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10 秘策

《十世よ。我に八つ当たりしても意味はないぞ》

「だまれ、仮面」

 それは壁のコルクボードに磔にされていた。目と鼻と口の穴、それら全てにぶっとい五寸釘が深々と打ち込まれている。釘と仮面。もはや、なにかの怪しげな儀式のようになっている。

《おい、十世。この扱いはあんまりだろう。まずは聞いてくれぬか、我の話を――》

「仮面。ぼくは黙れと言っているよな? 勉強の邪魔なんだよ」

 だが仮面は黙らなかった。

《我に名案ありだ。嫌われたというならば、その少女の心を盗んでしまえば良いではないか》

「心を盗むか。なるほど、あんたらしい。だけどな。嫌われたままの心なんか盗んでどうすんだ、ああ?」

 すっかりと荒んだ久志に、仮面は一貫して紳士的に語りかけた。

《そうではなくてだな。つまり、我は犯人を探そうと提案しているんだよ》

「……犯人?」

 その単語を聞くと、久志はようやくに気を鎮めて、仮面の方を振り向いた。

《うむ。奇妙とは思わんか。その娘達は焼却炉に髪留めはなかったと主張するが、しかし我らは間違いなくそこで見つけたのだ。そうだろう?》

「ああ、そうだよ」

 だからこそ、久志は髪留めを発見して、また渡せたのである。

《では、もし両者に嘘がないとすれば、どういうことになるか。それはつまり、娘達と我々の捜索した間に、何者かが髪留めを処分したとは考えられぬか?》

「……言われてみればそうだね」

《そうなると、真犯人を見つければ汝の疑いは晴れるのではないか? 加藤京子の嫌疑さえ晴らせば汝も満足なのであろう》

「真犯人って――そんなの分かるのかよ」

《ふふん。我を誰だと思っておる》

 仮面は得意げに笑った。

「お、おお……!」

 久志は後光を拝むように、両手を合わせて仮面を崇めた。

「えっと……こんなことしてごめんな」

《気にするな。過ちは誰にでもある》

 仮面を早々に壁から解放して、久志はさっそく顔に被った。

「じゃあ、さっそく頼むよ。犯人探し――」

 だが、仮面は一向に顔にくっつこうとしなかった。それどころか、

《……十世、こんな状況だが大事な話がある》

「なんだよ、急に。犯人を探すんだろ?」

 仮面はやけに声を小さくして、ぼそぼそと答えた。

《十世には悪いんだが――実は昨晩、我はついはしゃぎすぎて魔力をほとんど使い果たしてしまったのだ。だから今は、汝と夜の盟約は結べん。それはつまり、空を飛ぶことは勿論、誰が犯人か調べることなど、今の我には到底知りえぬのだ》

「……ちなみに、その魔力とやらはいつ回復するのかな?」

 久志は半笑いで問いかけた。目はまったく笑っていない。そのことに仮面は気づいていない。

《そうだな。昨晩で満月は終わったから、次の満月の夜には復活するだろう――》

 言葉を言い切る前には、久志の怒りは十分に沸点を超えていた。五寸釘の照準を今度は仮面の眉間に定めて、もう片方の手で金槌を頭上まで振りかぶっている。あらん限りの殺意が彼の瞳に宿っている。

《うおっ! まて、まつんだ! 早まるな! 十世!》

「いいや壊す。おまえはぶっ壊す。もう、ぼくも限界だよ。ふふふ」

 壊れかけた笑いを浮かべる久志を前に、仮面は懸命に叫んだ。

《まて! 魔力に頼らずとも犯人を探せないわけではない! 我にはもう一つの秘策があるのだ!》

「秘策だって……?」

 久志は金槌を振り上げたままの姿勢で、眉根をしかめた。

 選択を誤れば死が訪れる。仮面は慎重に答えた。

《それはだな――》

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