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3-19 オソガル少年の嫁取り物語 ~乳のデカい女をもとめて~

「僕も結婚がしたいです!」


 名を持たない隠れ里に住まうオソガル(熊が恐れる)少年は結婚をしたがった。

 結婚をすれば、里の大人の仲間入りができる。

 しかしながら、里には結婚相手がいない。

 少年はまだ幼く、ひげの一つも生えていない。

 

 彼を育て、鍛えた師匠の許しも得られない。

 

 ないないづくし。

 このままでは結婚ができない。

 結婚ができないのであれば、里のものにも認められない。

 少年は師匠の静止も振り切り、隣国の武闘会へ出場することを決意した。


 妻の要件は次の通り。


「乳のデカい女が情の厚い女。そのものを妻とせよ」


 純朴な少年は、師匠の教えに従順だ。


 西瓜のような乳のデカい女を妻とするため、幼い少年は旅に出る。

 

 おね×ショタ好きに贈る物語。

 少年は大人になれるのか。

 隣国の姫は本当に乳がデカいのか。

 少年よ立ち上がれ。師匠の呪縛を断ち切れ!

 オソガル少年は仰天する。


「姉さんでも結婚ができるのか」


 姉から男ぶりたくましい筋肉の塊を紹介された。

 姉が里を飛び出し、数々の武芸者の中から、これと認めた男を里に連れ帰ってきた(多分……誘拐)のだ。

 義兄も並の男ではない。喧々していた姉が義兄の前では借りてきた猫。姉の芯が通った背骨は、いつの間にかしなびた大根に変じた。

 少年は「今なら、姉を叩きのめせる」と椅子で殴りかかるも、たちまち、晴れ着姿の姉に返り討ちにあった。姉は決して弱くなったわけではない。

 迷惑な姉が人々に祝福されて大人の仲間入りをした。


「僕も結婚しよう。そうしたら、里の大人達の仲間入りだ」


 歳も十を越えると、自立心が芽生える。

 それだけのことだった。

 

 ※


 この物語の本筋(オソガル少年の嫁探しの旅)に姉は大きく関与しない。しかし、オソガル少年を語る上で彼女を語らないわけにはいかない。少年にとって、五つ年上の姉というのは理不尽な山猫だった。


 病で両親を亡くした彼にとって、姉は唯一の肉親である。


「あんたみたいなお荷物がいるだけで、お姉ちゃんは苦労するんだよ! メソメソすんな!」


 臆面もなく言ってのける姉。

 五歳のオソガルには堪えた。

 姉は姉で、ふにゃふにゃ泣き出す弟を疎ましげに思っている。

 まるで男に見えない少女のような少年。

 自分よりも愛らしいのが更に気に食わん。

 こんなに相性の悪い二人だけで生きていけるわけがない。

 里の大人たちも、孤児となった二人を把握していた。


 里は豊かで、子は喜ばれる。


 どこも手をあげて引き取ろうとした。

 しかし、すべての希望をなぎ倒して、二人を引き取った者がいる。


 名をヴァジナという。


 生業は里の武術指南。


 万年婚活中。相手はワケあっていない。


「お前たち男が軟弱だから、わしはいつまで経っても結婚できない。結婚できないから、子どもも作れない。仕方なし、子どもの面倒でもみてやろう」


 ヴァジナは五歳と十歳の子を持つには少々若く見える。

 しかし。

 里の大人たちは、ヴァジナが見た目通りの年齢ではないことを知っている。


 里の男たちには共通の経験がある。


 一度はヴァジナを嫁にせんと武術の鍛錬に励むのだ。


 女たちはそれが気に食わない。

 

 ヴァジナに誰も勝てない。男たちはやがて諦めたように他の女たちに求婚する。

 

 女たちはそれ()気に食わない。


 里の者たちが、ヴァジナにおしめを替えられているし、ヴァジナに看取られた。


 数百年の不敗神話。


 武神の寵愛を受けた亜神のヴァジナ。


 願いは誰かに敗けること。


 里の男が不審げに訊ねた。


「ヴァジナ。あなたが子を育てることに誰も異論はない。異論はないが」


「なんだ」


 ヴァジナは敬われている。しかし、全てが思うままにいく訳では無い。


「オソガルが幼く、愛らしい年端のいかぬ少年だからといって、やましい考えはないか?」


 オソガルは少女のような愛らしさを持つ少年だ。

 

 剣よりも花が似合う。


 男達は幼い頃から、ヴァジナの指導を受けて、弓術、馬術、槍術、剣術、水泳術、捕手術、柔術等「戦働き」に必要とされるもの全般を叩き込まれている。


 故にヴァジナの願いを知っていた。


「今から鍛えればわしを倒せる男になる。あと、顔が好みだ。都合がいい。だからわしの元で面倒を見る。あと、顔が好みだ。姉もまとめて見てやろう。あれは元気だ。女として躾けるより、あれは伸ばした方がいい女になるぞ。強い女を男たちは嫌わない。お前たちもわしが大好きだっただろ?」


 ヴァジナの凄みのある笑顔を前に男たちは目を伏せた。

 彼女はやましい考えでいっぱいだった。

 しかし、男たちのせいで、伴侶を持てぬ彼女にこれ以上何も言えなかった。


「本来であれば、我らが面倒を見るべき子ども達だが、ヴァジナにお任せする」

 こうして、オソガル達はヴァジナの預かりとなった。


 五年後。

 

 ヴァジナに鍛えられた娘は里一番の女武者となり、夫となる男を求めて旅に出た。

 

 ここにヴァジナが目論んでいた「わし好みの男を育てる」というやましい狙いは達成されようとしている。


 ※


 ヴァジナは小屋に住んでいる。

 大きなものではない。かといって、粗末でもない。清貧なもの。

 独りで暮らすには充分。しかし、人を招くには少々狭い。

 狭いが、その狭さが都合がいいと判じ、寝具も一つで済ませた。

 風呂も「薪がもったいないから」といって、一緒に入らせた。

 オソガルには疑問を持たせない。

 多くがヴァジナに都合が良かった。

 蒸籠(せいろ)で蒸した饅頭と鶏のスープ。

 オソガルとヴァジナが二人で食卓を囲んでいる。

 囲んでいるというのは、間違いか。

 ヴァジナはオソガルを膝に乗せ、片時も離さないように身近に寄せている。


「これはそういうものだから」


 とオソガルに疑問を持たせない。

 新婚夫婦は二人で暮らすものだと言いくるめて、オソガルの姉は追い出された。

 ようやっと男と二人で暮らす。念願かなった。

 だが。

 ヴァジナにとって、都合が良くないことが起きる。


「ヴァジナ師匠! 僕も結婚がしたいです!」


 ※


 師匠は饅頭を頬張っている。

 オソガルは師匠が饅頭を飲み込むのを待った。

 数瞬がひどく長く感じる。


「あい。分かった。お前の求婚を受けよう。十歳にして、妻を娶ろうとは豪気だ。わしの育て方がよかった。しかし、わしを倒せないなら結婚はできん。わしより弱い男に身体は許せん。女は弱い男を嫌う。今まで以上に鍛錬に励め」


 師匠は頬を真っ赤に染めながら、目を伏せて答える。


(何かおかしい……)


 オソガルは気づく。


「……はっ! 言葉が足りませんでした。姉のように僕も妻を見つける旅に出ます」


 オソガルは続けて説明した。

 姉の変化。大人の仲間入りや自立心。

 

 常ならば、感情を見せない師匠の顔つきが剣呑なものに変化する。途端に目が泳ぎだして、汗が吹き出している。何か嫌なことでも思い出しているのだろうか。


 オソガルの言葉の継ぎ目を縫うように、師匠は言葉を割った。


「お前を迎えて五年。男は、いつもそうだ。わしの婿にしようと、色々な男を育てた。育てたが、大体が他所から女を捕まえてくるのだ。おい、オソガル。お前に女の選び方は教えただろう? 言ってみなさい」


 ヴァジナは武術の師匠だけではない。

 オソガルの保護者でもある。

 知も武も彼女から習った。


「乳のデカい女が情の厚い女であると教わりました」


「よくわかっている。ところで訊こう。この里において、わしより乳のデカい女はおるか?」


 ……ヴァジナが言及をしたので、触れねばならない。

 

 ヴァジナという女性を表現する時、それは多くの男が振り返る背丈と乳房である。


 大きいことは強い。


 ヴァジナが戦場武術の使い手であり、武神の寵愛(呪い)を受けるに至った要因の一つとして、体格の有利があった。


 ヴァジナは里の男たちの誰よりも背が高く、相応に筋肉がついていた。


 縮尺がそのまま大きくなれば、必然と乳もデカい。


 里の女達のそれは、小さなお椀程度のものがせいぜいだったが、身の丈の大きさに比例したように、西瓜のような乳房を持ったヴァジナはそれを自慢としていた。


「おりません」


 オソガルは膝にのせられている。

 ヴァジナの乳はまるで背もたれのように、オソガルを包んでいる。


「……ふん。これで、わかっただろう? お前の妻にふさわしいのは乳のデカい情の厚い女である。お前はまだ若い。これからまだ身体は大きくなる。励めば、お前はわしを倒せるようになるのだから、もうすこし辛抱だ」


 ヴァジナの言葉に偽りはない。亜神の稽古は凄まじく、五年の月日は少年を限りなく強くした。ただ、強さに少年の自信が追いついていないだけだ。


「師匠、質問しても?」


「許す」


「師匠はお強い。誰かに負けたことはありますか?」


「ないからここにいる。無敗だ。無敗ゆえに武神の加護も受けた。いつか、わしを倒せる男か女が現れるのを心待ちにしている。手が止まっているぞ。飯を食え、身体を作れ」


 オソガルは師匠の手によって、食事を運ばれる。

 饅頭を押し込み、スープを流し込む。甘々に甘やかされている。

 咀嚼と嚥下を繰り返し。

 師匠の手が空いたころに再度発言した。


「師匠! 僕は伴侶を探しに旅に出ます!」


「だめ!」


 お許しは出なかった。


 しかし、オソガルは知っている。姉はそもそも許しを得て、旅にでた訳では無い。


 多少の無茶をしても師匠は許してくれることを知っていた。伴侶を見つけて帰れば、祝福してくれるはず。オソガルも考えが甘々なのである。


 幸いオソガルにはあてがあった。


 聞き分けのいい弟子を前に、ヴァジナが怪訝な視線を向けていた。


 ※


 翌朝。


 オソガルが残した手紙には次のように記されている。


「隣国の武術大会に出てきます。景品は乳のデカいお姫様です。良い知らせをお待ち下さい」


 武術大会のチラシには「乳の上に頭がある」ような女性の肖像画が描かれる。


「乳がデカいぞこの女! あいつは素直すぎる!」


 ヴァジナは高弟に、道場を任せてオソガルを追った。

 

 まつろわぬ民の一族。

 オソガル(熊が恐れる)と呪われた亜神ヴァジナの旅の始まりは求婚にまつわるものということを、多くの語り手が知らない。

 

 次なる舞台は隣国の武術大会に話を移す。



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