06 仮面の開放
窓からの夕陽で部屋は紅く染まっていた。
カーテンを閉めて蛍光灯で部屋を白く照らすと、着替えもせずに久志はがむしゃらに勉強を始めた。これはもはや日課であった。彼は気の緩まないうちに、問題集を解き進める。
だが今日の久志は珍しく集中できていなかった。それは、
(昔はよく話したのにな……)
昼間に加藤京子と会ったからである。
久志と加藤は近所に育ち、いわゆる幼馴染だった。小学校まではよく遊んでいて、かつてはお互いの家に遊びに行ったこともある。そういうことができなくなったのは中学生に入ってからだ。初めての制服に身を包み、テストに怯えるようになった頃から、自然と話さなくなっていた。それは久志と加藤に限らず、クラスの全員が異性を感じるようになったからだ。男女で一緒に帰れば、それだけで冷やかされる。久志は、それを嫌った。そうやって疎遠になっていく間に、彼女はめきめきと女らしくなり、いつの間にか学年の中でも高嶺の花になっていた。もう久志が気軽に声をかけれる相手ではない。
そんな彼に、ある種のチャンスが生じていた。
(髪留め……。見つかれば良いきっかけになるのかも)
久志は勉強の手を休めると、棚から例の仮面を取り出した。汚れ一つない、純白の仮面。金属のように硬質な感触だが不思議と重くはない。地面に落としたくらいでは割れないだろうが、金槌で思い切り殴打すれば耐えれそうにない薄さをしている。顔に被せてみると、目鼻の穴で案外に呼吸はしやすかった。
(ええと、なんだっけな――)
父親の言っていた呪文を頭の中に思い浮かべ、久志はなんとなく詠唱してみた。
『我誓う、常闇の盟約』
……。
…………。
そうして異変は何一つ起きていなかった。
(こんなのに頼るなんて、ぼくも親父同様に馬鹿な奴だな)
すっかりと拍子抜けして、そう独りごちた時、その声は聞こえた。
《高尚な存在の我に対し、「こんなの」とは失礼極まりないな、もし》
久志はきょろきょろと部屋の中を見渡した。自分以外には誰もいない。
「誰もいない……?」
だが声は再び聞こえた。
《我は此処にいる》
その声が頭の中に直接響いているのだと知った時、久志はもう一つの異変に気がついた。
(仮面が外れない――!?)
片手でひっぺがそうとするも、強い粘着力が生じている。あまり無理をすれば顔の皮膚が破けそうにしていたので、久志は諦めた。
そして、こんなことは現実にありえないと思いながら――久志は慎重に会話を試みた。
「もしかして……《怪人》さん、ですか?」
すると声の主は意気揚々と答えた。
《いかにも。我こそ数多の世を騒がせし夜闇の支配者〝怪人〟なるぞ。さあ、我と盟約を結びし契約者よ。汝の欲す物を伝えよ。さすれば我は望みを叶えん!》




