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13 怪人の力

「あずさ! 痛いってば!」

 清水に腕を掴まれて校舎中を強引に連れまわされた挙句、加藤は最終的に屋上に放り出された。夕暮れ時の屋上の風はひときわ冷たく、薄手のシャツ一枚ではひどく頼りない。加藤が寒さに身を震わせていると、後方で鉄の扉が重厚な音と共に閉まった。

「もう! なんなの! 急に屋上なんかに連れてきて――」

 そう言いかけたところで彼女は黙った。自分にとって、あまり望ましい状況下でないことを悟ったからだ。そこには清水に加えて、他に女子二人が待ち構えていた。顔は知っているが話したことのない相手だ。二人とも髪の色を派手に染めていて、制服を可能な限り着崩している。教師や親、あらゆる社会的なものに反抗してきたような小生意気な面構えをしている。そして、その敵意は明らかに加藤に向いていた。加藤はすがるように清水に尋ねた。

「ちょっと。どういうこと、あずさ。なんなの、説明してよ」

「自分の胸に聞いてみたら?」

「わたし、なにかした……?」

 だが加藤には思い当たることはなにもなかった。困惑している加藤を見て、女達は笑っている。そこにもう一つ、男の声が聞こえた。

「おー、こわい。こわいねえ。女同士の嫉妬ってやつはさ」

 清水が頭上の給水塔を睨みつけると、そこに男は座っていた。全体的に恰幅の良い、茶色い短髪の男。耳には数個のピアスを埋め込んでいる。

「うるさいよ、横田。茶々いれんじゃねえ!」

 清水が怒鳴る。加藤は『横田』の名前を聞いて、びくりと震えた。この学校に横田を知らない者はいない。教師さえも手を焼くほどの札付きの不良なのだ。他校の生徒と喧嘩をして全治三ヶ月の病院送りにしたことは、あまりにも有名な話だ。そんな横田がこの場にいることに、加藤はたまらず恐怖を覚えていた。

 加藤の肩に手をおいて、清水が囁いた。

「京子さ。ちょっと可愛いからって調子乗りすぎなのよね」

「わたし、調子になんて乗ってないよ。なにもしてない」

 すると清水は目を尖らせた。その非情な顔つきは、加藤の知っているものではない。そして清水は決別とした冷たい声で言い放った。

「とりあえずさ、金輪際、男に色目使うのをやめろよ、おまえ」

「そ、そんなことしてない。急になんなの、あずさってば……」

 泣きそうな声になると、横田は口笛を吹いて会話を遮った。

「あのさ、京子ちゃん。あまりに可愛そうだから、俺が説明してやるよ。最近さ、あんたは近藤って男と仲が良いんだろ? あいつはさ、女子に結構モテるんだよ。少なくとも、ここにいる女子全員に好かれているくらいにな――」

「うるさいってんだろ! 横田!」

 再び清水が叫ぶ。しかし、今度は横田の怒りを買ったらしい。

「あ? 誰に口きいてんだ、テメエ……?」

 すると、あれだけ威勢の良かった清水もさすがに黙り込んでしまった。

 彼は給水塔から飛び降りると、加藤に近づいた。

「別にあんたが近藤と付き合ってゾッコンなら、それで話は丸く収まるんだ。けど、あんたってさ、誰にでも良い顔するだろ。それがまたこいつらの反感を買ってるってわけ。ほとんどの男子が、あんたのことを好きなモンだからさ、嫉妬してるんだよ」

「誤解だよ……わたし、普通にしてるだけじゃない」

「そうだろうね。俺もそう思うよ」

 それから横田は卑屈そうに笑った。

「けれど、こいつらにはそう伝わってないんだ。だから許せない。こんな悪さも思いつくほどに怒っているわけだ」

 横田の手が、加藤の胸を掴もうとする。

「――嫌っ!」

 瞬間、加藤は平手打ちで、それを阻止した。だが次の瞬間には横田は全力で加藤に襲い掛かった。あっという間に押し倒されると、加藤の腹に横田が馬乗りになっていた。

「俺も鬼畜じゃねえんだ。犯しまではしねえよ。ただ、ちょっとハダカの写真を撮らせてもらう。じっとしてれば痛い目には遭わないぜ」

「ハダカって――冗談でしょ。なんで、そんなことするの!」

「写真をばら撒かれたくなかったら今後は男子を無視しろ。そういう脅迫を清水たちがしたいってわけだ。俺はお金で依頼されてるわけ」

 横田は獣の目つきを浮かべながら、そう告げた。

「うそ。冗談でしょ、あずさ」

 目に涙を溜める加藤に、清水は笑った。

「傑作。あんた、まだわたしのこと友達だと思ってるの? そもそも一昨日だってさ、わたしがあんたの髪留めを隠したんだよ。母さんの形見だなんて見せびらかしてさ、同情を惹こうとしてるのが見え見えでうっとうしかったっつうの」

「うそ……」

 信じられない、といったように加藤は放心した。

「いちいちさ、むかつくのよ、あんた。そして、自分はちっとも悪くないって思ってるとこが一番腹立つ」

「そんな……」

 加藤は完全に言葉を失った。

「おい、清水。もういいだろ。早くしろよな」

「そうね。それじゃあ、まずは下から脱がせていこうかしら――」

 もはや抗う力さえ喪失した加藤のだらしない下半身に、清水がするすると手を差し伸べる。

 その時だった。

 ――ピロリン――

 突然に間の抜けた電子音が一斉に響いた。

 どうやらその場にある携帯電話がすべて同時に鳴ったらしい。着信音の統一された奇妙なメールに、全員が携帯を開いて内容を見ると、

『言質は十分ゆえ、今すぐに悪手を撤回せよ。それ以上の狼藉は我が許さぬ』

 と記されてあった。

 清水が思わず叫んだ。

「なによこれ……。誰かいるなら出てきなさいよ!」

《ふふ。予告のない行動は、我の流儀に反するものでな――》

 横田はたちまちにぽかんと呆けてしまった。その声の主がなんと空から舞い降りてきたからだ。

「だ、だれだ……テメエ……」

 純白の仮面に漆黒の外套、風にはためくマントの中に人の下半身は存在していない。その見るからに異形な生物を目の当たりにして、誰もが怯えた。

 夜闇の虚空に浮かぶ仮面はゆっくりと名乗った。

《我は幻影。夜闇の支配者なり》

「こ、こいつ!」

 叫びながら横田が背後からすかさず殴りかかった。だが外套に触れた拳にはなんの手応えもなく、そのまま虚空を切ってむなしく空振りした。

「な……なんだよ、いまの――」

 おぞましいものを見るような目つきで横田が絶望する。

《我は幻影。誰も我に触れることは叶わぬ》

 幻影は流麗な曲線を描きながら風のように移動すると、屋上の唯一つの出口である扉の前へと立ち塞がった。残された清水たち女子三人と横田は目を見合わせて、じりじりと後退りした。

「ちょっと、横田……なんとかしてよ。八代の狂犬なんて通り名があるくらい強いんでしょ、あんた!」

「いや、さすがの俺も――せめて相手は人間にしてくれないと――」

 彼らがぎゃあぎゃあと責任を押し付け合っていると、幻影は告げた。

《汝らの行い、我には見逃すことはできん――》

「うるせえ!」

 横田は意を決すると、がむしゃらに幻影に突進した。だが幻影は足下の影の中にどろっと溶け込むと、横田の視界から完全に消えた。

「ば、化け物が! どこにいった――」

 すると幻影は横田の背後からぬるりと現れた。そして忠告した。

《良いか。我は何度でも現れる。二度と悪さはするな》

 幻影の外套が横田を球状に飲み込むと、彼はたちまちに気絶して地面に崩れ落ちた。同様にして、黄色く悲鳴をあげていた女三人も、一瞬のうちに気絶した。

 そうして事態はあっという間に落ち着いた。一人、取り残された加藤の目の前で、仮面は無表情に浮かんでいる。

「助けてくれてありがとう。あの、あなたは誰なの……?」

 加藤がおそるおそる問いかける。とはいえ、その声に恐怖心はない。幻影は外套をはためかせて振り返ると、欠け始めた月の光を気持ち良さそうに浴びた。

《愛の輝きはなによりも美しい。我が魔力の根幹は煌きにある。十世に礼をするが良い。おかげで今の我は本来の魔力を取り戻したのだから》

「じゅっせい?」

《じきに汝を迎えに来る者の名前だ》

 そう言い残すと、幻影は遥か上空に跳躍して、そのまま暗雲の彼方へと消えていった。

 静まり返った夜の屋上で、加藤は呆然と突っ立っていた。ついでにほおをつねっている。もちろん痛みはある。

「……帰るか」

 そう呟いた時、大きな音を立てて鉄扉は開いた。

「加藤さん!」

 そこに突然に現れたのは杉森久志だった。

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