3-12 ロストメモリア ─記憶を失った僕は、周りから72通りの名前で呼ばれている─
バーチャルリアリティ技術が発展し、現実味を持った電脳世界が「第2の地球」として親しまれ始めた……その片隅で。
彼は、自分のそれまでの記憶も、帰るべき場所も、何もかもを失っていた。
生き抜くために様々な知識を学んだ彼は、失ったものを見つけるために。そして、自分がなぜ記憶を失わなければならなかったのか……その手がかりを探し求めることを決意する。
その先に得た安息の地で、好き放題に自分のことを呼び始める友人達と絆を結ぶことも知らずに。
電脳世界と現実世界とで繰り広げられる、日常と非日常の物語という名のカクテル。
貴方は、最後までこの一杯を飲み干せるか。
音が聞こえる。
無機質で、音波のような、電波のような。
けれど、それらが全て重なれば「1つのコンテンツ」になるような──単体では成り立たないが、合わさることでようやく意味を成すような。
聞き分けようとすること自体がおかしいと思える音の津波の中で、ぐじゃぐじゃにかき混ぜられて上も下も右も左も分からなくなっている意識の中、とりあえずは現状を把握しようと身体を起こそうとして。
僕の頭が、床を転がった。
(……は?)
なんだこれ。どうして身体が無くなっているんだ。
僕の身体は……身体は……ちょっと待て、どんな容姿だったかも思い出せないってどういうことだ。それよりも僕が何をしていたのか、自分がどんな名前だったのかも思い出せないって、非常にまずいんじゃないか。
それに、目覚めたばかりの意識も薄くなっている気がする。命が少しずつ漏れ出ているような気もするし、嫌だぞ、こんな状況でたった一人、誰にも知られないまま寂しく死ぬなんて。
なんとかしなければ。
そう思った僕は、近くにあったと気付くことが出来た「ナニカの残骸」に手を……身体がないから、頭で転がった。見た目はホラーかもしれないけど、こっちは生きることに必死なんだ。
そうして近付けた残骸を、僕は「そうすることが出来る」と分かっていたかのように「吸収して」いく。
……で、味は? とかなんかボケてる暇もない。
こちとら、意識が目覚めたら身体もなくて、よく分からんところにひとりぼっちにされてて、わーきゃー騒ぐ暇があったら死ぬ前になんとかしなくちゃならん状況なんだ。そんな余裕なんて出来るはずもない。
けれど、吸収出来たってことは、その逆も出来るはずだ。じゃないと、僕が困る。
(創れ……とりあえず、動ける『身体』を創れ!)
そこからは、もう早い。
現状を把握したいんだから、どんな身体にするかは二の次。とりあえず、顔と手と足があれば良い、って感じで自分のなかで創っては組み込んでいく。
その作業の合間に、漏れ出ていたナニカの流出は収まっていた。たぶん、生命力みたいなものだったんだろうなぁ。
(これで……最後!)
吸収したことで得られたリソースをほぼ全部使って、仮の身体を作成。あとは意識をソレに馴染ませてしまえば──「あ……、あー、あー!」よし、声は出た。
無理に身体は動かず、そのまま手を握ったり開いたり。足を伸ばしたり畳んだり。こっちも意識と身体をしっかり馴染ませてから……さぁ、目を開くぞ。
「……おぉ……って、ここどこだよ」
目を開けて、入ってくる情報量に感動する──前に、見えてきた世界があまりにもあんまりな世界で、思わずつっこんでしまった。
聞こえてきてる音からも予想はしてたけど、ものすごい無機質。叩けば金属音が鳴りそうなくらい機械的で、電波みたいなものがビュンビュン飛び交ってるし、あちらこちらで数字が落ちながら目まぐるしく変わってる。
近未来的なサイバー空間、という表現が一番しっくりとくる。いや、本当になんでこんなところに僕は居たんだろうか。
ついでに言うと、自分のいる足場の縁から下を覗いたら底が見えませんでした。変に動かなくてよかった。
「この辺に、なんか情報無いかな」
自分が最初に倒れていた、と思う辺りを見回すと、うすら焦げているけど読めなくもない、チラシっぽい何かがあった。肝心のところは黒く変色してて読めないし、書いてある内容的には推測でしかないけど──
「何かのデジタルネットワークの表層化してない領域……みたいな感じなのか」
裏路地や、地下水路みたいな。
だとすれば、どこかに表層まで続く道があるはず……と思っていたら、目の前に「ここですよ」って言わんばかりに扉があるじゃないか。
あからさまに罠っぽい。でも、罠かどうかを疑っててもここにずっといるわけにもいかないし、開けて出るしかないんだろう。
ついでで、その辺に転がってる破損したデータの塊とかを吸収しながらリソースも補給。とりあえずは見た目だけなら「よくあるゲームアバターの初期状態」まで整えることが出来た。これならウイルスかなにかだと思われて、急に攻撃されることもない……はず。されたらお手上げなんだけど。
「この先になーにがあるかなっと」
開いた扉の先に見えた光景。
それは、言ってみれば「テーマパークのメインエントランス」みたいな場所だ。
おもいおもいのアバターに自分を投影した人達で溢れていて、未来に思いをはせて楽しく盛り上げる音楽が賑やかしく鳴り響き、これからイベントがどんどん始まっていきますよって感じの、そういう意味で「とても賑やか」な場所。
そこかしこにいっぱいばらまかれている紙があったから、1つ取ってみる。さっき見つけた、焼け焦げたチラシっぽい何かに書かれていたものと同じ。これが元々の内容らしい。
「へぇ……アルカディアっていうのか、ここ」
電脳空間サービス、アルカディア。
バーチャルリアリティ技術が進歩して、ネットワーク上に「もう1つの世界が創れましたから遊びにきませんか?」みたいな謳い文句で提供される、アミューズメントサービス……ってことかな?
小規模ながらも個人運営も出来るワールドの「リージョン」っていうのも創れるのか。アクセスキーを知ってる人以外には非公開も出来るとか、ちゃんとゾーニング設定もあるんだね 、感心感心。この時代、ちゃんと検索避けやトラブル対策は必須だもんねぇ。
「……よし、ちょっと落ちつこうか」
その辺にあったベンチに座る。
生命の危機?
もしくは存在消滅の危機?
とりあえず、そういうのを回避したっぽいから、これでようやく落ちついて色々と考えることが出来る。
まずは、僕の状況だ。
名前が出てこない。身元を証明するものもない。そもそもの身体もなかったから、僕は何者なのかっていう疑問しかないけど……プログラムやデータのエラーで意思を持ったAIではなく、人間なのは間違いないだろう。
だって、僕が思い出せないのは、名前や年齢や性別といった「自分のことに関する、パーソナルデータ」だけ。それまでに覚えたであろうサブカルチャーや技術とかはしっかり覚えてる。まぁ、身元判明に繋がりそうな部分はのどに小骨がひっかかったみたいに、思い出せそうで思い出せないもどかしさはあるけど。
次に、僕の現状だ。
ここが電脳空間サービス「アルカディア」の中だとしたら、僕は「非正規なログインをしてる」犯罪者っていう可能性がある。ログイン方法が意図しない方法であったとしても。
でも、確認したら「ちゃんと正規の手続きを取ってログインをしている」みたい。
けどそれは一体、誰のアカウントで?
そのアカウントは、本当に僕のものなのか?
それを調べるのと、僕が「なぜかログアウトができない」理由も探らなきゃいけない。
あんなところでアバターもなく、下手したら修復不可能な壊れたデータの一つになりかけていたんだ。きっとろくな理由じゃない気がする……あるいは、そうせざるを得なかったのか。
なんにしても、それらを調べるためには必要なものがいっぱいだ。
今の僕には、文字通りに「手持ちがない」からね。どうやって稼いだものかな。
「……まぁ、色々やってみるしかないか」
パッとお金になりそうな技術だけでも上げれば、キャラクターモデルを創って動かしたり、何かしらのソフトを一から組み上げたり、ハッキングやカウンタークラックが出来たり。
……本当、記憶を失う前の僕は何者だったんだろうか。
趣味に生きてるような気がしなくもないけど、それにしたって持ってる技術が物騒なような。でも、今はそれに助けて貰おうとしてるんだから、深くは突っ込めないよね。
そんなこんなで色々と動いてみて、あっという間に十年。
モデリングデザイナーとしても、クラックハッカーとしても、困った時の便利屋としてもそれなりに有名になって。
勝手に呼ばれ始めた名前が72個くらい出来て。
「なんでこうなったの!?」
「そんな呼び名の数で大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ、大問題だよ!?」
ついでに、なにかと僕を弄ってくる補佐AIも、拠点に住み着いた。
……そんな、関係者じゃなければ愉快なことしか起きそうもなさそうな。
記憶を取り戻そうとする僕の──ロストの日常が、今日も始まる。





