14 帰宅路
秋の夜風が枯れ始めた枝葉を揺らしている。時間も遅く、下校する学生の姿はほぼ絶無だ。ガードレールの向こうで車が走り、たまに犬の散歩者とすれ違った。
久志は驚いていた。隣に加藤京子が並んで歩いているからだ。昔は短かった黒髪はすらりと伸びていて、彼女をずっと大人びさせている。
彼女は懐かしむように、口を開いた。
「久しぶりだよね。こうやって一緒に帰るのも」
「うん……」
久志は頷いた。それから彼女は謝った。
「あのさ……昨日は本当にゴメン」
「いや、気にしないで。誤解が晴れたなら、ぼくはそれでいいから」
そう言うと彼女はこっくりと小さく頷いた。
「あれさ、お母さんの形見だったんだ」
久志は知っていた。彼女が小さい頃から父子家庭であることを。だからこそ彼女は今回の紛失にまいってしまい、授業中にも元気がなかったのだろう。
「大事なものなんだろ。もう学校には持ってこない方が良いよ」
「うん、ゴメン。でも……犯人があずさ達だったなんて、凄いショック」
本当に落ち込んでいるのだろう、彼女の表情は見たこともないくらいに憔悴しきっていた。
「でも、無事で良かったよ。それに怪人がくるなんて、それはラッキーなことだよ」
「怪人?」
「そう。中根曰く、昔、欧州とかによく出没してた義賊なんだってさ。よく悪者を懲らしめるんだって」
「そんな人がどうして日本にいたのかしら」
「さあ。気まぐれなんじゃないかな」
そう答えると、彼女はくるりと首だけを振り向かせた。
「ねえ、杉森くんって……もしかして、あの怪人と知り合いなの?」
久志は眉根をぴくりと震わせてから否定した。
「いや、知らないけど――」
「でも屋上に来てたじゃない」
「あれはぼくの携帯にいきなりメールがきたからだよ。加藤さんが危ないって書いてあってさ。悪戯かと思ったけど確認くらいには行かなくちゃって思って――」
それは事前に仮面と打ち合わせていた内容だった。
「そっか。まあ、そうだよね」
それで怪人の話は終わった。それから学校の話をしていると、やはり受験の話題になっていた。
「杉森君は、どこの高校を受けるの?」
「第一志望は魁皇高校かな。今の成績じゃ厳しいけどね」
「魁皇。すごいね」
京子は本当に驚いたように目を開いた。魁皇とは最難関クラスの高校として全国で知られているからだ。
「中根なら受かりそうだけどね。ぼくの場合は記念受験になる可能性が高そうだよ」
「じゃあ他にも受けるんだ。……共学は受けないの?」
「受けるよ。元々の第一志望だった仙京高校。受けるのは、その二つだけ」
「どうして魁皇と仙京しか受けないの?」
「どっちも家から一番通いやすいからだよ」
当たり前のように告げると、京子は小さく笑った。
「納得。そういえば杉森君、昔からそんな感じの性格だったね」
そうして話しながら歩いていると、二人は十字路に到着した。右は京子の家、左は久志の家。お互いの別れとなる場所である。そこで二人は自然とじっと立ち止まっていた。
先に口を開いたのは久志だった。
「加藤さんはどこを受けるのさ」
「えっとね……ひみつ」
彼女は片目を閉じて、可愛く声を出すと、そう誤魔化した。
「ずるくない、それ」
久志が呆れていると、彼女は小声で呟いた。
「……わたしも近いところにしようかな」
「え?」
「ううん、なんでもない。杉森君。魁皇受けるなら来週からのテスト勉強も頑張らないとね」
「ああ。そうだね――」
物惜しげに久志は頷いた。それは、昔、一緒に遊んでいた頃のような気持ちだった。彼女もまた同じ気持ちなのかもしれない。
「今日は色々あったけど……杉森君と久しぶりに話せて良かったよ」
「ぼくもだよ。それじゃ」
そして二人はそれぞれの帰路についた。
久志は頭上に浮かぶ白い月を眺めながらゆっくりと歩いた。




