その3
翌日、母親ではなくメイドに起こされた。
スマホも見当たらない。
ゲームしながら寝落ちしたと思っていたのだけれど……
ブラック企業に勤めていて少ない睡眠時間を、更にゲームで削っていたから体が限界を迎えたのかな?
さすがにもうこれが「夢」とは言わない。
魔王様と話した事もはっきりと覚えているもの。
推しを至近距離で拝んだ事で夢見心地ではあったけれど。
そう思いを巡らせている間にもベテランメイドのセシリアが私の支度を整えていった。
朝食を取り、いつも通りに家を出て馬車乗り場(前世でいうバス停みたいなところ)へ徒歩で向かう。
うちみたいな貧乏貴族は何台も馬車がなく、基本的に父が使うので私は通学のために乗合馬車を使っている。
「何をしている?」
いきなり背後から声を掛けられ驚いて振り向くと、肩に黒猫を乗せた魔王様がいた。
「えっ!? なんで?」
「側で監視すると言っただろ? それより、まさかここから歩いて行くのか?」
「いえ、すぐそこが乗合馬車の乗り場なので」
「家の馬車は壊れたのか?」
「いえ、家には馬車が1台しかなくて……父が仕事で使うので、私は毎日乗合馬車を使っているんです」
「……そうか、気が付かなくてすまない。転移魔法で送ろう」
「駄目ですよ! もし転移した先に人がいたら大騒ぎになっちゃいますよ」
「そうか。それならば……」
そう言って魔王様が肩の黒猫にチラッと視線を送ると黒猫がヒラリと飛び降り三匹に分身した。
「ええっ!?」
そしてそれぞれ御者、馬、馬車に変身した。
「ええっ!? 分身してさらに変身って、そんな魔法あるの!?」
「これは魔法ではない。こいつのスキルだ」
何そのチートスキル。
チートな魔王様のペット、ペットでいいのかな? しもべ? もチートなんだね。
それにしても周りに人がいなくて良かった。
騒ぎになる所だった。
「これからは毎日迎えに行こう」
「ええっ!? 魔王様ともあろうお方が、たかだか男爵令嬢の従者の様な事を? なんて優しいの! しかも狭い密室で魔王様と二人きりだなんて何のご褒美なの! だが断る」
「なにっ?」
「いや、だって婚約者でもないのに毎日迎えにっておかしいですよ」
それに推しと狭い空間で一緒に過ごせるなんて暴走しそう。
「兄妹ならおかしくはないだろう?」
「えっ!? 魔王様と兄妹ですか? 絶対に嫌です」
「何故だ?」
「大好きな人が兄だなんて悲恋にも程がありますよ! 断固拒否します!」
手を上げて表明すると、魔王様は顔を顰めてため息をついた。
「そうか婚約者ならいいんだな? わかった……」
ドキドキ。
「お前は今から婚約者だ」
「おおっ、やったーっ!」
「いいから乗れ」
腕を掴まれ有無を言わせず馬車に押し込まれた。
馬車の中で設定を話し合った。と言うより、ほぼ魔王様が決めてたけど。
うちから歩いていける距離の所に先日売りに出されたばかりのお屋敷がある。
大成功した商人が更に大きなお屋敷に引っ越した為だ。
魔王様はそこに住むことにしたと言う。
「昔からそこに住んでいるドーセット伯爵家の長男でスコット」という設定らしい。
もちろんこの国にドーセット伯爵などと言う人はいない。
それにしても記憶操作の魔法まで使えるなんて、もうなんでもありですね。
チート過ぎて何も言う気になれない。
そう、ここは乙女ゲームの世界。ファンタジーの世界。
そう自分に言い聞かせた私は、もう突っ込む事はやめて全て受け入れる事にした。
「あれ? でもそれなら、記憶操作で魔族は侵攻して来ないと思わせるとか、そもそも魔界は存在しないように思わせればいいんじゃないですか?」
「それは既に試した。だかお前が覚醒した途端にいつも魔法の効力が消えてしまう。お前の力は歴代の聖女の中でもトップクラスらしい」
「えへっ、それ程でも〜」
「褒めていない」
睨まれた。
魔王様と私は幼馴染で昔から婚約しているという設定になった。
「設定だけとは言え、俺を何度も倒したお前が婚約者とか腹立たしいが、側で監視するためだ仕方がない」
苦虫を噛み潰したような顔で言った。
別に婚約者ではなく、同級生や幼馴染でも監視できるんじゃないかな? と思ったけど、形だけとは言え、魔王様の婚約者だなんてとても嬉しいので黙っていた。
「魔王様の本当の名前は何て言うんですか?」
「貴様ら人間に教えるわけがなかろう」
ちょっと睨み気味に言われた。
どうやら触れてはいけないことらしい。
魔王様は話が終わると手元の書類に目を向けた。
仕事が溜まっているのかな?
魔界のトップがこちらに来っぱなしって大丈夫なの?
繰り返しを防ぐのが最重要課題だからしょうがないのかな?
暗い場所でも輝いて見える銀色の髪は、今日は後ろで一つに束ねられている。
長いまつ毛が瞬きの度に揺れる。
透き通るような白い肌。
美人と言ってもいいお顔なのに、長身で胸板が厚いせいか男らしい。
ページを捲る手は大きくて、浮き出た筋が妙に色っぽい。
「何を見ている?」
魔王様が書類を見たまま言った。
「えっと、婚約者という設定になったので、みんなに怪しまれないように婚約者っぽい行動を練習しようかと思って、温かい眼差しで見守る婚約者を演じてみました」
これからは毎日「婚約者」という肩書きを盾に、推しを堂々とガン見出来るのね!
最高!
心臓がもつか心配だけど。
「そうか。婚約者っぽい行動か……」
おや?
魔王様は書類を置くと手を伸ばして私の髪を一房掬った。そしてあろう事か、なんと口付けたのだ。
!?!?!?
ボンっと音がしそうなほど顔が赤くなったのが自分でもわかった。
「こんな感じか? もっと練習するか?」
上目遣いに見上げる魔王様の破壊力たるや。
私はぶんぶんと首を横に振り、俯いた。
やっぱり婚約者設定は早まったかもしれない。
学園に着き馬車から降りると一身に注目を浴びた。
大丈夫かな? 魔法ちゃんと効いてるかな?
知らない人が学園を歩いているって騒ぎにならないかな?
私の心配を余所に魔王様は全く気にも止めず歩きだしたので私も後に続いた。
教室に着き自分の席に座るとジェシーがやって来た。
彼女はジェシカ・リッチモンド(愛称ジェシー)
伯爵令嬢だ。
入学式の日に講堂の場所が分からずオロオロしていた私に声をかけてくれた優しい子。それ以来の友だちだ。
「おはよう。朝から一緒に登校なんて相変わらず仲が良いわね」
相変わらずって……本当に記憶操作されているんだ。
「ジェシーだってロバート様と仲良いじゃない」
「まあね〜」
ロバート様は一学年上でジェシーの婚約者。政略的な婚約なのにとても仲が良いので羨ましく思っていた。
そして視線を移動すると、教室の一番後ろの入り口側の席に魔王様が当然のように座っていた。
「スコット様、本日も美しいわね」
「本当、素敵ですわ……」
「はぁぁ、クレア様が羨ましいですわ〜」
みんなも普通に受け入れている。
よくよく考えたら記憶操作って怖いよね。私のこの記憶も誰かに操作されたものだったりして。
考えると怖くなりそうなので、考えるのを止めた。
誤字訂正致しました。
ありがとうございます。




