殺生関白
俺、石田三成が関白左大臣豊臣秀次様の筆頭奉行として推薦した三白眼の目つきは悪いが優秀な男、増田長盛は当初頑張っていた。
「三成殿ぉ!わしを推薦してくれてありがとな!天下は実質わしと三中老(堀尾・中村・山内)で切り盛りしているようなものよ!やりがいバリバリ!グハハハハ!お主は長束たちと唐入りに専念していよ!」
とハイテンションで仕事をこなしていた。それって秀次様実務では役に立ってないってこと?と思いつつも増田長盛は楽しそうだし、実際問題本当に優秀だったのでむしろ『ま、良いか。』という感じだったのだ。増田ちょっと苦手だけど。
ところが、茶々様がまた懐妊されてからしばらくすると、増田の表情が暗くなってきた。どうしたのか、と思っていると、同じく奉行(主に寺社対策担当)の前田玄以が来た。
茶々様との有馬の一件がバレたのかもしくはまた茶々様が『大祈念大会』でも開いたのかとビクビクしていたら、こう言い出した。
「秀次様が殺生の禁じられている叡山や高野山など聖域に片っ端から入って狩りをされています。また関白様は刀の鑑定で有名ですが、『真の切れ味を知るには罪人の死体斬りではわからぬ!』などと言って無辜の人々を捕らえ斬っている始末。名のあるようなものではないのでまだ大事にはなっておりませんが…この間は『二人分を一気にとなるとどうなる?』と言って妊婦まで斬ってしまわれました。」
俺は茶を吹き出した。『殺生関白』来てしまったか。
「『俺は旧弊を打破し新時代を作る!古きものは滅びるのだ!』などとおっしゃっています…主上もお怒りでかばいきれぬかと。」
「それは頭が痛いところですね…」
「今のところは秀俊様が公卿どもを押さえておりますが、いつまで持つか…」
これは不味い。聚楽第の運命は決まったようなものだ。もったいないので俺は密かに天守や邸宅を移築する計画を立て始めた。そんなある日、出羽の大大名、最上義光様から連絡があった。
『関白様が我が娘駒姫を側室に差し出すように、と度々連絡があり、しまいには断れば最上一族は関白に対する叛逆の罪で改易して討伐するぞ、とまで脅されました。もはや抗うことができません。』
俺は超特急で書を認め、伊賀忍者と戸隠忍者と軒猿と風魔の全力を使って出羽に文を届けてもらった。駒姫が京にやってきたのはそれから程なくであったが、駒姫は聚楽第に入ることなく、伏見に太閤殿下の隠居城として建設中の伏見城下の俺の屋敷に入ったのであった。
「こちらに駒姫様がいるのは分かっておる!関白殿下のご命令じゃ!さっさと引き渡せ!」
秀次の手のものが門前で騒いでいる。島左近が応対して、
「確かに駒姫様は三成の屋敷におります。が、しかし、駒姫様は遠く出羽の田舎大名の出で到底関白殿下のお目通りに叶うようなしつけがなされておりません。我が殿が責任を持って駒姫様を殿下に通用するような淑女に教育した上でお目通りさせていだだく。」
「では駒姫様は殿下の側室、ということでよろしいか?」
「それはなりませぬ!あくまでも『淑女教育』が上手く行った上でお目通りをし、秀次様がその時点で駒姫様に満足されてから、であります!それまでは単なる最上の姫、秀次様とは縁も縁もありませぬ!ほれ、ここに駒姫様と最上殿からの『立派な淑女となるまでは最上の者として修行に励んでいきます。それまでは豊臣秀次様とは一切関係ありません。』との署名・花押が!」
「なんだと!そんなことが通じると思うのか!さっさと出せ。」
「では私を倒して押し通ると?」
島左近が凄む。
「ならば私もお相手いたそう。」
と土屋昌恒。
「かまわん!者共!押し通れ!」
と引き連れてきた者共が強引に門の中に入る。
「大将首か?チェストォォ!!」
侵入した秀次の配下を島津豊久が一刀のもとに斬り捨てる。それを見た豊久の父、家久が
「そのものは大将首ではござらぬ。誤チェストでごわす。」
「ぬう。誤チェストか。」
と豊久。
それを見た残りの者共は『覚えておれ!』等と捨て台詞を言い、慌てて去っていった。
それから程なくして、伏見の屋敷に増田長盛殿がやってきた。えらくやつれている。
「三成殿。」
増田殿が話し始めた。
「秀次様はもうだめだ。」
「…殺生の件でダメそう、なのは前田玄以殿に伺ったが。」
「いや、それだけではない。茶々様がお子を授かってから『太閤呪殺』『茶々呪殺』と怪しげな唱門師共を呼んでこの様な南蛮人から手に入れたハシシなる薬を用いて、妻妾と共にみだらな宴を繰り広げているという。そこにはこの様な像が飾られていると。」
…ハシシとは阿片のことだ。インドのゴアから手に入れたものであろう。話を聞くと宴はかなり長い時期開かれており、秀次を始め淫猥な宴に参加したものは増田殿が探った話を確認すると、すでに中毒になっていると考えられた。薬物中毒は一度なってしまうと現代でも再発を繰り返してしまう。麻薬が広がらないためにも秀次一派は処分するしかない状況であった。
「増田殿!貴重な情報をありがとうございました。増田殿や三中老からの忠心、太閤殿下にしかとお伝え致す。」
「おお、三成殿からお口添えしていただけるとありがたい…わしは薬や宴には絶対に近づかないようにしていたのだが…いささか疲れた。」
「…という訳で増田様や三中老から告発がありました。秀次は(あえて呼び捨て)太閤殿下の呪殺を狙い、『サバト』を開いております。」
「なに?『サバト』とな?」
「秀次が淫らな宴に掲げているのは明らかに南蛮の悪魔、バフォメットの像でございます。そこで心を壊す悪魔の薬、阿片を用いて呪詛しているのは間違いありません。」
「高野山などの殺生の件だけでも許しがたいのに…秀次を自害させよ。」
「増田様などの処置は?」
「わざわざ報告してくれた忠臣はこれまで通りわしに仕えよ。妻妾・子供も処刑を。」
「それですが。」
「なにか?」
「処刑は宴に参加していたものだけにとどめていただけませんでしょうか?」
「うむ。皆救え、と言い出したらお前切腹だったところだが、何故に。」
「宴に参加していたものは阿片中毒となっていてもはや救い難く。阿片を用いていないものはお許しいただけましたら。」
「阿片の入り口も潰せよ、それで許そう。」
「はっ!」
増田長盛などは主君の非を隠さず太閤殿下にご報告差し上げたのはむしろ天下のためになった、とされ不問となった。また逆に秀次の宴に関わったり、隠したりしていた者たちは処刑された。
秀次は激しく抵抗したが、取り押さえられた。薬物中毒となっていた妻妾はやむを得ず処刑した。また再燃して薬物が世に広がっては困るからである。秀次は
「せめて切腹となるなら御免状を。」
と俺に言ってきたが、
「御免状は覚悟を決めた方に差し上げるもの、薬に溺れて呪詛するような輩に渡す御免状はない。」
と伝え、秀次は恨めしそうに自刃した。後に『御免状も与えられぬ不覚悟の浅ましい死』を遂げたとされ、武士の間では嗤い者になったという。
当家に匿われ続けて参内しなかったため難を逃れた最上の駒姫様は
「わたしはこのまま石田家にいたい。」
と言いはじめ、最上義光殿もならばぜひ、と推してきた。最上殿にはいつも酒を融通していただいている弱みもあり、うたさんや督姫に相談した所。二人揃って
「よろしいのではないですか?」
「これ以上は控えてくださいね。」
と許しが得られ、駒姫は俺に嫁いできたのであった。ほんと、これで最後にしよう。




