13
正門が見えてくると、黒塗りの送迎魔動車が二台止められているのが目に入った。
家族で遠出する時以外で利用することが無いユイニィは、それに乗るのだというだけで気後れしてしまう。周りの面々の様子をうかがってみたけれど、同じ一年生のタニアさんを含めていつも通り。ううん。さすがお嬢様だ。
「じゃ、私はお先するのですよ。遅くなると寮の食堂のいつもの席が取られてしまうのですよ」
クロ様はそういい残して、正門までの道のりを引き返していった。
「でも、ここまで、見送ってくださるのね」
「ね?」
タニアさんがユイニィに耳打ちしてきたので、二人でこっそり笑い合った。
夕暮れの中、少し冷たい風に制服の裾をなびかせながら歩いていくクロ様の背中は、とても格好いいと思った。
「じゃあ、気をつけてね。何かあったら連絡するわ」
「はい。お気をつけて」
アニス様と共にエルザ様を支えながら送迎車に乗り込んだレシル様は、扉に手をかけてそう言った。
残された三人は会釈をして見送る。と、ユイニィはレシル様と目が合う。何か、目配せされた。
何だろうと考えているうちに送迎車は動き出してしまい、レシル様の真意は分からないままになってしまったのだけれど。
……なんだか、また大丈夫と言われたような気がする。
ユイニィは首を捻りながら、もう一台に向かうタニアさんの背中についていった。
「あら、マテリア様?」
「え?」
タニアさんに続いてユイニィがふかふかの送迎車の椅子に座っていると、タニアさんが扉の向こうに声をかけた。
そこには困ったように微笑んでいるマテリア様の姿がある。
「ええと、私は少し寄るところがあるの。気にせず二人で帰ってちょうだい」
マテリア様はそう言って、小さく手を振る。
あ。ユイニィはそこであることに思い当たった。以前一緒に帰った時に、マテリア様は乗り物が苦手だと仰っていたではないか。
どうしても必要なら乗るけれど、出来る限り乗りたくない。そこまで思い出したところで、ユイニィは自分でも驚くほど手早く荷物を抱えて送迎車を降りていた。
「……あら、ユイニィ?」
「わ、私もっ!!」
それは自分で思っているよりも大きな声だったらしい。目の前のマテリア様が目を丸くしてらっしゃる。
「私も、寄るところがありますっ!」
言ってから、自分でそれは無いだろうと言いたくなるような理由だったけれど、とにかくマテリア様と一緒じゃないといけないと、口が勝手に喋ってしまったのだ。
必死なユイニィに呆然としていたマテリア様だったが、直ぐに苦笑して、一人取り残されたタニアさんに声をかける。
「……そういうことだから」
「はい、分かりました。では私は家まで送ってもらいますね」
ああ、タニアさんごめんなさい。ユイニィが送迎車を振り返ると、タニアさんが凄く嬉しそうな顔で、「がんばって」と口を動かしたのが見えた。
ああ、これは明日にでも色々聞かれるんだろうなぁ。
ユイニィが笑顔だけで返事をすると、タニアさんを乗せた送迎車は滑るように動き出し、すぐに見えなくなった。
「……それで、ユイニィはどこに寄るのかしら?」
「え、あの……どこといいますか」
見送ったところで後ろから声をかけられて、ユイニィはしどろもどろになりながら振り返る。
もちろんどこかに寄る用事なんてないので、答えようがない。
「なんて、冗談よ……私が乗り物苦手なの、覚えててくれたのね」
「あ……」
夕暮れの赤に照らされて、ほんのりと朱に染まったお顔で微笑むマテリア様がとても嬉しそうにされていたので、ユイニィは、ああ良かったなぁと思った。
「あの、ではやっぱりマテリア様も」
「ええ。嘘をついてしまったわ。英雄魔王様に怒られてしまうかしら?」
悪戯っぽく笑うマテリア様につられて、ユイニィも笑う。
「じゃあ、私も一緒です」
「あら、そうね」
じゃあ、それもいいかしら。
マテリア様はそう言って、ユイニィの手をとって歩き出した。
ぎゅって、前よりも強く手を握られた気がしたから、思わずユイニィもぎゅっと握り返してしまった。
「あの……お伺いしても、よろしいでしょうか?」
「ええ。いいわよ」
マテリア様は、何をとは聞かなかった。多分分かっているのだろう。
「何故、乗り物が苦手なのですか?」
「そうね……あまり楽しい話ではないのだけれど」
そう前置きして、マテリア様はゆっくりと話し始めた。
「何年くらい前だったかしら。フレアに入るより、もっと前ね。私、誘拐されたことがあるの」
「えっ!?」
楽しい話ではないというので少し身構えてはいたけれど、それは随分と「楽しくない」話だった。
「まぁ、コールウェル家の娘に生まれたのだから、そういうことも仕方の無いことなのかもしれないけれど、やっぱり凄く怖かったわ」
真っ直ぐ前を見て歩くマテリア様は、少しだけ瞳を細めた。
「身代金目的だったみたいね。正直それほど覚えていないのだけれど、その時、魔動車に連れ込まれて、目隠しをされていて、ずっと揺れている中で震えていたわ」
ユイニィの手を握る力が強くなった。ユイニィも握り返した。
「まぁ、身代金の引渡し場所に着いたところで、激怒した母に犯人達は殺されかけて、私も無事に助けられたのだけれど」
なんだか不思議な言葉が入っていたような気もしたけれど、ユイニィは黙って話の続きを聞いていた。
「それ以来ね。乗り物の揺れるのが駄目になってしまったの。さすがに少しは我慢できるのだけれど、どうしても気持ち悪くなってしまうのよ」
マテリア様は話し終えると、ユイニィに微笑みかけた。
「情けない話でしょう? 私もいい加減子供ではないのだから、直さなければと思うのだけれど」
「あ、あのっ」
マテリア様の言葉を遮ってしまったけれど、ユイニィは足を止めて両手でマテリア様の手を握る。
「このお話、レシル様もご存じないのですよね?」
でなければ、さっきレシル様は送迎車の話をしなかったのではないかと思ったのだ。
「ええ。お姉さまは、乗り物嫌い程度に思ってらっしゃるはずよ……家族も知らないわ。心配かけたくないのよね」
マテリア様はそう言って、苦く笑った。
「そんな大切なお話、私なんかにされてよろしかったのですか?」
大丈夫なのかなって。私なんかに話してもよかったのかなって。
「あら。言われてみれば、どうして話してしまったのかしら」
そんなユイニィの心中に気付いているのかいないのか、マテリア様はころころ笑う。
「きっと、ユイニィだから話したのよ。だから、いいの」
「マテリア様……」
ユイニィはなんだか泣きそうになって、ぐっと顔に力を入れた。
「ユイニィこそ、こんな話聞かされて、迷惑ではなかった?」
首を傾げるマテリア様に、ユイニィは何度も首を横に振る。
「マテリア様だから、いいんですっ」
「……そう」
マテリア様は優しく笑って、ゆっくりと歩き出した。
それからは会話もなく、だけれど気まずい雰囲気もなく、ユイニィはマテリア様の手を強く握って歩いていた。
出そうになった涙は引っ込んだけれど、胸の中が熱いのは変わらない。
レシル様やクロ様、アニス様やエルザ様、タニアさんにケイティア。
ユイニィは好きな人たちのことを思い浮かべたけれど、思うだけで胸が熱くなるのはやっぱりマテリア様だけだった。
この気持ちって、何なのだろう。
考えても分からなかったけれど。
「マテリア様」
考えていたら、勝手に口が動いていた。
「なにかしら?」
マテリア様が微笑む。
「あの、もしよろしければ、今度一緒に、乗り物でお出かけしてみませんか?」
よけいなお節介だと思われてしまうだろうか。ユイニィは少し後悔しながら、マテリア様の澄んだ瞳をじっと見つめる。
「あら、それはいい考えね」
だけれどマテリア様がそう笑ってくださったから、ユイニィは思わずマテリア様の腕に抱きついてしまったのだった。




