その7
魔王様と会ってはじめての夏休み、どこに行こうか、何をしようかと期待に胸を膨らませていたのだけど
「仕事が溜まっているからいったん国に戻る」
と言って、魔王様は夏休み丸々魔界に帰ってしまった。
そう言いつつも、仕事を早めに終えて王都に戻り、ヒロインを驚かせる。なんていう小説のような事はなく、全く、一日も、会えなかった。
有言実行の男。
私はと言うと、何故かエリック様とアデル様にお茶会に招待されたり、ジェシーの領地に遊びに行ったりとそれなりに楽しく過ごした。
そんな夏休みが終わって今日から2学期。
魔王様と久々に会えるので嬉しくて私は満面の笑顔になっていたと思う。
「お久しぶりです!」
と言うと魔王様は
「ああ」
とだけ言って、顔を逸らしてしまった。
馬車の中でも魔王様は書類をじっと見つめていて、話しかけられる雰囲気ではなかった。
魔界で何かあったのかな?
と、朝から悶々としていると、なんと隠れキャラの帝国の第二王子ニコラス様が留学してきた。
殿下とアデル様に後日改めてお礼を言われるほどお二人は仲睦まじくなり、他の攻略対象者も婚約者と仲睦まじく、第一、私は魔王様と婚約中という設定なので、すっっっかり油断していた。
そしてゲーム通りにニコラス様は私の隣の席になり、机を引っ付けて教科書を見せてあげるというお約束のイベントが発生してしまった。
「ピンクの髪って珍しいね」
そう言いながら髪を一房掬って口付けようとしたので
「駄目ですよ〜」
と不敬にならないように笑顔で言って髪を放して貰おうとしたのだけど、間に合わずに口付けられてしまった。
魔王様を見ると、こちらを見ていたけれど特に表情を変えることもなく前を向いた。
うっ、結構、かなり落ち込む。
しかも先生に頼まれて放課後学園を案内することになった。これもゲーム通り。
放課後魔王様を見ると既にいなかった。
しかもジェシーもお家の予定とかで帰ってしまった。
恐るべしゲームの強制力。
案内している最中、距離が近いので離れると肩を抱かれた。
相手は隣国の王子様なので不敬にならないように、笑顔で、でもやんわりと手を退けた。
でもまたしばらくすると肩や腰に手を回され、やんわりと手を退けるというのを繰り返した。
こういう人って、自分の地位や容姿に自信があって、自分が言い寄れば女性はみんな喜ぶと思っているからタチが悪い。
ゲームをしている時はかっこいい攻略対象者だったのに、今の私にはセクハラ親父にしか見えないのだから不思議。
学園はとても広いので、図書室、魔法練習場、講堂などを紹介したら結構な時間になっていた。
今日はもう切り上げて帰ろうという話になり教室に鞄を取りに戻った。
「遅くなったので送ろう」
とニコラス様が言うのを丁重にお断りしたら
「遠慮せず」
とまた懲りもせず肩に手を回された。
「いえ、本当に大丈夫です」
「焦らして気を引く作戦なのか?」
と言いながら私の両頬を掴んで顔を近づけてきた。
「やめてください!」
嫌だ! 気持ち悪い!
魔王様っ!!!
するとニコラス様の手が顔から離れたので目を開けると、魔王様がニコラス様の肩を掴んでいた。
「何をしている?」
「邪魔をするな」
ニコラス様が言うのを無視して魔王様が私の腕を掴み歩き出した。
「俺が先に彼女を送ると誘ったんだが?」
と言うニコラス様を一瞥して
「彼女は俺の婚約者なんだが?」
と言って再び歩き出した。
演技だとは分かっているけれど、ちょっと、いや、かなり嬉しかった。
馬車に乗り込むとやっと腕を離された。
魔王様は不機嫌そうに腕と脚を組んで目を閉じている。
全身から殺気というか怒りのオーラのようなものが出ている。
怒っている?
何に対して?
ヤキモチなんて妬くはずないから、私を待っていて帰りが遅くなったからとか?
「帰りが遅くなってごめんなさい。まさか待っていただけているとは思ってなくて」
「何を言っている?」
「えっ、遅くなったから怒っていらっしゃるのかと……」
「別に怒ってなどいない」
「でも……」
「しつこいぞ」
ますます怒られてしまった。
今朝から様子がおかしかったけど、やっぱり魔界で何かあったのかな?
それとも私と一緒にいるのが嫌になったのかな?
さっきまでの嬉しかった気持ちがあっという間に消えてしまった。
魔王様の大きなため息が聞こえた。
どうしよう、どんどん嫌われていく。
そう思った時だった。
急に何かに包まれた。
えっ?
向かいに座っていたはずの魔王様が私の隣にいて、しかも抱きしめられていた。
「魔王様?」
「婚約者はこういう時抱きしめるものなのだろ?」
なんだ、婚約者設定を守っただけなんだ。
一人ドキドキして本当にバカみたい。
「そんな設定、守らなくていいです!」
手で押して彼から距離を取ろうとした。が、さらに強く抱きしめられた。
えっ?
「……魔王様?」
彼は何も言わなかった。
そして……つむじ付近に柔らかいものが触れる感触があった。
優しく優しくそっと。
どうして?
「魔王様……」
これも婚約者の真似をしたの?
そんなことする必要ないよね?
なんで……?
その後、家に着くまで無言で抱きしめられ続け、彼は結局何も言わなかった。
翌日はいつも通り迎えに来てくれた。
魔王様は何もなかったかのような態度だった。
やっぱり私ばかり意識していて悔しい。
そう思っていたのだけど、教室に入ると魔王様が
「しばらく席を替える」
と言って私を自分の席に座らせると、彼は私の席に座った。
ニコラス様は文字通り目が点になっていた。
そして授業中、魔王様とニコラス様は仲良く机を引っ付けて教科書を一緒に見ていた。
婚約者設定を守っているだけだとわかってはいるけど、嬉しくなってしまう気持ちを止められなかった。
その後の教室移動やお昼も魔王様がニコラス様を案内してくれたので、私はそれ以上イベントを起こさずに済んだ。
魔王様の行動に一喜一憂していた私は、魔王様に何が起きていたのか知らなかった。




