04 加藤京子
「おわっ!」
中根は突然に叫ぶと、俊敏な動作で《怪人》ノートを背中に再び隠した。
うろたえるような中根の視線を追って久志が振り返ると――
いつの間にか女子が立っていた。腕を組んで憮然としている。それは同じクラスの加藤京子であった。短くしたスカートから映える脚線美。愛らしい猫目に瞼を下ろし、半眼の目つきで疑わしげにこちらを睨んでいる。
「か、か、加藤さん? どうしたのさ、こんな裏庭に」
中根がおそるおそる尋ねる。
草むらで男が二人きり――その状況に、彼女は物凄い曲解をして確認した。
「杉森君と中根君って、そういう関係だったの?」
「断じて違うから!」
久志はきっぱりと否定した。
彼女は久志には視線を向けず、中根の方に尋ねた。
「ねえ。一体、なにをやってたのか凄く気になるんだけど……」
「優等生の男二人が人目を離れて密談。つまり、猥談ってことだよ」
冷静さを取り戻したのか、中根は眼鏡を押し上げながらきっぱりと答えた。だが、その説明は状況的には正しくても、女子相手の上手い言い訳ではなかった。
「ふ、ふーん。まあいいけど……」
彼女のほおはみるみるうちに赤く染まっていった。気恥ずかしそうに目を逸らす仕草はとても女の子らしく、可愛い。
「で、なにしに来たのさ、加藤さんは?」
中根の質問で、彼女は本題を思い出した。
「ああ、そうそう。あのね、どっかで髪留めの落し物を見なかった? 蓮の花の飾りがついたやつなんだけど」
「髪留め? いや、見てないな」
中根と目を見合わせて、久志もこくりと頷いた。
「そう……ま、そうだよね。ありがと。邪魔してごめんね」
そう言い残して、彼女は颯爽と立ち去った。
あたりに張り詰めていた空気は彼女の消失と共にすっかりと緩んだ。
「……びっくりしたな」
「ああ。危うく、君の変人趣味が露呈するところだったね」
背中のノートを示して久志。
だが中根はノートのことなど気にしていない様子で、むしろ喜んでいるようだった。
「どうしたんだよ、中根。にやけた顔して――」
「どうしたもこうしたもないだろ。学年でも一、二を争う人気女子の加藤が、俺たちみたいな窓際族に話しかけてくれたんだぞ! こんなに嬉しいことはない!」
誇らしげに叫ぶ中根に、久志は呆れた声で聞いた。
「なに? その窓際族っていうのは」
「窓際族。それは学生の模範的甘酸っぱい青春からは遠く離れた存在のことで、窓の景色を眺めながら黙々と机に向かって勉強している寂しい奴の総称だ。命名の起源は、俺」
「……きみって相当、暇なんだな」
「お前も誇り高き窓際族のエリート戦士だぞ、杉森。主に異性との明るい接点のない奴は、全てこの窓際族ヒエラルキーに所属することになる」
「……そりゃあどうも」
適当に礼を言って、久志は加藤を心配した。
「髪留めを失くしたのかな、彼女」
すると中根は指を立てて自信ありげに推理した。
「いや、さしずめ彼女の親衛隊が盗んだんだろう」
「親衛隊?」
中根は首を大きく頷かせた。
「ああ。彼女の熱烈なファンは数多いからな。ここだけの話だが――去年の修学旅行で彼女のスカートの中を激写したプレミア写真が出回っていて、なかなか高値で売買されているらしいぞ」
「君って、くだらないことほど、余計に詳しいんだな」
「失礼な。それだからこそ学年一の成績だって維持できるんだ。問題の傾向と対策を考えるには、まずなによりも情報が不可欠だからな」
「怪人もパンツの写真も、およそテストに関係なさそうだけど……」
そうやっかむと、中根は思い出したかのようにジャーナリストのように迫った。
「そういや、聞いてるぞ。杉森は加藤と幼稚園からの幼馴染なんだろ?」
「……さすが、よく知ってるね」
「ふふふ、そうだろう。それに、お前が小学校まで仲が良かったことも知っているんだぞ。でも、その先を知らない。さっきもそうだけど、今では仲良くないみたいだな。なにか理由でもあるのかい?」
詮索する中根に、久志は苛立ったような声音で、
「さあね」
とだけ告げた。




