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3-23 特騎隊事案記録「ホワイト・ワン」

ウィリアム・ウォーカーは『特殊災害対応騎兵隊』の即応部隊、アルファ班に属する竜騎兵だ。彼の属する部隊は、巨大に異常成長した獣、異界から呼び出された邪神の眷属といった異常存在が引き起こす災害への対応を担う。


彼が通報を受けて向かったアルフィク市。そこでは白い人型の存在によって、人も街も虫食いのように削り取られていた。


『ホワイト・ワン』と名付けられた怪物は、触れたものを消失させる。そして何かを削り取るたびに大きく、強くなる。都市を襲う度に力を増す異形の向かう先は、国内最大の人口を擁する首都。


ウィリアムは惨事を防ぐため、騎竜の流星号と共に空を駆ける。

 ウィリアムが騎竜の背から俯瞰した被災地アルフィク市街の状況は、これまで見てきたものと比較してなお異様だった。


 街を一直線に貫く破壊の跡。

 虫食いのように部位が欠けた石造りの街並み。


 失火による煙や崩落した建築物といった、他の現場でも見る被害もある。だがそれらは副次的な被害に過ぎない。

 街を踏み潰す、突き崩すのではなく、削り取りながら通過したような跡。いかなる手段でこの破壊はもたらされたのか。


 連絡を受けていた通報の内容によると、「人間と同サイズの存在」がこの事態を起こしたと言う。事前にこれを聞いていなければ、彼はもっと大きく対象の大きさを見積もっていただろう。この事態を起こした者は、サイズに見合わぬ危険性を持つらしい。


 彼の恐れが伝わったのか、あるいは知性や本能で異常性を理解したのか。騎竜の流星号も不安げな声を漏らした。


「俺が弱気じゃダメだよな。ありがとう流星号」


 救援の先触れであるウィリアムが不安を表に出せば、被災した人々にも不安が伝播していくだろう。もうすぐ助けが来る、と人々を安心させるのも、特騎隊の役割の一つだ。バディを組む流星号は賢く経験も豊富で、彼は何度も助けられてきた。


 ヘルメットが街の一角から打ち上げられた発光信号を拾い、バイザーに強調表示する。ウィリアムは相棒を、自分自身を奮い立たせるように手綱を引いた。


 流星号の大腿で開いた噴気孔が、体内で加熱圧縮した電離気体を一吹き。翼で滑空していた竜の体は、発光信号へ向けて加速する。

 信号に接近すると、地上でそれを放った者が見えてきた。指先に光を灯し、腕を振って着陸を合図している。


 流星号は翼を大きく広げて腿を下へ向け、速度を調節しながら滑空に移った。垂直離着陸は個体によって得意不得意の分かれる動きだが、騎竜は姿勢を崩すことなく降下していく。


 高度が下がると共に、孔から放たれる光は少しずつ弱くなる。二つの脚が爪で地面を掴むと、かすかに灯っていた光が完全に消えた。放出される気体が光るほどの熱と圧力を持たないだけで、人には危険な温度ということに代わりはない。


 放出が完全に終わり、孔が閉じるのを確認したウィリアムも地面に降りる。すると誘導員の背後から、痩身の男が近づいてきた。


「特騎隊の方ですね、お待ちしていました!」

「アルファ班の7番、ウィリアム・ウォーカーです」


 飛行服のポケットから隊章を取り出し、提示する。男もといアルフィク市役場の職員は、事態の経緯を取りまとめた担当者であり、これから現場へ同行するという。


「ここで待機していてくれ。また飛ぶときは竜笛(りゅうてき)で合図する」


 竜は了解した、と言わんばかりに一瞥と声を返した。




 竜が降りられるよう開けられた空間を抜けて、空から見下ろした破壊の跡へ向かう。その道中に見たものからも、分かることがある。


 ウィリアムが災害出動を経験した回数は決して多くない。そんな経験の中で見てきた限り、現場で出会う人は二種類に分類できる。ある種張り詰めた雰囲気、あるいは心の中の何もかもを掻き出されたような虚無、そのいずれかを纏っている。いきなり日常を破壊されて、冷静でいられる者はいない。


 ここの人々は、大体が前者だった。

 この事態は『惨事』ではあるが、『最悪』ではないのかもしれない。


「ここが、対象の通過した経路です」


 地上に降りることで、上空からは見えなかったものが見えてくる。欠損した建物の断面は、光を反射するほどに滑らかだった。木材、レンガ、石、金属。性質の異なる建材全てが継ぎ目なく断面を構成している。


 職員が2枚の紙をウィリアムに手渡した。一つは街の略図、もうひとつは。


「目撃者の証言から作成した、対象のスケッチです」


 人間のような、子供の作る粘土細工よりは人らしい形の何かが、紙に描かれていた。腕の先には指のように物をつかめそうな突起があり、頭には口らしき空洞を備えている。それ以外の器官は何もない。

 これに比べれば以前交戦した異界の住人達が、まだ人間に近い存在に思える。異様に見えても、あれらは最低限『こちら側』の法則に従って肉体を構成していた。大まかな形が似てはいても、どこかが根本的に異なる存在に見える。


「口だけはあるんですね」

「呼吸らしい音を聞いた、という証言もあります。病人のような濁った音だったと」


 動きの速さも病人並みであれば、と男は付け加えた。


「対象は、街の北東部から外壁を破壊して侵入しました」


 街の地図上で侵入位置が示される。この何者かは一直線に目につくものを破壊したらしく、外壁の向こう側まで遮るものが無い。

 こうして近づいて見てみると、削り取られた断面が光を反射しているのが分かる。


「事態を把握した衛兵が威嚇、撃退を試みました」


 結果は死者多数。白い人型は、接触した物体を消滅させる現象を起こす。平常時の動きは鈍いが、外敵に対処する時は獣のように素早く動く。これらの性質を把握するまでに時間がかかり、被害が拡大した。


「この日は、子供たちに職業(ジョブ)適性の神託が下る日では」

「市街中心部の神殿には、周辺の町からも多くの児童が集まっていました。……犠牲を払ってでも、非難が完了するまで対象の移動を遅滞しなければならなかったのです」


 近接戦闘では人命の浪費と判断した衛兵隊は、市街地における火器の使用を決断した。触れただけで部位の欠損を発生させる存在相手に、ある程度の時間を稼げる選択肢は他に無い。


「爆発と燃焼の跡は、衛兵隊の攻撃によるものですか」

「はい。炎はともかく、爆風や強い衝撃は『足止め』に有効だったと証言があります」


 言い間違え、あるいは聞き間違えとしか思えない言葉があった。


「爆風が、『足止め』に?」

「はい。切る、突くといったやり方では傷はできても即座に塞がってしまいます。飛び道具も効果範囲の狭い、体に穴を開けるような性質のものは効果が認められなかった、と」

「それほど強い再生能力が」

「爆裂弾の直撃で体が吹き飛んでも、短時間で破片が寄り集まって再び動き出しました。致命傷を与える手段は判明していません」


 ウィリアムは、この人型が生命にカテゴライズされるべき存在なのかを疑った。


 過去に読んだ報告書の情報が頭に浮かぶ。他国で被害を出した、邪法によって製作された傀儡。それが似たような性質を持っていた。然るべき手順を踏んで停止させなければならず、通常の手段で破壊は不可能。


 条件付きの不死、不壊という特性を持たされた、何者かの被造物なのではないか。

 だとすれば、この人型はより強い破壊力を付与した改良版だ。停止させるまでに、いったいどれほどの被害が出るか。


 この白い人型が作られたものであれば、その背後には製作者の意図が存在するはずだ。この街が「児童の集まる祭日」という最悪のタイミングで襲撃を受けたことも、無関係ではないのかもしれない。


 思考の途中で、視界の端に映ったものが目を引いた。破壊の跡から少し外れた場所に、防水布が広げられている。

 視線に気づいた職員が、その下にあるものを教えてくれた。


「人手不足でして。最低限の処置としてああしていますが、遺体の集積までは手が回っていない状態です」


 布をかけられた人間の形は、一人なら一本の棒、複数人を並べれば厚い板のようになるはずだ。しかし、今目の前にあるものは違う。

 おおまかに板状ではあるが、穴が開き、端が欠けている。布の下がどうなっているかは容易に想像することができた。


「対象の現在位置は」

「不明です。避難完了後は被害を抑えるために対象を素通しさせましたが、サイズの小ささもあり見失いました」


 ウィリアムは、腕につけた竜声通信機のチャンネルをベータ班に合わせた。流星号が通信を仲介し、竜たちの使う二つの声の内、人の耳には聞こえないものが遠く離れた場所へと届く。


「こちらアルファ7、アルファ7。ベータ班、ベータ班聞こえるか」

「こちらベータ4」

「アルフィク市にて現地の被害状況を確認。対象の殺傷能力は高く、死傷者多数。市内の秩序は維持されているが、対応に割く資源が不足している。急がれたし」

「ベータ班は現在、多目的飛行船『サンライト号』にてアルフィクへ急行中。到着予定時刻は10:00」

「了解。対象の現在位置が不明のため、アルファ7は追跡に移る、以上。」

「了解。……十分に注意してあたれ、アルファ7」

「言われずとも。通信終了」


 隣で通信を聞いていた職員の顔を横目で見ると、ほんの少しだけ険しさが和らいだように見えた。見放されてはいない、助けが来る、こういった認識は人に力を与える。


「お聞きの通り、ベータ班が救援に来ます。私はこれより白い人型の追跡にかかりますが、ここのことはお願いします」

「はい。……お気をつけて」

「それでは」


 ウィリアムは竜笛を吹き、流星号の下へ向かう。無意識的に防水布へ向けた一瞥が、彼の体に、心に力を与えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 【タイトル】ミリタリー系っぽいタイトル。騎というからには馬に乗るのだろうか。 【あらすじ】竜に乗る方だった。モンスターパニック、というよりは怪獣ものか。 【本文】タイトルがこれなのだから…
[一言] 3−23 特騎隊事案記録「ホワイト・ワン」 タイトル:特別騎馬部隊って想像しました。中世の軍人さんが主人公かな? あらすじ:災害騎兵だった。エヴァの使徒のような存在がやってくる話だね。 …
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