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11 噂

 人の噂は迅速に広まる。それが異性の絡む内容ともなれば、なおさらだ。杉森久志が加藤京子の髪留めを盗んで興味を惹こうとしたという噂はわずか一夜にして学年中に浸透していた。久志にとっては針のむしろでしかない。クラスの女子は睥睨するような視線と執拗な陰口を遠まわしに送りつけていて、男子は「ムッツリ」や「ヘンタイ」などと直球で罵っていた。そんな誹謗中傷の渦の中心に放り込まれて、久志はもはや泣き出したい気持ちになっていた。

「杉森。なんだか一躍、時の人だな」

 昼休みになり、中根だけはいつもの調子で声をかけてくれた。

「……そうみたいだね」

 弁当のおかずを口に頬張りながら、久志。

「そんな苔みたく湿っぽい顔するなよ。あの噂の内容って、誤解なんだろ?」

「当たり前だよ」

「ま、気にするなって。こういうネタで騒ぐのは一部の奴らだけで、じきに皆、忘れるさ」

「そうだといいけどね……」

 ちょっとした会話だったが、弱った久志にはものすごく嬉しかった。それから中根は怒ったように続けた。

「しかし加藤も酷いよな。せっかく髪留めを届けてあげたのに犯人と疑うなんて。どうせ相手がイケメンなら喜ぶくせにな」

「……そのイケメンならって例えは泣けてくるから勘弁してよ」

 母親の遺伝子ならばイケメンになる可能性はあっただけに、その美麗な遺伝子を食い潰した父親の愚かしい遺伝子は憎々しい。

「大丈夫。こんな俺らにもチャンスは巡ってくるさ。女なんてゲンキンなもんだから。俺の兄ちゃんもよくいってる」

「ゲンキン?」

「ああ。なんでも女は若い頃はイケメンやスポーツマンを相手に騒ぐ癖に、最終的には収入で男を判断するってね。どうも女ってのは未来形でなく現在進行形で楽しめる相手を探すらしいんだ」

「……話の終わりがよく見えないけど」

 そう訊くと、中根は話を纏めた。

「つまり、俺たち窓際族の本領が発揮されるのは大人になってからなんだよ。たとえ中学や高校で青春を謳歌できなくとも、良い大学や会社に入れば、よりどりみどりで毎日を謳歌できるって話なのさ」

「なるほど。その理屈でいうと、ぼくの中学時代の青春はもう捨てろってことだな」

 厄介そうな顔つきになって、中根は頭を掻いた。

「杉森。そういうことじゃなくて、俺の言いたいことはあまり気にするなってことだ。人生はこれから長いんだからさ。あまり卑屈になるなよ」

 久志もべつに中根を困らせたいわけじゃない。慰めてくれているのもわかる。それに、この男はなにがあろうと友達を見捨てたりはしない。その事実だけでも気がつくと、久志は自然に笑みを浮かべていた。弁当のから揚げを噛み締めながら、久志は頷いた。

「ま、そうかもね」

 それから胸中で、執念深く、つぶやいた。

(それに、まだ手がないワケじゃない――)

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