。


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